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電気はどこへ

先週から、ブレーカーが何度も落ちる。
たくさんあるスイッチのうちのひとつが、気まぐれをおこすようで
1日に2回ほど落ちている。

パソコンを保護する機械(停電したとき、パソコンのバッテリーが10分間は維持されるようになっており、その間に作業中のデータを保存したり、パソコンの電源を安全に切ることができる)が、カチカチカチカチと嫌な音を立てる。

町や通り全体の停電のときは、電気が戻ってくるのを大人しく待つのだけど、ここ数日の停電は我が家だけだ。
なぜうちだけだとわかったかというと、ピソの共用部分の電気はつくからだ。


金曜日


お昼ご飯を食べていたら電気が消えた。

しばらく待っていたが、戻ってこない。
締め切りが近かった原稿は、昼食前に納品していた。しかし、午後からの日本語クラス(パンデミア以来、オンライン形式をとっている)はできるだろうか。

1時間ほどして、いやこれはおかしいぞと、ブレーカーの様子を見に行った。

いくつかスイッチがあるうちのひとつが下におりている。

おりていたブレーカーを上げると、何事もなかったかのように電気が戻った。


ボイラーとパソコンしかついていなかったので、電気の使い過ぎではない。

まあたまにはそんなこともあるのかなと思っていたら、日本語クラスのときにまたブレーカーが落ちた。クラスでは、ネットの接続がよくないとか、タブレットの充電をしていなかったとかで、学生さんが突然画面から消えることがある。今回いなくなったのは私だった。

週末


土曜日、日曜日にも1回ずつブレーカーが落ちた。

一体どういうことだろう。

金曜日の時点で電気会社に連絡してみようと思ったけど、夫は自分で原因を突き止めてみたいという。

月曜日に急ぎの仕事が来るので、私としては結構心配だ。「電気がないのでやっぱり仕事はできません」というのは、自然災害や緊急事態でもない限りなかなか言えない。電気がないとは、アンダルシア田舎とはどういうところだとなり、この町の評判を不用意に落とすわけにもいかない。一応、アンダルシアにも気をつかう。

夫には日曜日まで猶予をあげた。


日曜の午後。
原因を突き止められなかったらしい夫は、電気会社に電話をした。

「今から3時間以内にエンジニアをお宅に行かせます」

珍しく電話がつながり、とても頼もしい返事があった。



ちょっと待った。

3時間で人が来る。

まずい、それは非常にまずい。

夫は、どんなものでも「いつかまた使うかもしれないからとりあえず取っておきたい」というたちだ。家の中は物であふれている。
そして、脱いだ服は床へ、学校からもらってきたプリントも床へ、どこに置いていいかわからないものはとりあえず全部床へ、という具合だから、部屋は散らかし放題だ。この間はコップとアイロンが床の上に直接置いてあって、掃除中につまづきそうになった。
私が片付けたくとも、そのカオスの中には本人にしかわからない一定のルールがあるらしい。学校のプリントの上にはスーパーのチラシ、その上には郵便物、一番上にはどこかの地図と、本人にしかわからない「絶妙な順番で」置いてあるらしいので、その山を崩すと何がどこにあるかわからないじゃないですかと逆にこちらが怒られる。

キッチンの棚にはガラスの瓶が山ほどおいてある。手作りジャムやペーストを入れるかもしれないと言っては、煮沸し、常時20個ぐらいキープしている。空のグラスボトルも何本かある。おかげで、肝心のフライパンや鍋を入れるスペースがない。

これについては、書き始めたら止まらないので、またの機会に譲る。

さて、今から3時間で外から人がやってくる。

常日頃、さわやかな優しい人でとおしているらしい夫は、世間体が少しは気になるようだ。さすがにこの状態を人には見せられないと思ったらしい。
私も勘弁だ。
2時間で床の物を片づけなければ全部捨てるぞといったら、ぴーぴー言いながら拾っていた。

どうするのかと見ていると、とりあえず全部ビニール袋やエコバッグに入れる作戦に出ていた。

それは、次にその袋を開けるのがいつになるかわからないパターンだ。でも、散らかし放題の家に住んでいるよりはましなので、何も言わないでおいた。

2時間が経った頃、電気会社から電話があった。
さっきとは違う人だ。エンジニアらしい。

現状を夫がもう一度説明した。

「でもな、今行っても電気あるやん。よかったな。だから、行かへんわ。今行ってもしゃーない」

毎日ブレーカーが落ちる、と夫が負けずに言っている。

「まあそれはいろいろな可能性があるから、ひとつずつつぶしていかんとやな。いやな、今行ってもいいねんで。でもな、もう遅いやろ?そんでな、今行っても電気あるやん。だからやることないねん。明日改めてまた行くわ」

あくまで、今日は来ないらしい。


夫は諦めた。

ここはひとつ、私が電話をかわってみることにした。

今こそ私のスペイン語を試すとき!

