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ブザーンチュの話

今日はブザーンチュという楽器の話をしようと思います。

「Бызаанчы /ブザーンチュ 」はトゥバに伝わる4弦の擦弦楽器です。トゥバに古くから伝わるポピュラーな楽器で、口承文芸作品にもしばしば登場します。

まずちょっと演奏の様子を見てみましょう。トゥバ・ナショナルオーケストラのカン・フレル・サーヤのソロ演奏です。

なんとなく、中国の二胡みたいな形をしていますよね。二胡は2本の弦の間に挟んだ1本の弓で弾きますが、ブザーンチュはそれぞれ弦と弓の数が倍で4本の弦の間に2本の弓が挟まれています。トゥバの「四胡」なんですね。

楽器を構えて内側からから1弦とすると、1弦と2弦の間、3弦と4弦の間にあらかじめ弓が挿入されており、手前に弾くと1、3弦の低音が鳴り、奥側を弾くと2、4弦の高音が鳴る仕組みになっています。ユニークなのは二胡のように指の腹で押さえるのではなく、弦の裏側から爪で押して調音すること。ブザーンチュはイラン等のケマンチェの様なスパイク・フィドル型の楽器ですが、この弾き方は他地域の同型の楽器類とは著しく異なってかなり珍しいようです。モンゴルや中国にも四胡がありますが、爪で押す弾き方では無さそうです。

弦や弓は馬の毛もしくはナイロンの糸を束にしたもので、円形や箱型の筒の表面に動物の皮を貼り、筒にネックが貫通するスパイク構造になっています。筒の裏側は皮を張らず空洞です。弦の鳴り方の様子がわかるようにちょっと動画を撮影してみました。

ブザーンチュは現在では主に歌の伴奏や他の楽器とのアンサンブルで演奏されます。イギルよりもより輪郭のはっきりしたエッジの効いたサウンドが特徴で、旋律をしっかり演奏するのに向いています。歌の伴奏でも使われますがソロ演奏より比較的複数人でのアンサンブル演奏での場面で登場することが多いかなと思います(でもブザーンチュのソロ弾き語りは渋い)。また、複数人で演奏されるアンサンブルの時、イギルとブザーンチュが同時に鳴らされると独特の音像が立ち現れます。そのサウンドを聞くと、ああトゥバだなあって思うんですよね。

ブザーンチュの名称に関しては諸説ある様ですが、トゥバ語で1歳までの子牛を「ブザー」と呼びます。ヘッドの彫刻も、ブザーンチュに関しては馬ではなく子牛の形をしています。「子牛の様な鳴き声の楽器」といったところでしょう。

トゥバのブザーンチュの演奏家を紹介して行きましょう。古い伝説的なブザーンチュ奏者も多数いるんですが、音源を紹介しにくいのでYouTubeで聞くことができる現代の演奏家を中心にご紹介します。

トゥバで最も著名な音楽グループと言えばフンフルトゥですので、やはり今よく知られているのはラディック・テューリュシュでしょうか。ラディックはブザーンチュだけでなくショールなど多くの楽器をマルチに演奏するのでブザーンチュの人、という感じでもないですが、やはり抜群に上手いです。以下の動画はラディックのソロプロジェクトでの演奏。

現在は政治家に転身し一線から遠のいていますが、チルギルチンのメンバーであったアルダール・タムドゥンも名手。彼は著名な楽器製作者、楽器工房の経営者でもありました。以下の動画ではブザーンチュ の演奏方法について英語で解説しています。

そんなアルダール氏、僕が所有するブザーンチュも彼の工房で購入したんですが購入時「習うんだったら、ブザーンチュはナチューンが上手いよ」と言っていました。昨年亡くなってしまったんですが、トゥバ・アンサンブル、アラッシュ等に所属していたナチューン・チョードゥもブザーンチュの名手でした。彼の演奏はアラッシュ在籍時の2nd album 「BUURA」などで聞くことができます。


