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#実戦レポート~育成年代リアルに何をするか(スタートアップの3か月)

(写真FIVB)

 2022年の上半期は、コロナの第7波が落ち着いたととともに、スポーツ活動でも制限が緩和されてきており、今年の夏には、高校バレーはインターハイ、中学バレーは全中(全国中体連)、小学バレーも全日本大会があったりと、日本のバレーボールのアンダーカテゴリーそれぞれにも勝ち上がったチームによる大きな大会があり注目されました。そして秋は国体(国民体育大会)や春の高校バレーの都道府県予選が行われました。

「どこから手を付けたらいいかわからない」という声を聞いて

 一方で、敗退したチーム(中学バレー)では、7月中下旬には2年、1年生主体となる新チームに移行しています。その中では、中学からバレーボールをはじめたという生徒がほとんどというチームもとても多いかと思います。
 このようなチームが、1年後に向けてどのように練習していくか。コーチ(指導者)は何を考えて指導すべきか。毎年のことながら、大変ご苦労されているコーチ(指導スタッフ)の方はたくさんいるんだろうと思います。
 新チームが始まるといっても、パスのボールコントロールもおぼつかなく、サーブやスパイクなどもプレーとしてまだまだ形成されていない、サーブも入らない、だからゲーム(試合)では、サーブミスやレセプションミスの応酬が果てしなく続く・・・そんな状況でも、待ったなしで毎月のように大会が設定されていたりするのですから、気が気ではありません。

 周囲を見れば、もう晩夏の段階で、ゲームや戦術が形となっており、いかにして勝つかに挑戦しているチームがあったり、すでにブロック大会や全国大会出場を目標としているチームがあったり・・・すると、一方でビギナーたちがみせる混沌とした状況に、見ている私たち大人がイメージする「バレーボール」の試合に程遠い現状、そして小学バレー経験者のチームにすでに圧倒されている現状に、いろんな試行錯誤と歯がゆい思いを続けている方も多いのではないかと思います。

 かく言う私も、現状はそのようなビギナーチームを担当しているわけですが、過去の実践で得た経験によって、多少は「待つ喜び」「見守る楽しさ」をもてるようにはなりました。
 今回は、中学1年生と2年生という異学年が混在する集団をどのように指導しているか。現状報告を兼ねて、私と似た光景を日々目にしながら悪戦苦闘されている方々に何らかの励みになればと思い、レポートします。

〔現状把握〕・・・どこにでもある普通の環境で

【環境】
・公立中学校の部活動(男子バレーボール)
・小学バレー未経験(1,2年全員)合計十数名
・小学校段階でのスポーツ経験者は半分もいない
・指導者は、春から交代(私が務める)
・活動は平日2~3回程度(1時間半弱程度)、土日どちらか1日(3時間弱)の練習頻度

【新チーム発足2か月(11月)段階】
・個人のスキルの差が多様(激しい)
・オーバーハンドパスのハンドリングは習得
・ハイセットやセッタースキルまでにはおよばない
・ディグやレセプションはまだ制御できない
・パス、パスヒットによるゲームライクは成立か
・スパイクヒットは半数程度が習得
・スパイクヒットによるゲームライクはラリーの継続が困難

第1ピリオド(夏~秋/新人戦終了)何をしてきたか?

【総合的なコンセプト】
・学年の違いは考慮しない
・公式大会はベンチメンバーは全員がゲームに出場する
・ポジションの決定は行わない
・練習時は全員がゲームに参加
・新人戦までのゲームは「6-6システム」で「ゾーン3」でセッターをする。
・アタックは、ゾーン4(レフト)、ゾーン3(ライト)、ゾーン6(バックセンター)の3か所から選択。

【指導のポイント】
・ゲームライクを起点とした練習構成・練習効率を考える(可能な限りボールを触っている時間を確保)
・ミスを肯定するために、目標や課題を明らかにしておく
・「良いミス」を積極的に評価する
・積極性を生む「してはならないこと」を設定する
・将来的なビジョンを共有しておく
・異年齢(高校生や大学生)との練習機会をもつ
・とにかくボールをさわる、ゲーム経験を多くもつ。ウォーミングアップでも課題練習でも「ゲームライク」を組み込む。
・ホワイトボードやマグネット作戦盤を常設し、生徒が自由に使用できるようにしておく。

