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雨の月曜日

カーペンターズのRainy Days And Mondays(雨の日と月曜日は)という曲があります。洋楽をあまり聞かない私でも知っている曲です。聞いたことがないという人を探す方が難しいくらい有名でしょう。

私が以前勤めていた職場ではいつもラジオが掛かっていて、月曜日で雨の日は必ずこの曲が掛かりました。おさだまりだな~、と目を細めながらそれを聴いていました。
ラジオのヘビーリスナーであればおさだまりだな~と笑うことで、たまたま聞いた人はいい選曲だなと思うことで、雨の日の憂鬱が多少軽減されるというわけです。

今日はたまたま雨の月曜日だったので、私もラジオに倣ってこの曲を取り上げようと思い、初めて真面目に歌詞を読みました。そうしたら、出だしから、”自分は老けたな/もうやめてしまいたくなる/何もかもしっくりしない“と非常に憂鬱な単語が続きます。これまでなんとなく聞いていましたが、あの清らかな歌声の痛切さ、込められていた辛い気持ちが初めて分かりました。


ところで私はあまり雨で憂鬱な気分にはならないのです。もちろん靴や服が濡れたり、洗濯物が乾かないこと、木工の塗装が出来ないのには困ります。でも、よく考えると、雨が降ることが不思議だなと思います。
もし宇宙のどこかに知的生命体が居たとして、地球の雨の事を知ったら「すごくSF的だな」と思うのではないかと思います。

水の雨が降る天体は、地球以外には今のところ発見されていないそうです。
雨の定義は大気循環、つまり大気を構成する気体が温度差で液体になる現象の事だそうです。なので、水ではない海、水蒸気ではない大気がある天体には、水ではない雨が降ります。
例えば太陽系の衛星ではメタンの雨、(たしか)天王星ではダイヤの雨、またある惑星では鉄の雨が降ることが、観測あるいは推定されているそうです。
この宇宙のなかで、傘をさして、雨に濡れた草花を眺めてきれいだなと思ったり、雨の唄をラジオで聴いたりする存在は、果たして人間以外にいるでしょうか?
と、フェルミのパラドックス的な事を考えると、雨も特別なもののように思えます。


※写真の宇宙人のような花はウラシマソウです。週末散歩していて見つけました。

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