「こんばんは!先ほどの方は3時間以内に担当者を送ると言ってくださいました。そして、今私はあなたと話しております。実はですね、私は家でパソコンを使って仕事をしているんです。そうすると、電気がないとどうなるかわかっていただけますか?」

「それは、大変やな!」

「わかってくださいますか!ありがとうございます!おっしゃるとおり、電気がないと作業ができなくて大変です。フリーランスですから、立場も弱いでしょう?電気がありませんと会社には言えないんです。わかってくださいますか?ええ、くださいますよね!うちは何時でも構いませんので、どうかいらしてくださいね!」

我ながら長い文章がすらすら出てきた。スペイン語のライティング試験で、文句を述べる手紙やら自分の権利を主張するレポートを散々書かされたおかげだ。

「まあな、君の言うてることはもっともや。でもな、今電気あるやろ?よかったやん」

「先ほど、可能性をひとつひとつ調べるには時間がかかるとおっしゃいましたね!今から始めませんか?そう、明日はまた明日なのですから!」

うまいことを言えた。

「そうかあ。でもな、もう暗いやん?明日必ず電話するから、そのときに何時ごろになるか言うわ。な、そうしよ」


この人は、会社からは行けと言われているのだが、もう夜の9時やしめんどくさいな、まあ明日でいいやろうと自分で決めてしまっている。もうこうなったら、この人は今日来ない。

ただ、毎日のようにブレーカーが落ちるのは大丈夫ではない。万が一漏電や事故があってはいけない。

「確かに君の言うことは一理ある。だから、明日にしようや。明日までにいろいろ調べといたるから!まかしとけ」

確かに今電気はある。そして、今から来てもらうとなると、11時ごろになるだろう。少々不本意ではあるが、明日のプランで手を打つことにした。


月曜日

夕方まで待ったが、エンジニアの人からはひとつも連絡がない。

6時過ぎ、電気会社に電話をする。

「おかしいですねえ。では、今からまた3時間以内にエンジニアを送りますから!」

9時をまわったが、誰も来ない。電話もかかってこない。

もう一度、電気会社に電話をする。

「おかしいですねえ。データには何にも入ってないですねえ」

昨日からの経緯を説明する。

「ああ、ちょっと待ってくださいよ。データには、ブレーカー自体を交換する必要がある場合の見積書を送ったとあります。ご覧になって頂けましたか?」

「ええ、見ました」

「でも、その金額を承認なさってませんよね。だからじゃないですか、エンジニアが来ていないのは」

こっちのせいにされそうになっている。

「ブレーカーを交換する必要があるかどうかは、エンジニアの方が実際に見てみないとわからないと思います。どこが問題なのかをまず調べないといけませんよね。電話だけで、交換が必要だとどうやったらわかるでしょうか?」

「でも、見積を承認されていませんよ」

「私たちは御社の緊急対応サービスにお金を払っております。ですので、見積を承認しないからエンジニアが来ないとは、全くもって理解できません。何も見ていないのに、必要ない工事をするつもりはありません。さて、9時までにいらっしゃると伺ったエンジニアの方は今どちらですか?」

「だから、社内での連絡がうまくいってなかったんですよ」

「それは御社の問題ですので、そちらで解決をお願いいたします。エンジニアの方は何時にいらっしゃいますか?」

とことん私もしつこくいくしかない。性格的にこういうやりとりはとても苦手なのだけど、アンダルシア田舎も8年目、とにかくしつこくいかないとだめだということは、これまでの経験から学んでいる。

だんだん私の声のトーンが変わってきたのが、向こうにも届いたらしい。

「上の者と相談してきます」


数分後に帰ってきたお姉さんは言った。

「今夜、12時にお電話します。それからエンジニアを派遣します」

夜中の12時に電話で、朝3時のエンジニア訪問!そんな時間に来てもらっては困る。そして、本当に来るかわからない人を夜中の3時まで待つことはできない。確かに緊急ではないのはわかるから、こうやって一日待っていたのだ。私たちが困るのは、電話するといって電話しない、来ると言って来ないことで、それに対して私たちが毎回スケジュールを変更したり、振り回されることなのだと言ってみたが、お姉さんには全く伝わらない。

もう、明日にしよう。

「じゃあ、明日にしましょう!明日の予約をあなたと今ここでとらせてください。明日の午後6時にエンジニアの方を派遣してくださいますか」

「明日ですね!それなら大丈夫です!明日の6時から8時に電話しますね!」

「ちょ、ちょっと待ってください。それは、いらっしゃるのが6時から8時ですよね?」

「いえ、エンジニアが電話するのが6時から8時です」

「そんなことをしたら、うちに来るのがまたそこから3時間後になるじゃないですか」

「まあ、エンジニアのスケジュールは私もわかりませんので、そこはなんとも」

「じゃあ、5時にしてください」

夫が再参戦する。


「うーん、6時から8時でもう設定してしまいました。今からまた変えるの大変なので」

「……」

「ともかく、よかったですね、解決できて!さて、ほかに何かお手伝いできることはありますか?」


私は電話口から離れることにした。


そんなわけで、月曜の夜、まだブレーカーは落ちる。
明日、エンジニアの人は来るだろうか。



そして、家の中はまだきれいだ。

ーー
少々感情が荒ぶったnoteになってしまったことをお詫び申し上げます。明日には私の機嫌もブレーカーも直っているはず。

にゃー!

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