【具体的な指導事例】
・「ノータッチダウン」をしなければOK
・ボールが「ニアネット」や「オーバーネット」にならないように最大限注意。
・サーブミスはネットはNG、エンドオーバーアウトならOK
・試合など勝敗を決するゲームにおいて現状の自分にできないことは無理して強行しない。
・現状の自分にできそうなことは、積極的にチャレンジする。安易に逃げない。
・ディフェンスは、「横の動き」を重視する。
・「パニックゾーン」(混乱状態)になった場合は、即座にネットの向こうの相手に返球する。
・フロアディフェンスでは、「ボールが来そうな位置」に立ってみる
・「前」(ネットの向こうの相手)を向いてアタックや返球をする。

【第2ピリオドに向けて】
・次のターゲットは1月末の冬の公式大会
・ポジションは、希望するポジションを2つ設定する
・「対角」を形成し、ポジションに基づいたゲーム構成にする
・セッターは「ゾーン3」。対角はゾーン6からのバックアタック
・2セッターシステム
・1セットのゲーム中に対角ごとのポジション変更を1回入れる
・スパイクヒットでのラリー応酬のゲームライク成立を目指す

「アンダーカテゴリー」とか「育成」とかにおける実際とどう向き合えばよいのか?

 バレーボールを構成するスキルは、なかなか今すぐポンっとできるようなものではなく時間がかかるものです。
 教えないスキル、怒らないスキル・・・いろいろあろうかと思いますが、成長のプロセスを「知っておく」ことが、指導者自身の観察力を大きく伸ばし、「待つ喜び」「見守る楽しさ」をもつことにつながると考えます。

「彼ら」がコートの中で見え感じているカオスな世界を理解する

▼試合に出ると、ミスが怖い、ミスをしたくない
▼試合に出ると、パニックになってしまう
▼自分のせいで負けるのが嫌だ

◇試合に出ている人を見るとうらやましい
◇試合に出れないと悔しい思いがする
◇活躍してみたい

どの世代でも大なり小なり抱く心理かもしれませんが、バレーボールビギナーの中学生をみていると、特にいろんな気持ちが複雑に交錯し葛藤している様子がみられることが多いです。

「上手な者が試合で戦う。そうでないと勝てない」
「レギュラーをつかめなければ試合で活躍できない」
 このような割り切り感は大人目線だったら容易かもしれませんが、多感な子供たちは、失敗への不安と舞台(コート)に立ってやってみたいチャレンジ精神との間で、ぐちゃぐちゃなカオスな心理にあり、大人がすべてを理解しきれない世界観があると思っておいた方がいいです。

 「試合に出るのが怖い」、「でも試合に出ている人がうらやましい」
お前は、出たいのか出たくないのかどっちやねん!?ってツッコミたくなりそうですが、そういう気持ちを抱く彼らには、とにかく失敗や不安から逃避するのではなく、まずは「やってみようマインド」を植え付けていくことが大事だと考えています。
 それらは、単に「褒める」、「励ます」、「怒らない」だけでは浸透していきません。指導内容やプロセスを、計画的に意図的に仕込んでいくことが必要です。だから、バレーボールの指導をする以上、指導者はバレーボール自体の構造を学び、指導方法を主体的に研究していくことが重要です。

指導するなら、「楽しめばそれだけでいい」・・・とは思えない(※あくまでも個人の感想です)

 小中高校生たちが、バレーボールをやる。その他のスポーツでもいいし、スポーツ以外の文化的なアクティビティでもいい。そんな彼らが、どんな目的で、どんなコンセプトでそれらの活動にアプローチし参画するか。それはまさに一人一人を尊重し多様性があってしかるべきです。

 現状、私の場合は、学校の教員として部活動の顧問を務め、年間各種大会がスケジュールとしてあり、生徒たちもそれらの大会を一つの目標としてチャレンジするというコンセンサスを、生徒、保護者との間で共有して活動しています。ですから、日々の活動を通して個々の成長とチームの成長を目指しながら、節目でやってくる大会でその成果を試す。チャレンジする以上は、「昨日の自分(たち)」を乗り越え、少しでも上の成果を得るべく努力しチャレンジしていく。

