映画「えんとつ町のプペル」の感想【ネタバレ含みます!】
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さてさて。
わたくしずっと観たい観たいと連呼していた映画があるのです。
それは…
えんとつ町のプペル!!
(ちなみに、わたくしは西野亮廣氏のオンラインサロンには入っておりません。ご了承ください。)
ずっと観たい観たいと言っていたくせに、ずっと行けてなかった。
別にさして忙しかったわけでもないのです。
でも、行けなかった。なんでかというと、
観ない方が印象を壊さずに済むんじゃないかっていう不安があったんです。
例えば、名探偵コナンの最終回。
例えば、ガラスの仮面の紅天女。
ある意味ハードルが上がりすぎてしまっていて、見た後ガッカリしてしまうのではないかという不安があったんです。
でも、本日とうとう観てきました。
結果から言います。面白かったかどうか。
面白かったです。
ただ、そりゃあ面白くて当然だろうとは思っていたのでそこは期待通りだったと思います。
知らない人のために補足しておくと、原作者である西野さんはオンラインサロンというものを主宰していて、月額1000円で会員がなんと7万人以上いるらしいです。
つまり、資金は潤沢にあり、人材も呼べば誰かが反応してくれるシステムになっていたので、このシステムの上で面白くない作品ができるわけないと思っていました。
さてここからが大事なところです。
まだギリネタバレじゃないので安心してください。
するときは言います。
まず、これは映画全体というか西野作品全体がそうであり、また本人も言っていることなのですが、
①非常に打算的であることです。
具体的に言うと、まず出会いのシーンから
「アトラクション化を狙っているだろうなぁ!!」
という感じでした。
もっと具体的に言うと、今は亡き「バックトゥザフューチャーザライド」みたいなものを作る前提でこのシーンが出来たんじゃないかって思うような感じでした。
断っておきますが、打算的であることは決して悪いことではないのです。
ただ、打算が見えてしまうと没入感を阻害してしまうという弱点があります。
そうです、僕はこのせいで泣けなかったんです。
ホリエモンは4回泣いたというのに!!
僕も昔は「映画なんかで泣いてたまるかバッキャロー」なんて思っていましたが、最近は映画ぐらいでしか泣くようなことがなくなってしまったため
映画で泣きそうなときは素直に泣くことにしていました。
トイストーリー4では4回泣いたんですよ。
でも、プペルではどうもそこまで行けなかった。
とはいえ、映像の素晴らしさに感動して涙目になった時はありました。笑
特に最後のクライマックスシーンは、「さすがスタジオ4℃だなぁ!」と思ったものです。
そもそもゴミ人間プペルというものが、ゴミでちゃんと作れるように設計されているのでファンが実際にプペルを作ったり、えんとつ町を実際に西野氏が作ろうとしているのですが、その際にプペルを実際に作ることを計算したうえでデザインしてるだろうことも読み取れました。
あとは、エンディングがめっちゃ凄かった…。
作画もさることながら、描かれる船もちゃんと実現可能に設計されている感じがもうランド作る気満々じゃんっていうのが伝わってきました。
では、その2です。
②オマージュがあっただろうと思う!!
これは、僕自身があまりアニメ等に精通していないためパロディやオマージュに気が付けていない点があるだろうという点で「だろうと思う」と表記させていただきました。
具体的には、「カリオストロの城」「ラピュタ」。
カリオストロの城に関しては、おそらく確実に狙ったんじゃないかなと思います個人的に。
序盤のシーンでプペルとルビッチが走って逃げるシーンがあるんですが、
その走り方、それから大ジャンプで飛び移る時の演出、SE。
これが、カリオストロの城でルパンが屋根から屋根に飛び移るシーンをほうふつとさせました。
明らかにあそこだけ走り方がルパンだったので、多分狙ったんじゃないかなぁ~と僕は思うのです。
ラピュタについては、後半のシーンです。
これはちょっと怪しいので違うかもしれないのですが、
嵐の中に突っ込んでいくシーンです。「カール爺さんの空飛ぶ家」の可能性もありますが、
なぜオマージュに見えたかというと、ラピュタにしろカール爺さんにしろ、嵐に突っ込むときは「積乱雲に突っ込むぞ!」という前振りがあったのですが、
プペルではなんの予告なしに急に嵐のような演出が来たので、やや強引に見えたというのが理由です。
他に何かのオマージュ的シーンがあったと思った方は教えてください!!
