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水が止まって始まった演歌ナイト

日曜の夜、水が止まった。

さかのぼること4日前、日曜の夕方にアメリカに住む友人とビデオ電話をした。2時間半ほど話した後、さてお手洗いに行こうと思った。

このとき、夜9時。


「今、トイレ使えないよ」


夫の声がする。

掃除でもしているのだろうかと思って、トイレに行ったらいなかった。


キッチンにいた。

シンクの下にもぐって何やらやっている。


「トイレだけじゃなくて、全部の水が使えないよ」


***


かれこれ2週間前から、キッチンの水に黒い粒子が入るようになった。

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最初に見たときはびっくりし、大騒ぎしたのだけど

友人たちがよく言う

Es lo que hay

自分でどうにもならない、もう今これしかない、しゃーない、ということで、

黒い粒子が出る。

水道屋さんは来ない。

でもその水は使えない。

じゃあ、とりあえずミネラルウォーターを買おう、ということになった。

その間、自分たちでも何かできないかと
友人たちに聞きながら情報を集めていた。

黒い粒子は、もしかすると古くなったパイプのゴムがはがれたものかもしれないとのことだった。

かといって「なんだそうか、ゴムか!」と飲むわけにもいかない。

もともとこのあたりの水はカルシウムやマグネシウムが多く含まれていて硬度が高く、お茶を淹れてしばらく置いておくと湯呑み茶碗に茶渋がついてしまう。
地元の人も「あんまりおいしくねぇな」と言いながら飲んでいる。


私たちはブリタを使っている。

それでも、2週間ぐらい経つと水の味が変わる。

だから我が家では2~3週間ごとにブリタを交換している。
経済的に非常によくない。

何か代替案を考えないといけないという話をしていたところだった。

そこへ出た、黒い粒子。


友人に言わせると、大丈夫だよ、ブリタ使ってるなら黒いのもフィルターされるだろ。それにもし飲んだとしても、何キロも飲まないと影響でない。だから大丈夫! Seguimos viviendo! とのことだった。



さて、ミネラルウォーター生活を始めて2週間。
お金も続かないが、洗い物も時間がかかる。

ついに、夫は壁から蛇口につながっているパイプを替えるという作業に着手することにした。

事前に金物屋さんに行き、必要な物を購入した。

支払時、

「お前、それいつやるんだ。念のため俺もミネラルウォーター多めに買っとくぜ。お前らが水道管壊して街の水が全部止まったときのためによ!」

金物屋さんは時々こういうジョークを言う。


***


作業開始。

ひとつおかしいのが、夫は日曜の夜にその作業を始めたことだ。

スペインは土曜の午後から月曜の朝までお店が閉まる。
特にこんな田舎では、週末開いているのは薬局やバルぐらいで
もし何か問題が起きても誰も来ない。
そして、スペイン人は家族との時間をとても大切にする。
だから日曜の午後や夜などにはなるべく友人たちに電話をかけないようにしている。

しかし、夫は私が友人とビデオ電話をしている間に、

「よし、今のうちにやってしまえ」

と彼の中では15分程度で終わることを見越して作業を始めたらしい。

確かに、壁から蛇口につながっているパイプは、普通ならくるくる手で回して簡単にとることができる。
パイプの交換は10分もあればできるだろう。

ところが、ここはスペインだからそんなに簡単には物事を解決させてはくれない。

壁とつながっていたほうのパイプを外すことはできたが、蛇口とつながっているほうが外れない。

水道水に含まれる石灰カスがパイプについて固まってしまっているようで、
いろんな工具を使ってみたが、1ミリぐらいしか動かない。

夜9時の段階では3ミリ動いたかどうかというところだったらしい。無駄に握力の強い私も何度かチャレンジしたが、全く動かない。

そして、夫曰くキッチンの水だけを止めるはずが、なぜかシンクの元栓を閉じられなくなってしまい(栓を壊したようだ)、下に降りて家全体の水を止めないといけなくなったということだった。

そして、キッチンの元栓が開いたままなので、もし家全体の止水栓を再び開けてしまったら最後、キッチンは水浸しになるとのことだった。こわいことを言う。

壁とつながっていたほうをもう一度接続したらとりあえず水浸しにはならないのではと思ったが、蛇口につながっているほうが作業の途中で少し破損してしまったからもう後戻りできないらしい。進むしかない。

とりあえず休憩してもらい、何か必要なものはあるか、手伝えることはあるかと聞いた。


「日本の演歌をかけてくれる? それから、ときどき踊りとサポートの声をもらえますか」


普段はロックを聞いているので、なぜ演歌なのか聞いた。

「なんかがんばる気持ちがわいてくるから!」


演歌をかけ、よくわからないけれど踊ることにした。それでやる気が出るなら安いものだ。

夫はパイプのあるところにもぐっているから、私が踊ろうが何しようが見えないのだけれど。


***

もう少しで日付が変わる。
何もしていない私も9時から踊りっぱなしで疲れてきた。

私「よし今日はこれで終わりにしよう」

夫「でもね、パイプちょっと動いてるの! それに今やめたらトイレいけないよ!」

動いてるのは4時間で5ミリほど。くるくる回せるはずのパイプが数ミリしか動かないとなると、別の工具かプロの助けが必要だ。

夫「これはね、僕とパイプとの闘いなんだ!」

確かに夫のプライドもあるだろうと、その後15分ぐらい闘いを継続してもらうことにする。

ところで、今夜のトイレとシャワーをどうするのだろうか。
日本から持ってきたギャッツビー汗拭きシートを使うしかないのだろうか。

そんなとき、夫は奇策に打って出た。


明日に続くことになる。

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