「楽しさ」「楽しい」ことの重要性は言うまでもありません。ですが、一方で「バレーボール」という奥深い世界にあっては、その「楽しさ」には終わりはなく、絶えず変化していくものであってもよいと思います。
 そして、試合(大会)を一つのチャレンジングな目標として努力し、よりよい結果や成果を得ようとするとするならば、様々なネガティブなシチュエーションやケースに備えておく必要もあるわけです。

・違う個性の集団の中にあっての自己の調整
・カオスな状況下で求められるアサーティブなコミュニケーション力
・ルール上「待ったなし」(持ったなし)で試される瞬発的な決断力
・自分のアクションがスコア(失点)に直結するリスクテイク
・対戦型による相手からの攻撃への対処とプレッシャーと、そこからくるパニックフェーズ

 バレーボールという競技において、これらの課題に対処するためには、練習やトレーニングにおいては、実に多くの失敗経験やそこから学びオーバーカムする経験も必要となります。そこには、子供たち(選手たち)が「主体的にもがき苦しむ」「自主的に苦悩する」という経験も必要だと考えています。子供たちは、大人以上にストレートに感情が表に出ることがあります。そして特に、不安や恐怖、怒りや憤りなどネガティブな心理は、大人以上に様々な場面で表出されます。そういったものに対して、子供たち本人がどのように向き合い、どのように考え、どのように対処していくか。そういったものを経験していく上では、褒める、励ます、怒らない・・・というものだけで演出される楽しさだけでは、限界があるのです。

試合敗退後の長い説教をしなくなったワケ(理由)

 怒る、高圧的にプレッシャーをかける、懲罰を与える、しごきを入れる・・・こういったものが必要だと言いたいわけではありません。
 外発的な動機付けよりも、内発程な動機付けが重要である。
誰もが知るところだと思います。
・適切な目標設定
・それに向かう努力
・その過程における自己との対話、他者との対話
・事後の客観的な振り返り

こういったものが、本人たちの中で機能していけば、自然と「主体的にもがき苦しむ」「自主的に苦悩する」状況になっていくと考えます。指導者は、ただ傍観するというよりも、そんな彼らの機能を促進していくための、インタビュアーとかファシリテーターといった役目をしていくのがいいのではないかと思っています。

 「お前たち勝ちたいのか!?」「お前たちには勝つ気持ちあったんか!?」「今のお前たちには勝つ資格がない!」・・・なんていうことをかつて、試合で負けた後ひとりで演説こいていた時期があります。しかし、それって、指導者自身の腹癒せや八つ当たりでしかないわけです。
 「獅子の子落とし」的なブレイクスルーを大人が子供に求めてもしょうがない。それをしてしまうと、選手たちは大人の顔色を見て失敗しないことが目的化してしまいます

 子供たち(選手)が落胆したときこそ大事な場面。励ますよりも「労う」。助言するよりも「振り返らせて思いを聞く」。事後の振り返りやディスカッションは、日を置いて、気持ちがフラットな時に行う。
 言われなくても、みんな負けたくないわけだし、勝ちたいわけです。

「ゲームが成立しない」のではなく、「今できることでゲームを成立させる」

 ビギナーチームを指導される方から相談されるもので結構多いものの一つに、「ゲームの成立」というものがあります。

・練習でも「ゲームライク」と言われてきたが、ゲームが成立しないのにどうしたらよいか。
・やはり、パスなどの基本的なボールコントロールの練習をしてからでないと、ゲームライクはできないのではないか?
・新人戦が近づいてるけど、サーブも入らないしレセプションもミスばかりで、ゲームにならない。どうしたらよいか。


こういった感じです。

 そのように相談されて実際に選手の様子をみると、指導者ご本人の方が抱くような悲観的なものではない場合が多いです。確かに小学バレー経験者がいるようなチーム相手では圧倒されるとしても、「ゲームが成立しない」と決めつけてしまうのはもったいないです。

・大人がイメージする「バレーボール」の姿のハードルを下げる
・大人がイメージする「ゲーム」の姿のレベルや複雑性を下げていく
・バレーボールのゲーム「核」を残して大胆なルールを設定する


 最低限必要なのは、
  ・ネットを挟んでプレーヤーが対峙している
  ・ネットの上をボールが往来する
  ・自コートで2人以上の複数人でボールをやり取りする
 という設定だと考える
と、
例えば、
  ・ネットを挟んで2対2で(人数は変えてもよい)
  ・手投げでボールを投げ入れる
  ・1本目は味方にパス⇒2本目は抱え込みキャッチから2秒以内に
   手投げ「トス」
  ・3本目はパスで相手に返す
などのように設定すると、ビギナー初日でもゲームが成立します。