ではその3。
③演出のバタ臭さ
これは西野氏が「ディズニーを超える」と言っていたのと繋がると思いますが、
まずプペルが初登場するシーンで、急にダンスのシーンが入る。
あまりに唐突にダンスが始まるので、インド映画味を感じました。
それはハロウィンを表しているのだろうけど、ちょっと冒頭から置いてけぼりくらいそうな気持になりました。
あれはMMD動画だった。
あと、僕まだ原作の絵本を読んでいないのですが、どうやら劇中に出てくる「スコップ」という男(藤森慎吾が演じています)は、映画のオリキャラらしいのですが、この男がまぁとにかくバタ臭い。
(バタ臭い…アメリカかぶれ)
イメージとしてはアラジンのジーニー。
めっちゃくちゃおしゃべりで身振りが激しい、それが藤森さんの演技にマッチしていて良かったのですが、
日本人というのは元来阿吽の呼吸で意思疎通を取る。
おしゃべりなキャラクターというのはあまり日本人的ではないのですね。
しかし、それを見越したうえで(ホリエモンの言葉を借りるのであれば「無国籍感」)作っているんだろうと思いましたが、やはりここで言い換えれば打算が見えてしまうのがちょっぴり興が覚めるところであるかもしれません。
映画なんだから全部言葉で説明してしまうことに抵抗があるのかもしれません。
でも、このスコップが大事な情報を握っている、というのが今作。
ここから、ネタバレを含みますので、未視聴で観ようと思ってる人は
こっから立ち入り禁止です!!
さて、ここからネタバレありなのですが、まずは伏線から行きましょう
④脚本構成の巧さ
上手い脚本術(ハリウッドがよく用いる脚本術)というのは、
必ずカタルシスがあります。
カタルシスというのは気持ちいいシーンです。
映画で一番気持ちいいのは当然クライマックスであり、どうなるかというと、主人公が殻を破って成長します。
これが、当然プペルにも踏襲されているのです。
AとBとCという三角関係で映画の脚本は説明できるのですが、
A=ルビッチ
B=プペル(ブルーノ)
C=アントニオに代表される民衆
AとBが仲良く暮らしていました。
ところがCという存在が出てきたせいでAとBの関係が脅かされる。
CによってAとBの関係が壊れる(Aが一時Cの所へ行ってしまう)。
最後Bの所に戻ってきて終わり。
ベイマックスとほぼ同じです。
先ほど書いた主人公の殻というのはルビッチの高所恐怖症でした。
こういった恐怖症の克服は誰かからの自立を意味するんです。
この物語は
ルビッチの高所恐怖症、
ルビッチ(ブルーノ)の孤立、
プペル(ブルーノ)の異端感、
アントニオ(民衆)の保守思考、
これがABCそれぞれの殻であり、
これが芋づる式に解決していくことがカタルシスであると。
その繋がりは見事であると思うのですが、一個だけ浮いているのが
「ルビッチの高所恐怖症」なんですね。4つあるし。
これだけ浮いちゃってる気がしてならないんですよね。無くても良い。
でも、Cの影響でAとBが仲違い(大喧嘩)してから仲直りしていく様子は往年の名作のプロット術を踏襲しており王道展開で流石でしたね。
⑤伏線の張り方
僕の記憶する限りで書きますが、
大きく言うと
・アントニオの逆上
・プペルの臭い
の2つを取り上げようと思います。
・アントニオの逆上
まずアントニオって誰やねんって感じだと思いますが、
作中に静香ちゃんとスネ夫とジャイアンみたいな三人が出てきます。
(ルビッチがのび太ですね。)
だから言ってしまえば映画ドラえもんなんです。
アントニオは、ジャイアンです。ジャイアントニオ。
映画ドラえもんだと割りとすぐにのび太の味方になってしまう三人ですが、味方になるまでをガッツリ引き延ばした感じがプペルです。
このアントニオという男の子、YouTubeで上がっている芸能人のネタバレなしレビュー動画などで、「一番印象に残ったキャラクターは?」という質問に、口をそろえて「アントニオだ!あれは私だ!」と言うのです。
それがちょっと引っかかっていて今回アントニオには注目していたのですが、中盤でアントニオがブチギレするシーンがあります。
プペルが「ルビッチが星を見たがっているんだ」と口を滑らせたところ
急にアントニオが激怒しプペルを百叩きにする場面があるんですが…。
正直観た感想としては
あっ、こいつ頭おかしいんだ!!!
