瀬尾まいこさん『春、戻る』を読んで

瀬尾まいこさん3冊目です。『天国はまだ遠く』から続けて読みました。

主人公のさくらが結婚する直前の話。
すんなり進みそうな結婚話に「ちょっと待った!」をするわけではないが、
突然現れてさくらを翻弄する「おにいさん」との奇妙なお話。

ここから私の解釈
どうして瀬尾さんはさくらの結婚直前に「おにいさん」を登場させたのか

突然こんなことを考え出してしまったのは、
辻村さんの『傲慢と善良』を読んだからだと思う。
あれは結婚する2人のお互いの気持ちのズレがあって事件が起きた。
「結婚するってのはお互いのことをきちんと分かってんだよな?
 相手のことを理解して受け入れ、
 自分の過去とも向き合って受け入れ、
 次へと進む準備ができているんだよな?
 え?できてないの?
 じゃあ1回ちゃんとお互いに向き合う時間を作りなさい。」
という辻村さんからのメッセージだったように思える。

『春、戻る』のさくらと山田さんはどうだろうか。
世間体のこともあるかもしれない。
お互いにいい年だしってのもあるかもしれない。
そろそろ結婚したい。
この人ならなんとなくいいと思えるな。
なんか似ている気がする。

さくらと山田さんには気持ちのズレは無かったと思う。
お互いが相手のことをなんとなく”いい”と思えていたし、
2人の思い描くビジョンも見えていた。

でも、このままだと2人とも相手と深く向き合っていない。
お互いに自分の気持ちと向き合っていない。
なんとなく”いい”という感覚だけで落ち着いてしまいそうだった。

そこで瀬尾さんは「おにいさん」を使った。
「おにいさん」は見事なまでに活躍してくれた。

さくらは山田さんとの結婚のことを
〈どきどきもしなければわくわくもしなかった。〉
〈取り立てて惹かれるところもない代わりに、苦手なところもない。〉
〈きっと結婚なんて、こういうものなんだろうと思う。〉
と言っていたのだが、最後には、
〈お兄さんが何て言っても、私、山田さんのことが好きなんだ。〉
と堂々と言えるほどに成長した。

そして蓋をしていた自分のトラウマと向き合い、
重苦しい記憶から懐かしい過去へと自分で色を塗り替えた。

山田さんの方にも「お兄さん」の影響は大きかった。
お店に手伝いに来てくれているだけじゃ知らなかったさくらのことを、
「お兄さん」のおかげで、たくさん知ることができた。
さくらと2人の時間を過ごすことができた。
さくらに対して愛情を表現していないことに気付いた。
さくらと一緒に遊んだり旅行したりしたいということに気付いた。

もう十分な大人で、あまりにも”善良な”2人だから、
”傲慢さ”を決して表に出さず器用に立ち振る舞える2人だから、
それなりにうまく家庭を築けていたと思う。
〈緩い決意で舟を出しても〉意外とどうにかなってしまうものだし。

でも、「お兄さん」のおかげで2人は様々なことに気付いた。
〈緩い決意〉が”確固たる想い”に変わった。
それってやっぱり、私から見たら大事なことだと思う。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?