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実録、着物お直し

ある時、実家にあったお茶箱の中に、着物があるのに気づいた。包んである「たとう紙」を開くと、しつけ糸がついたものも何点かあって、お茶箱の着物は洋服箪笥の引き出しよりも、状態がいいようだ。包みに書かれた店名をグーグルマップで調べると、弟の通っていた小学校の入り口に呉服屋さんはあった。電話で問い合わせると、実家の家族を憶えていてくれて、「いつでも、持って来てください」と言って下さった。そこで、しつけ糸のついた二点と紺の正絹一枚を洗濯したての風呂敷に包み、約束した時間に、いそいそと持って行った。

呉服屋さんで

店の奥には広いカウンターがあって、風呂敷包みをそこへ広げた。季節は夏休みの終わり。私が店にいる間、小学生の子供を連れたお母さんが、上履きを買いに何度も訪れた。今でも、店の側を通ると、あの頃の気持ちを思い出す。親が亡くなった後の、放り出されたような不安な気持ちだ。その後、グレイヘアの奥さんは、ベージュ地に二色のグレーでタンポポのような花を織り込んだ袖を選んで、袖付けにある縫い代の厚みを指で確かめた。他にもあちこち、チェックして「直して着れば、喜ぶわよ」と言われてホッとした。

私の予算は「洗い張り」、サイズ直しに帯までつけて、破格の十万円。期限はお任せして、他所のお店で測って貰ったサイズ表と、念のため、長襦袢も預けて帰ってきた。すると、三十分ぐらいして、呉服屋さんから電話があり、身丈が足りないので、足し布をすることになるけど「端切れ」はお持ちですかと問う。着物の余り布は仕立てた着物と一緒に大切に持ち帰るのだが、お茶箱に「端切れ」は残っていなかったので、用だてて貰えるように頼んだ。

ちなみに、着物の裾からチラチラと見える裏地を「八掛」と呼ぶのだが、着物以上に流行があるそうだ。最初に頼めばブルー系やグレー系にできたのに、準備不足だったと後悔している。もともと、付いていた色はサーモンピンクで、令和の流行りは着物と同色、特に寒色系だそうだ。

ここまでのまとめ

着物のお直しに持って行くものは五つ。一、着物。二、新しい胴裏と八掛用の布地。三、着物の端切れ。四、自分のサイズ表。五、マイサイズの長襦袢。もちろん、着物以外は無くても、済む。呉服屋さんに行く時は、万全の備えが必要だ。

腰紐の位置を測る

「洗い張り」を終えたおばあちゃんの着物は「身丈」を「たし布」で伸ばし、解いたパーツを縫い直す段階へと進んだ。呉服屋さんの奥さんからは、九月末に連絡があって、和裁担当の「下請けさん」が言うには、身長が百五十センチ以下の小柄なひとが仕立てた着物なので「おはしょり」の上と下に、別な布を噛ませねばならない。私の、腰紐の位置を測って欲しいと頼まれた。

一般に腰紐はおへその上にあてがい、腰骨から、背中側にかけて、お尻の出っ張りで持ち上がる。「脇線」と背中側の縦方向の縫い線「背中心(せちゅうしん)」の二箇所を測る必要があるそうで、私の場合は二センチの差があった。

こうして、十二月の半ばにお直しが上がった。三ヶ月待つのも、初体験。つくづく、着物って服だけど、工芸品なのだ。

かかった費用

費用については「洗い張り」に一万四千円(税別)、布地とお仕立てに三万五千円(税別)お支払いして、良心的なお値段でした。親から譲られた着物のお直しは、時間も予算もかかるので、お得感は少ない。「着てあげたいかどうか」が一番の判断基準なのだそうだ。私の場合、捨てないですんだのはホッとしたけど、あまり着られていない。呉服屋さんを訪れた日のような経験したことのない、新しい思い出が、この着物に重なっていけばなぁと、考えている。

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