という感想を持たざるを得ず、
もちろん、この行動には理由があるんです。
後で回収される伏線になっていくのですが、(その時点で伏線なんだろうなというのもわかるのですが)
あんまりにもこの激昂が急だったためついていけなくて
思わず笑ってしまいました。
たぶん他の人も目を丸くしていたと思います。
・プペルの臭い
さて、プペルの臭いですが
これも物語の中で重要なポイントでした。
ゴミ集積場で生まれたゴミ人間のプペルはひどい臭いで、みんなから「臭い臭い」と毛嫌いされます。
主人公のルビッチはそんなプペルの体を毎日洗ってあげるのです。
やさしいですね。
でも、ゴミ人間の体を洗ってしまう行為は、ともすればアイデンティティの喪失につながるのではないかとちょっと思いはしました。
それは置いておいて。
でも、プペルはなぜか毎日臭いが戻っているんです。
今だったら分かります。これは伏線だったのです。
結果としては、ルビッチの落としたペンダントを毎晩ゴミ山に探しに行っていたという事情があったので洗っても洗っても臭ってしまうということだったのですが、
でも、その伏線が回収される前は
ゲームでマップ移動したら敵キャラが復活してる感じ。
に感じました。笑
ルビッチが「なんで毎日洗ってんのに臭い戻ってんだよ!」というセリフを言ってプペルと喧嘩するんですが、このセリフがなかったら本当にデフォルトでプペルがくさいから臭いが復活してるんだと思って(またはぬぐい切れないアイデンティティだから?)ちょっとギャグとして笑ってしまいました。
⑥西野亮廣という立場
当然、作者は主人公に投影しますから
ルビッチ=西野であると皆さん感じていると思います。
しかし、僕はもっと西野的な人物を発見してしまったのです。
これが実は僕がこのレビューで一番言いたいことでした。
それは初代の国王です。
初代の国王は何をしたかというと、通貨を流通させようとした。
その通貨は「L」という放っておくと腐る通貨であり、貯金をして金を溜め込みがちな国民に対してもっとお金を使わせるための政策であった。
このシステムで僕は一番感動したかもしれません。
記憶だと実際にオンラインサロン上でレターポッドというシステムが回っているらしいのです。
なるほどなぁと、(映画とあまり関連性はないのですが)非常に面白いシステムでした。
ところが中央銀行はそれを認めずに初代国王を処刑します。
そこで、二代目国王はえんとつ町を作りえんとつの煙で
いわゆる鎖国をします。
まさに、西野さんが運営するオンラインサロン=えんとつ町なんです。
それを、この映画でぶっ壊しているんです。
僕は、初代国王=西野がエピソード1じゃねえのか?と思ったわけです。
結果最後処刑されてしまいますが、
物語としては後味引くと思うんですよね。
しかも実際に今西野さんが兵庫県にえんとつ町を実際に作ろうとしているらしいんです。
ルビッチと真逆のことをしていてすげえ面白かったです。
僕はルビッチの物語はエピソード2な気がするんですよね。
あと、オンラインサロンも割と大きくなってきて世間に認められつつあるなかで、どっちが外側でどっちが内側かがわからなくなりました。
敵側(王国側)にもしかるべき正義があったのです。
それにも関わらずルビッチは「開国が絶対的に良いことである」ことを疑わないのです。
本来であれば、スコップからえんとつ町が出来た秘密を聞いた時に「本当にえんとつ町の煙を消してしまうことは良いことなのだろうか」という疑問が湧かなくては不思議です。