そして、そのようなビギナーがやるゲームライクでも、
  ・何に気を付けたらボールが落ちないか
  ・何に気を付けたらボールが続くか
  ・今、何が起きていてるのか
  ・今、何ができていて、何が足りないのか

こういったことを、トークさせることを習慣づけることができます。

 大人目線でいうバレーボールのゲーム(試合)というのは、
・6人で
・ポジションごとに役割があって
・ワン、ツー、スリーでスパイク
・セッターはオーバーでトス
・ファーストタッチはAパスで
みたいな、ゲームに対する理想像が強すぎるわけです。
 そのため、思い描くゲーム像からかけ離れていると、苛立ちばかりが先行してしまう。「べき」論に拘束されているわけです。

モチベーションは大会よりも「未来像」~あえて「その先」を残し続ける

「完成形」などというものは提示しない。要求しない。

・単年度(1年間周期)のチーム強化
・トーナメント方式による大会形式の偏重
・多様性や選択肢の少ない、一本道の閉鎖的な育成環境

 こういう状況下で「勝たねばならない」「勝たなきゃ意味がない」という風土が強化され、行き過ぎた結果「勝利至上主義」という言葉でネガティブに揶揄される状況になっています。
 しかし、考えてみてください。子供たちがいきなり、大人たちが思い描くバレーボールのゲームを成立させる方が不可能ですよね?だったら、彼ら(子供たち)が「今できそうなゲーム経験」を提供していき、それら積み上げの先に、求めるゲーム像が出現してくる。それが育成なのではないでしょうか?

 中学生であれば、上意下達式に、指導者から常にトップダウンで指示、指令、与えるのではなく、選手からの「質問」⇒「相談」⇒「要望」⇒「意見」⇒「提案」といったプロセスも出てきたらいいなという期待ももちながら観察しています。初めから与えてしまっては、考えることもしなくなりますし、主体性も創造性も育っていかないのは、みなさんならお分かりのことかと思います。

今は、「ゲームモデルの土台」を植え付けるとき

 バレーボールビギナーたちでチーム編成している中、いわゆる「ゲームライク」的な経験を増やし、今は「ゲームモデル」というものより以前の「ディシプリン」(ゲームの規律)づくり的なものを重視しています。
 「ノータッチでボールを落とさないようにしよう」、「ブロックは必ず跳ぼう」、「相手を見てボールが来そうな位置に立ってみよう」、「スパイクやサーブは遠くに思い切り打ってみよう」、「ニアネットは避けよう」・・・
 可能な限り「~すべき」、「~じゃないとダメ」といった限定的な要求や強迫観念を植え付けるのではなく、「やってみよう」、「失敗しても大丈夫だ」と思える条件を設定し、同時に「チャレンジングなゲーム」、「成長できる試合」につながるように仕向けることが大事だと考えます。

 選手たちが「選択する」、選択の余地を残し続けることで、状況判断の機会と「安心して失敗できる」環境を用意する。そして「対話」の機会を設定する。将来的に言うところの「ゲームモデル」やそれにつながる約束づくりや共通理解は、選手の主体性や能動的な思考を生み出すものになります。「ゲームモデル」というものは、成長し続けるものでありゴールというものはないです。

 バレーボールという複雑系の営みにおいて、一つ一つの要素を修行や苦行的に鍛錬して統合する手法は、バレーボールの「ゲーム」が未発達なアンダーカテゴリーにおいては、勝敗に影響を及ぼしますが、ゲームに対する選手個人の無限の発想力や創造性の発揮や成長には足かせとなります。さらには複数人間で創出されるシナジーや掛け算式なパフォーマンスの発揮、あらゆる状況への柔軟な対応力や応用も利きにくくなってしまいます。

同じカテゴリの中で、もはや「土俵が違う」件について

アンダーカテゴリーで勝つ方法は「選択と集中」

・その時点で優秀な「うまい」人材を集める
・なるべく人員を固定化し、経験値を詰ませる
・ミスを最小にするため限られたことだけに専念する
・思考判断の迷いを最小にするために、決められたパターンの遂行に専念する
・その時点の能力に合わせてポジションを固定し、反復して限定的スキルを完成させ組み合わせる
・一年間、固定化されたゲームモデルを反復して完成度を上げる

