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Startup Story [short]:Mirror - 創業4年で$500Mの買収

Startup Story: Mirror 

週末に、つい数週間前にヨガやスポーツウェアを販売するアパレルブランドであるLululemonによって$500M(約550億円)で買収されたMirrorについて調べていて、なかなか興味深かったので、文字にしてみようかと思い立ちました。ただ、いつもの様な複数の記事に亘って詳細を辿るでのはなく、やや概要に留め、1回で終わる分量にします。なので、タイトルにも[short]を入れてます。Mirrorとはホームフィットネスの会社で、以下の写真(Forbes記事より)の様に自宅の壁に掛ける鏡の様なデバイス(ビデオストリーミングにも対応し、自分の姿見にもなる)を販売し($1,495、約17万円)、その後は毎月$42(約5,000円)払うと、デバイスにストリーミングされる形で様々なフィットネスやジムのクラスを楽しむことができます。

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創業者: Brynn Putnam

創業者のBrynn Putnamはスタートアップの創業者としてはユニークな経歴ですForbes記事によれば、父親が弁護士という裕福な家庭で、NYCのUpper East Side(高級住宅街として有名)で生まれ・育った彼女は3歳の頃からダンスレッスンを受け始めます。7歳の時にはNYC有数のSchool of American Balletで本格的なレッスンを受け始め、その後、同校と関係があるNew York City Balletでデビューもします。一方で学業も頑張っていた様で、大学はボストンにある名門ハーバード大学に進学します。専攻はロシア文学・文化というのもユニークです(下の写真はハーバード卒業後に撮影した写真、Forbes記事より)。

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Mirrorのアイデア

ハーバード卒業後も企業への就職はせず、ペンシルバニア、モントリオール(カナダ)等、所属を変えながら、ひたすらバレエに打ち込みます。4年間やったのち、(恐らく歳としては27-28歳頃)2009年に現役を引退し、NYCのUpper East Sideで自らのフィットネススタジオ Refine Method を始めます。このフィットネススタジオは話題になり、ユーザーの要望に応える形でその後スタジオを更に2箇所作り、3スタジオ体制となっていることが同スタジオのウェブサイトから分かります。Rifine Methodはうまくいっていましたが、転機は2016年に訪れます。その間、BrynnはfintechスタートアップであるQuovo社(2010年創業、その後、2019年1月に競合であるPlaid社に$200Mで買収)の共同創業者であるLowell Putnam(ハーバードの同級生)と結婚していた訳ですが、2016年に最初の子供が生まれます。Rebellion Researchのインタビュー記事によれば、その妊娠時に家で気軽にできるエクササイズがないことに不満を持ち、色々と考えている中で、部屋のスペースを取らず、壁に掛けてインストラクターのストリーミングを見ると同時に自分の姿も写してフォームを確認できるMirrorのアイデアを思い付く訳です。

Seed Roundと会社創業:2016年

Forbes記事によれば、その妊娠時に家のキッチンでプロトタイプを作って、NYCベースのVCであるLerer Hippeau等から最初の資金調達を行ったと淡々と書いてありますが、これが如何に大変なことかは強調したいと思います。まず、Brynnはこれまでフィットネススタジオの運営経験はありますが、この様なフィットネス器具を販売するビジネス経験はありません。更にMirrorはハードウェアとソフトウェアを密接に統合する必要がありますが、彼女の専攻はロシア文学で、ハードウェアエンジニアでもなく、コードが書ける訳でもありません。百歩譲って、確かにアイデアを思い付いたのは彼女だし、ユーザーのニーズは知り尽くしているだろうから、創業チームの一人として彼女が入るのは良いとして、普通の投資家であればBrynnに加えて、この様なハードウェアを作った経験や、エンジニアとしてコードを書ける共同創業者を求めます。なのに、彼女は他の創業者はおらず、他にあるのはビジョンと、そこそこ動くプロトタイプのみだったはずです。

