菊月のいろは
あいにくの台風で中止になったキン二ャモ二ャ祭り予定日の8月最後の日は、降ってきそうな満天の星空だった。翌日の澄んだ青空を目に焼き付けて、私たちは久しぶりに本土へ渡った。
寺子屋の夏休みの始まり。
京都研修の前に、個人的にインターンに行かせていただいた。インターン先は京都の上賀茂にある小さな八百屋Gg’sさん。京都で盛んだった昔ながらの”振り売り”という行商を現代のスタイルでされている。
Gg'sさんは大原へ野菜の仕入れに行き、飲食店や個人のお客様にお届けしている。私は野菜の仕入れ、仕分け、お客様にお届けするお手伝いをさせていただいた。その道中の車内でGg's店主の角谷さんと沢山お話をした。農家さんと料理人を繋ぐ八百屋さん。一般流通ではいくつもの卸が介在して、全国からやってくるお野菜。育ってきた環境や誰がどんな思いで育てているかは、正直なところ分からない。
でも同行させていただく中で、聞いた会話はこんなものだった。
「〇〇さん大丈夫?怪我したんだってね」
「そうそう、だから山野草はしばらく出ないの」
「分かりました、お大事にしてください」
当たり前に食材が買えるわけではなく、誰かの尊い仕事の賜物。そのことを食材を扱う人にも伝えたいのだそう。角谷さんは野菜を詰んだ箱バンに農家さんの想い、畑の風景を乗せて京都の街を走っている。
料理人を志す身として、忘れてはいけないこと。それは料理の始まりは農家さんで、もっと言えば種や土や水や太陽なのだということ。そして農家さん、八百屋さん、料理人が集まれば最強だということ。私たちが抱えている食や自然の問題も、前向きに変えていける強固なトライアングル。その要を担っている八百屋さんは少なくなっているけど、京都ではGg'sを中心に確かな食のコミュニティが生まれているのを感じた。
寺子屋が実践している島食とどこか通じるものがあった。むしろ八百屋さんをすっとばして直接農家さんとやりとりできる環境。改めて今の学びを大切にしようと思う。
配達に同行する中でイタリアン、和食、中華、カフェ、ホテルなど京都の料理人の方々からお話を聞かせていただく機会があった。料理の世界に飛び込むこと、女性が料理人を志すことへの不安な気持ちが高まっていたため、先輩たちのお話はいい意味で刺激的でワクワクした。同時に気が引き締まった。
あるイタリアンレストランにイチジクを届けに行った時。車から降りると気持ちのいい笑い声が聞こえてきた。こんなに幸福な笑い声を初めて聞いたと思うほど。中に入るとシェフと奥様と国際色豊かなスタッフが数名がにこにこの笑顔で迎えてくれた。想像以上に小さなお店だったけど気持ちのいい空気が満ちていた。そのお店のシェフの本の一部を少し紹介させてください。
_______________________________
もしこの文章をこれからお店を開こうとしている若い料理人の方々が読んでいるとすれば、妥協せずに日々の仕事を、そして開業することが一番大事だということを伝えたいです。資金、タイミング、良い物件との出会い、全てが揃うことはなかなかないと思いますが、「本当はこうしたかったんだけどしょうがない」という自分に対する言い訳は一切なしで進めるべきだと思います。時間はかかったとしても、本当にこうしたかったということを100%体現させて欲しい。
〜中略〜
レストランをオレンジジュースの入ったコップに例えるとしたら、私はオレンジをそのまま搾った100%のジュースのように一滴も薄めずにいたいのです。もちろん小さなコップにはなってしまいます。ただその中には隅々まで、私とスタッフの「思い」を充満させていたいと思っています。
_______________________________
シェフは畑に足を運んで野菜を選び、その日の畑の風景を絵にしたようなピッツァを焼く。あのレストランのように食べた人が、その場にいる人が、幸福で満ちるような場所を作りたい。
そのためにも日々小さく、コツコツ、長く、深く、積み重ねる。
◇◇京都研修◇◇
ー京料理鳥米ー
京都研修は嵐山の鳥米さん、宇治の辰巳屋さんで厨房見学とお食事をいただいた。鳥米さんは京都の旬をいっぱい詰め込んだお弁当を用意してくださった。ご主人の田中さんに料理説明をしていただく贅沢な時間。第一回目の留学弁当を終えた後だったため、食材の使い方、魅せ方、盛り付けのコツなど学びが山ほどあった。
御飯は十八種類ものお米をブレンドして提供しているそう。減少が問題になっている昆布を大切に使うため、少量の出汁で煮物を作る真空調理の利用、あしらいに込められたゲストへのメッセージ。普段ならきっと聞けない膨大な量の情報にメモを走らせる手が止まらなかった。料理長でもあり理事や経営もこなされる田中さんの原動力について伺うと、食の文化を本気で変えたいからだという答えが返ってきた。
そのため日々美味しさを追求し、京都の食文化に貢献できることをとことんされている印象を持った。
ー京料理辰巳屋ー
夜の会席は辰巳屋さんでいただいた。多忙な営業をこなしながら寺子屋のために最大限のおもてなしをしてくださったことにまず感謝します。重陽の節句にちなんだ器つかいやお料理、楽しみにしていた抹茶豆腐は濃厚でお出汁とよく合い美味しかった。
厨房の中はまさに一体感。一斉にお造りを盛り付け、テンポよくお客様のもとへ運べるよう声を掛け合っていた。持ち場を分担し、やるべきことを的確にしている印象を受けた。
飛び入りの団体客への提供をしながら、翌日の仕込みをするのは常に時間との勝負なのだろう。今の私たちの一番の課題は、時間への意識の低さだ。左さんが研修中に何度もおっしゃっていた”メリハリ”が体現されている厨房だった。
◇◇授業再開◇◇
島に帰ってくると季節は着実に秋へと向かっていた。稲刈り、豊作だった栗の収穫、青みかんの摘果、カジキマグロの解体、中秋の名月のお月見、見学者弁当作り、ヤギの試食会。
秋の味覚の走りとめまぐるしい日常に嬉しさ半分、寂しさ半分。
◇◇FOOD MADE GOOD 未来のレシピコンテスト◇◇
サステナブルシーフードをテーマしたレシピコンテストの課題が出された。レシピを作るのは初めてで、サステナブルの横文字にもピンときていなかった。未利用魚を使って何ができるだろうと考えた時、魚は副食になることが多く、レシピを考案してもそれが日常的に食べられる可能性は低い。なのでもし主食になる麺があれば魚を食べる頻度は多くなり、お米に変わる島食の麺があれば料理の幅が広がると思い、魚饂飩を作ることにした。
ただ美味しい料理をするのは”料理人”の醍醐味ではない。本来食べれないものを美味しく調理するのが料理人の専門性だというGg’s角谷さんの言葉。今は食べられていないものを美味しく食べる、今ある食材を余すことなくいただくこと。料理人の専門性を駆使すれば、料理は農業や漁業、ひいては地球環境により良い形を提案したり、変えていく力があるのだと料理に向き合う時の目線が変わったように思う。
なので、コンテストの結果がどうであっても挑戦する機会をいただけて本当によかった。
<文:島食の寺子屋生徒 前田>