そこで一切疑問を抱かず、なぜかスコップも全面的にルビッチに協力するという展開で、ちょっと違和感がありました。
ここが本来主人公としての殻じゃないのかなぁと。。
ルビッチが高所恐怖症を克服する時の「下を見るな、上を見ろ!」という言葉はこの時に使うべきなんじゃ?とも。
ルビッチもブルーノも、結局はスコップから聞いた情報を鵜呑みにしているだけなので動機としてちょっと弱い気もします。
スコップのほうが実は動機がちゃんとしてるんですよね。
西野さんはちゃんと「はねトびまで上り詰めたのにダウンタウンやたけしを超えられなかった」という挫折を体験しているので、そこから「絵本へ舵を切って成功する」ところを投影して欲しかったという思いはあります。
⑦そもそもの内容として
そもそも、西野さんはこう言っていました。
「失敗しても良いように組み立てるんです」
と言っていました。
これはつまり、かなり攻めた内容であることを意味しています。
ジブリを振り返ってみましょう。
高畑勲監督が平成狸合戦ぽんぽこを作って大赤字を叩き出し、ジブリは破産しかけます。
高畑勲監督は映画を作るのに馬鹿みたいに時間をかけるわ、内容も一筋縄で理解できないような(「火垂るの墓」「隣の山田君」「かぐや姫」)映画が多かったです。
新海誠監督も「秒速二センチメートル」や「言の葉の庭」はより思想性が強い作品を作っていました。
新海監督は、売れるために「馬鹿にでもわかるように」作ったのが「君の名は。」であるとされています。
なので、西野さんはお金もあって人材もいるので、かなり尖った作風でも全然元は取れると思うんです。
(まあこれは西野さんに教養がなければ難しいと思うのですが)
これに対して「西野さんはディズニー(エンタメ)を目指しているから良いんだ!」という意見もありますが
当のディズニーはその路線からもはや(アナ雪あたりから)脱却を始めているので、これから西野さんどうなっていくのか!!
頑張れ西野さん!!!
⑧スーさんの扱い
さて、えんとつ掃除仲間でスーさん(ずん飯尾さんが演じています)というおじさんが出てきますが、非常に柔和でルビッチやプペルに好意的に接触してくるのですが、
このスーさんが実は黒幕とも言うべき位置でした。
優しい顔をしてルビッチに近づき、プペルを町から追放しようとしてきます。
現国王は今の「異端者を排除する政策」に疑問を抱いており、スーさんをはじめとする取り巻きが国王に政策を強制していたので、実質スーさんこそ真の悪者という位置です。
なので最終的にスーさんが出てきてネタばらし⇒戦闘的な展開になると思ったのですが、
なんと中途半端なタイミングで正体を視聴者にバラし、最後なんか
いつの間にか死んでいました。
ええええええ!!
個人的にちょっとこういうズルい悪者キャラ好きなのでちょっと後半どう動くか期待していたのですが、肝心のクライマックスで
一瞬取り押さえられているのが映るくらいで何にもありませんでした。
なんだよもう!!
あと母ちゃんの病弱設定いるか!?
今回はこんな感じで終わりたいと思います。
映像はマジで綺麗で、それだけで飯食えます。今風に言えば超エモいです。
点数をつけるなら75点でした。
多少打算が垣間見えてしまう所と、やや強引な伏線が目立ったのでこの点数です。ですが、基本的に脚本はハリウッド流でしっかりしており、作画も素晴らしかったです。
西野さんはプペルに全力を注ぐのは良いですが、次回作どうなるのか楽しみにしてます。
かしこ
電柱治
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