それが、ビジョンへの共感等で出資を決めるエンジェル投資家(個人の投資家)を中心に資金調達をしたのであればまだ理解ができまずが、Lerer Hippeauといったちゃんとした投資家が入ったのは本当に驚きです。Lerer Hippeauは以前、取り上げたGiphyの投資家でもありますし、それ以外にも最近買収されたメディアのRefinery29やIPOをしたスマートマットのCasperに投資する等、NYCベースのしっかりとしたファンドです。実際に2016年頃にBrynnと会った訳ではありませんが、この状況だけ見れば、私であれば絶対に投資をしないと思います。余程、Brynnのビジョンとコミットメントに説得力があったのでしょう。もちろん、2016年頃にはこのフィットネス領域でのハードウェア+サブスクリプションモデルのパイオニアであるPelotonの成功は明らかだったので、それに匹敵するビジネスとなる可能性を秘めている点を評価したというのはあると思います。

追加調達:2018年2月

やはりMirrorの様な世の中にないプロダクトは開発が大変だった様です。会社は2016年にスタートしますが、プロダクトの販売は2018年後半、要はほぼ2年も開発に費やした訳です。これはすごい納得で、Brynnの場合、まずはハードウェアを設計できる人、それをマスプロダクションに持っていける人、ソフトウェア周りのインフラを構築できる人、インストラクターを纏めてコンテンツを作る人、等々、様々なスキルを持つ人をゼロから採用する必要がある訳で、更にはプロダクト販売までに生産のパートナーを探し、デバイスの原材料を調達し、生産体制を整える必要もあります。

ソフトウェアであれば、以前取り上げたClubhouseの様にとりあえず作ってclosed betaとしてローンチし、実際にユーザーに使って貰いながら改善して行くことができますが、ハードウェアの場合はそれができません。あるタイミングで設計を固めて作り始める必要があります。更にはハードウェアを作るには、まずは在庫を持つための運転資金が必要になります。ここがハードウェアの難しいところです。なので、発売開始までに2年も掛かったことは納得行く訳ですが、やはり開発資金が足りずに、プロダクトローンチ前に追加の調達を行うことになります。恐らくその頃にはほぼ完成に近いデバイスのデモバージョンはできていたと思いますが、それを見せながら投資家を回る訳です。

そして、ここでもSpark, First Roundと言ったtop tierのVCを口説き落として、総額$13Mを調達します。ただし、この$13Mには2016年のSeed Roundの金額も一部、入っていると思うので実際には$10M程度を調達したと思われます。これで何とかMirrorのデバイス開発を完成する資金と、恐らく1st lotの数千台?を発注する資金を確保したことになります。

更なる追加調達 Series A :2018年9月

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2018年夏、漸くデバイスが出来上がり、プロダクトローンチの準備が整います。デバイスが人に見せられる段階になったら、大きな舞台でお披露目をし、話題にして貰うのが一番です。Brynnが絶好の機会として見つけたのが、テックメディアのTechCrunchが毎年秋にサンフランシスコで開催しているカンファレンス TechCrunch Disrupt です。Disruptでは、スタートアップが参加するピッチコンテストがあるのですが、それに参加することで、プロダクトのお披露目をしようと。その狙いは見事に当たり、TechCrunchが記事にしてくれただけでなく、製品デモの様子をビデオでも撮影してくれます(上記のTechCrunch記事ご参照)。

もちろん、カンファレンス当日も数千人を超える人が参加しているので、PR効果も抜群です。正にその記事化がされた2018年9月6日その日にMirror発売をスタートします。そして、同時に既存投資家 Sparkからの$25Mの追加資金調達も発表します。これこそ正に運転資金ですね。恐らく調達自体はもう少し前にしていたはずで、9月の発売開始からオーダーが続々と入って来ることを見越して、ある程度の在庫を積み上げて置く必要があり、その事前生産分の資金調達だと思われます。

Series B: 2019年10月

2018年9月から発売を開始して、売れ行きはどうだったのでしょうか?これまたこちらのForbes記事によれば、2019年は$45M(約50億円)、2020年は$100M(約110億円)を超える見込み(2020年5月時点の予測)とのことなので、かなり順調な伸びです。デバイスとその後のSubscriptionの内訳をぜひ見てみてみたいですが、Pelotonと同じように、Subscriptionのリテンションは相当高いのではないかと思われます。下記はPelotonが昨年8月に上場前に提出したForm S-1から抜粋した売上高と有料会員数です(Pelotonは2019年9月に上場)。

