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短編小説「おしゃべりな掃除機 (前編)」

A子は都会で働く女性。毎日、朝から晩まで、決して高くはない給料で頑張って働いている。都会にでてきて三年目。一人暮らしにも慣れてきたが、仕事が忙しくて友人も恋人もできず、ちょっぴりさみしい気持ちで暮らしていた。

ある日の日曜日。1Kの部屋を掃除していると、掃除機がうんともすんとも言わなくなった。最新型の掃除機を買うからあげるわよ、なんて実家の母からもらってきた古いタイプの掃除機。大きなため息をつきながら、A子は掃除機を買うために出かけることにした。

近くの商店街を通り、駅に向かっていた時。
「あら、こんなところにリサイクルショップなんてあったかしら」
と、とある店の前で立ち止まった。あまりに地味で気づかなかったのか。
「訳ありも訳なしも、高く買います、安く売ります」
と手書きの貼り紙がガラスのドアに貼り付けてあった。

店の前にうず高く積み上げられた、事務机や小さな冷蔵庫。スチールの棚。どれも1,000〜3,000円の値札が貼られている。
「これは、掃除機も安くで手に入るんじゃないかしら」
期待を胸にA子は店に入っていった。

「こんにちは」
と、店内を覗き込むと、中はちょっと薄暗く、ほこりっぽい感じだった。そして、ちょうど目の前に掃除機が置いてあった。旧式の、キャスター付きの本体から長いホースが伸びているタイプだ。真っ黒でツヤっとしている。傷もなく、見た感じでは状態も良さそうだ。値札を見ると「1,000円」と買いてある。安い。A子は嬉しくなった。

「すみません、これください」
店の奥に声をかけてみると、年老いた店主が現れた。
「どれどれ、あぁ、それ。良いでしょう、昨日入ってきたんだよ」
店主はうっすらと笑みを浮かべて代金を受け取った。
「不具合があったら、返品しても良いですよ」

掃除機を抱えて、A子はウキウキしながら帰宅した。
「良かったわ、無駄な出費を避けることができた。吸い込みが悪かったら返品もできそうだし」
早速、コードをカラカラと本体から引き出し、コンセントにつなぐ。スイッチをカチリと入れたその瞬間、
「いやー、どうもありがとうございます!あたくしをお買い上げくださって!」
と大きな声が掃除機から聞こえた。びっくりしたA子が思わずホースを投げ出すと、ホースはまるで生きているかのようにうねうねと地面を這い、ノズルを蛇の頭のように持ち上げ、A子にまた話かけてきた。

「いやいや!ごめんなさいね!びっくりさせちゃって!」
腰を抜かしたままのA子に話しかけてくる。

「あたくしね!おしゃべりが大好きなんですよ。そしてね、買い主のおしゃべりを聞くのはもっと好き。あたくし、掃除機だけどただの掃除機じゃないんですよ。言葉を吸い取るの。なーんでも吐き出しちゃってくださいな!全部吸い込んじゃいますよ!」

(つづく)後編はこちら

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田丸雅智さんのショートショート入門書を買って、2日間にわたってショートショートに挑戦しています。

とってもわかりやすい解説とワークシートで、どんどんアイディアが広がります。これ、ロゴやデザインにも使えるなあ。明日は後半を書きます。

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