ブザーンチュ を構えるナチューン・チョードゥ。2021年に惜しくも亡くなった


トゥバの女性だけの喉歌アンサンブルである「トゥバ・クズ」のリーダーでもあるチョドラー・トゥマット氏も名手で、最近ブザーンチュの演奏ばかりを集めたソロCDをリリースしています。ブザーンチュと歌のみという、シンプルですが渋くて味わいのある良いアルバムです。YouTubeやサブスクではApple musicで聞けるみたいですね。

●マイオールの話

さて、僕自身はそれほどブザーンチュを演奏しません。僕は基本的にソロミュージシャンで歌いながら演奏することが多いので、ブザーンチュはちょっと難しかったんですよね。モングンオール先生も基本的にはそれほどブザーンチュを演奏しない人なので、本格的に習ったことはありません。

ただ、唯一僕にとってブザーンチュの先生かなと思えるのは初期アラッシュのメンバーだったマイ・オール・セディップです。

アラッシュの初期メンバー、マイ・オール・セディップ
2018年、マイ・オールと

トゥバで好きなミュージシャンは沢山いますが、マイ・オール・セディップは僕にとって特別な存在感のある音楽家です。尊敬するミュージシャンであり、仲の良い友人でもあります。2012年頃知り合い、それから親しくなり少しブザーンチュを教えてもらったり、一緒にタイガに行ったり本当に色々な思い出があります。

音楽家としては、まず彼の澄んだ歌声が大好きです。また親交を深めるにつれ彼の様々な音楽的才能を目にしてきました。彼が在籍していたアラッシュの1st アルバムを聴くと、マイオールのカラーをかなり感じます。アレンジ能力なども長けていたんだろうと思います。また、彼が関わった楽曲を聴くと、珍しい音階を使っていたり音楽的な挑戦を感じるんですよね。また今ではスタンダードになり多くのミュージシャンが演奏している曲の中でも、彼が発掘し最初に演奏し始めた曲なんかもあります。

マイ・オール・セディップ(一番左側)在籍時のアラッシュ

マイ・オール在籍時のアラッシュの1stアルバム。本人は「カラ・ディスク(黒いディスク)」と呼んでいた

マイ・オールはアラッシュの1st アルバム以降はグループを離れますが、現地のコンクールなどにはしばしば出演していました。僕は彼が在籍していた1st アルバムをかなり聞きこんでいたので、マイオールもこんな変わった日本人が自分の作ったCDを聞いて、遠いトゥバまで来てくれて嬉しかったんでしょう。一時期かなりつるんでいました。僕が知り合った頃マイオールは仕事の関係でしばしばトゥバを離れて生活していました。もともとSNSもほとんどやらない人で消息が良く分からないんですが、時々「マイオールだよ!元気か?」と唐突にメッセージが届いたりします。彼はブザーンチュを「トゥバで最も美しい楽器」と語っていました。

最近自身のデモ音源を製作している時に、ちょっとしたきっかけがあり今ブザーンチュを久しぶりに練習し直しています。ブザーンチュを弾いていると、いつもマイオールの事を思い出すんですよね。

マイオール元気かな。ロシアが今みたいな難しい状況で、こういった連絡が取りにくい友人が特に気がかりです。彼は本当に才能のあるミュージシャンで、また復活してあの歌とブザーンチュの演奏を聞かせて欲しいなと思っています。


ここまで読んでいただいて有難うございました。
この記事は全文無料でご覧いただけるんですが、12/3のコンサート「シベリアから東京へ vol.5」のライブ配信をご覧いただいた方への投げ銭の受け皿として課金できるようにしておきます。ライブをご覧いただいた方(もちろん、この記事が面白かったと思った方や僕の活動を応援してくださる方も)記事購入で応援していただければ幸いです。ではでは。

●参考文献
等々力政彦/
・トゥバ音楽小事典 
・シベリアをわたる風
Левин Теодор / Музыка новых номадов
В.Ю. СУЗУКЕЙ / МУЗЫКАЛЬНАЯ КУЛЬТУРА ТУВЫ В XX СТОЛЕТИИ

ヘッダー写真:2018年8月、楽器製作者のアヤス・イルギットと

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