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Pelotonの会計年度は6月末なので、2016年7月〜2017年6月の12ヶ月の売上高は$219M(約250億円)でした。Pelotonが例のホームフィットネス用バイクの発売を開始したのが2014年なので、約3年後の売上ですね。Mirrorは発売2年目で$100M超、もし売上が倍々で成長できるのであればほぼPelotonと同じペース(但し、単価はPelotonバイクが$2,245に対し、Mirrorは$1,495と約2/3)で来ていることになります。

この成長見込みに魅せられ、既存投資家に加え、Point72 PartnersLionTree Partnersと言ったレイターステージやメディア系投資家から総額$34Mを2019年10月に追加調達します。さらにこの時に、1年後に同社を買収をするカナダ本社でヨガウェア等を販売しているLululemonも一緒に出資をしています。LululemonとMirriorは出資と同時に共同でヨガのクラスをオープンする等、戦略的提携も行っていました。この時のバリュエーションは$300Mでした。

Lululemonによる買収:$500M

そして、2020年6月29日にそのLululemonが約$500M(約550億円)でMirrorを買収する訳です。1年前のSeries B時のバリュエーション $300Mから約1.7x。最初にこの買収ニュースを見た時は、もったいない、と思いました。色々な意味でです。まず、もしこのMirrorがPelotonと同じように大きくなると考えるのであれば、現在のPelotonは過去12ヶ月の売上高は$1.4Bn(約1,500億円)、時価総額は$17Bn(約1.8兆円)です。Mirrorはまだ2020年の売上が$100Mなので、まだまだ大きくなるはずです。なぜ、このタイミングでそんな安い価格で売ってしまうのかと。

もう1つはバリュエーションです。2020年の売上予測が$100Mであるならば、$500Mは予測売上の約5倍。一方でPelotonは、仮に売上が更に伸びて来期の売上予測が(過去倍々で来ているので)前期の2倍の$1.8Bnとしたとしても$17Bn / $1.8Bn = 約9.4xです。Pelotonの価格を参考にするのであれば、$100M x 9.4x = $940M程度でも全くおかしくない訳です。なので、$500Mという価格はやけに安いなと。恐らく投資家も同じ気持ちだと思います。Series Bの投資家は少なくとも2-3倍のリターンを求めるので、恐らくは$1Bnを超えるexitを期待していただろうからです。

FounderであるBrynnがここまで来て何らかの理由で諦めてしまったのか、単独でいるよりもLululemonのブランドに入った方がMirrorという会社としては大きく伸びると思ったのか。真相の程は分かりません。ただ、競争が激化していたことは確かです。こちらの記事にもこちらの記事にもありますが、ホームフィットネスを狙ったデバイス+monthly subscriptionのモデルだけでも複数存在します。

Tonal:家に置くトレーニング用マシーン、主に筋トレ、2015年創業、$71M調達
ー Hydrow:家でできるローイングマシーン、2018年創業、$57M調達
ー Tempo:Mirrorと同じような家に置くトレーニング用マシーン、2015年創業、$19M調達
FightCamp:家でボクシングトレーニングできるデバイス、2016年創業、$0.5M調達

Lululemonの買収を決めた時のMirrorの取締役会でのディスカッションをぜひ覗いてみたいですね。恐らく創業者であるBrynnや初期の従業員、Series Aで入っているLerer HippeauやSparkなどは、それなりのリターンになるので、多分、買収提案に前向きだったと思います。一方で後から入ってきたPoint72やLionTreeはうーん、という感じだったのだろうな、と推測できます。もしかしたら、レイターで入った投資家にはより有利はLiquidation Preference(優先的にリターンを貰える権利)が付いているか、一定金額を下回ったExitの場合にはより多くのリターンを貰える、と言った特別条項があったのかもしれません。本当のところは分かりませんが、会社のポテンシャルとしてはまだまだあったと思うので、too earlyでexitした感は否めませんね。

ただ、繰り返しになりますが、初期の投資家にとっては最初に投資をしたのは2016年、Series Aでも2018年だったので、4年間 or 2年間で$500Mというexitは素晴らしいと思います。そういう意味では、金額的には大きくないかもしれませんが、quick winという意味では十分な投資案件だったと思います。今回はこの辺で終わりにしておきます。

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