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かえるのだんなさま

 ある庭で、少女が鞠付きをして遊んでいました。
 金色の糸が縫い込まれたきれいな紅い鞠でした。
 少女は金色の糸で刺繍されたきれいな紅い振り袖を着ていました。
 少女はころころと歌いながら機嫌良く鞠をついていましたが、なにかの拍子に鞠は少女の手から離れ、ほろほろと転がっていってしまいました。
 少女は鞠をおいかけます。
 とてもお気に入りの鞠なのですから。
 やがて鞠は転がるのをやめて、翡翠色をした池にぽちゃりと落ちました。
 少女が見つめていると、鞠はどんどん沈んでいって、やがて見えなくなってしまいました。
 少女は急に悲しくなって、涙をほろほろとこぼしました。
 とてもお気に入りの鞠なのですから。
 やがて池からちゃぷりと音をがして、少女がみると、池から大きなかえるがのぞいていました。
 黒々とした大きな目で、少女を見ています。
「きみが鞠を落としたのかい」
 かえるがききました。
「そうよ。さきほど落ちたのは、わたしの鞠です」
 かえるは一度池に姿を消してから、ふたたび姿をのぞかせました。
 ひしゃげた頭の上に、金色の糸が縫い込まれたきれいな鞠がのっています。
「きみが落とした鞠は、これかい?」
 かえるがききました。
「そうよ。先ほど落ちたのは、その鞠です」
 少女は泣くのをやめて、池の縁にすわりました。
 かえるがききました。
「ほしいかい」
「ほしいわ」
 かえるはいいました。
「それでは、わたしをおまえの婿にしておくれ。おいしいごはんと温かいお布団を用意しておくれ。いつも一緒にいるのだよ」
 少女はすぐにうなずきました。
 かえるがもっているのは、とてもお気に入りの鞠なのですから。
 
 少女の曾祖父と曾祖母と、祖父と祖母と、父と母はびっくりしました。
 少女が、かえるをつれてお屋敷へかえってきたからです。
 かえるはとても大きく、父親の両手でようやくもてるほどの大きさでした。
 表面はつやつやして、たくさんのいぼができています。
 とても醜いのですが、大きく黒い目がとてもかわいらしいかえるです。
 かえるは座布団の上にちょこんと座って、少女の家族を見回しました。
「わたしはこの家の婿になります」
 曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母は顔を見合わせました。
 少女は、かえるのとなりに座って、にこにこと微笑んでいます。
 膝には、お気に入りの鞠をのせています。
「わたしはかえるのおよめさまになります。これから一緒にお食事をして、お稽古をして、沐浴をして、同じお布団で眠ります」
 曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母は顔を見合わせました。
「だんなさま、お部屋へいきましょう」
 少女はかえるをしたがえると、するすると部屋に戻っていってしまいました。
 かえるはすっかりだんなさまのような堂々とした姿で、少女の後をついてゆきました。
 曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母は顔を見合わせたままでおりました。
 
「娘や、かえるは人間のだんなさまにはなれないのだよ」
「だんなさまと約束をいたしました」
 少女は、鞠や池やかえるとの約束を、すっかり曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母にはなしました。
「娘や、かえるは人間のだんなさまにはなれないのだよ」
 曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母の誰がいっても、少女はかえるをだんなさまと決めてゆずろうとはしませんでした。
 少女とかえるとはとてもとても立派な祝言をあげて、村の人にもお餅とお酒を振る舞い、一枚ずつ衣をおくりました。
 かえるは、見た目は不気味でしたが、気前がよく、話し方がおもしろく、頭が良いので、すっかり村人に気に入られてしまいました。
 かえるは「かえるのだんなさま」と慕われるようになりました。
 村人たちは困ったことがあると、すぐに少女とかえるのだんなさまへ相談して、知恵をもらい、力を合わせて問題を解決してゆきました。
 そんな村の様子に、曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母は顔を見合わせておりました。
 
「かえるは人間のだんなさまにはなれないのだよ」
 ある日、曾祖父と曾祖母と祖父と祖母と父と母はかおを見合わせて立ち上がりました。
 曾祖父と祖父と父が鎌と鉈と刀をもって、かえるをずたずたにきりさいてしまうと、曾祖母と祖母と母がその死骸を翡翠色の池へ投げ捨てました。
 かえるの白い大きな腹からはどろどろと血が流れ出ています。
 やがてかえるの死骸は池のそこに沈んで見えなくなってしまいました。
 大人になった少女はそれはそれはとても悲しみ、かえるが投げ込まれた池へ身を投げました。
 お気に入りの鞠をかかえた大人になった少女の大きな腹からはとろとろと血が流れ出していました。
 
 やがて少女のいたお屋敷はつぶれ、村もすっかり貧しくなって滅んでしまいました。
 
 ――了――

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