 このような、分業化、単純化、固定集中化(選抜・振るい落とし)、パターン化・・・を早期から取り組み、他よりも時間と量を稼げば小学バレーや中学バレーで勝つことができるはずです。
 ですから、私たちの身の回りで起こっている様々な現象・・・例えば、選手の過剰な獲得争いや、保護者の過熱した動き、過剰な指導やオーバーワークな練習・・・こういったことが全国各地で今もなお繰り広げられています。そうやって小⇒中⇒高とバレーボールを続けていくうちに、「バレーボールが好き」という気持ちが薄れ、疲労感と疲弊感が増していってしまうのだと思います。

トップカテゴリーとアンダーカテゴリ―が違う件

 バレーボールは、複雑系、システム思考なものであって、要素還元的なものでは迫ることができない。
 とは言いつつ、どのボールゲームにおいても、ファンダメンタルと言われるものやクローズドスキルにおけるボールコントロールの獲得は無視できないわけです。
 そう考えると、個人的に常々感じるのは、アンダーカテゴリーやビギナーに近づくほど、指導内容やアプローチはディフェンシブなものになりがちです。
 では、トップカテゴリーにおいても、ディフェンス偏重でいけばいいのか?といえば、そうではないわけです。トップカテゴリーは、「より相手」にどのように作用するか?どのように影響を与えるか?が大きな要素となります。ですから、ディフェンスは優先順位が低いのではなく、アンダーカテゴリーに比べれば、「当たり前の前提」となることが多いわけです。
 こうやって考えるだけでも、小学バレーや中学バレーの練習や指導内容が、大人目線大人イメージのバレーボールの試合という固定観念で拘束してはいけないということになると考えています。

公立中学校としての模索

 公立学校の教師として、バレーボールコーチは職務でも職責でもありません。部活動の指導を基盤に、バレーボールに関わる取組や活動に時間とエネルギーを割き、教員としての職務をおろそかにするようなことはあってはいけません。バレーボールは一生懸命だが、授業や校務、学校のマネジメントに関わる様々な業務で手を抜くようなことはあっていけません。

 私はバレーボールを探究し考察することが好きです。可能であれば、今後もライフワークとして続けていきたいし、できれば個人の趣味でとどめるのではなく、どこかで何かで貢献できるフィールドを求めたいという願いがあるのが正直なところです。
 令和の時代になり、学校の部活動が外部や地域との連携強化の模索が進んでいきます。部活動における指導者=教員という概念が少しずつ変わっていきます。
 中学バレーでは、中体連主催大会にクラブチームも参加できるようになるとのことです。中学バレーの現場にいると、小学バレーの母体のないオール初心者チーム、小学バレーが母体となっているチーム、(良し悪しはさておき)越境などで選手が集まっているチーム、校区のない広域から集まることができる私学、そして学校という活動のガイドラインとは別に活動するクラブチーム、勝ちたい子が集まるクラブ、バレー好きで楽しみたい子が集まるクラブ・・・もはや、これら背景も環境も条件も全く異なるチームが一つにカテゴライズされて競争し、チャンピオンを決めることに、複雑な気持ちをもたざるを得ません。
 アンダーカテゴリーで大事なのは、どこのチームが勝ったか?どこの指導者が勝ったか?ばかりに注目がいくのではなく、選手一人一人が、一つ一つのチームが、すべての人が「何を得ることができたか?」ではないでしょうか?

 「ショウリシジョウシュギ」(勝利至上主義)の問題。
指導者による対選手への暴力や暴言、指導者間のハラスメントや誹謗中傷、保護者の過剰な要求とトラブル、オーバーワーク、思考停止を増長させる過剰な管理、活動ガイドラインの無視・・・問題は取り上げれば枚挙にいとまがありません。そして、多くの人が問題であるという認識もありつつ、なかなか改善されません。

 私は、普通の公立中学校の部活動顧問をやっています。とにかく普通の環境であり普通の活動をしています。多くのチームがそうだと思います。もっとみんなが、みんなで頑張ることができるようなものが生み出せないものか、これからも考えてみようと思います。

(2022年)