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夏の終わり

「東京に、こんな場所があったなんて...」

休日の昼下がり、家族で渓谷に出かけた。車を走らせる事20分、都会の喧騒を忘れる自然に囲まれた穏やかな場所だ。川のせせらぎ、揺れる葉の音、吹き抜ける風が気持ちいい。

「ダンゴムシ捕まえたー!」

首から大きな虫かごをぶら下げ、お気に入りの黄色い網を振り回し、息子がはしゃいでいる。獲物のわりに大仰な装備だが間違っちゃいない。美しいアゲハ蝶はいつだって気まぐれに現れるのだから...


渓谷の外れに茶屋があり、妻はハイカラなドリンクを飲んで一息ついている。僕と息子は石段を登り、芝生の広場へ出た。


「わぁっ!」

と、僕らは目の前に広がる光景に驚いた。息子は縦横無尽に飛び交う無数の赤トンボに、僕はレジャーシートの上で天真爛漫に体育座りするパンチラ美女に、それぞれ心を奪われたんだ。


「パパ捕まえてー!」


よぉし、見てろよ!僕は網を手に取り赤トンボを追いかけた。目の前を横切る低空飛行の赤トンボ越しに見る水色のアゲハ蝶。


トンボのメガネはみずいろメガネ
あーおいパンツを見てたから
みーてたかーらー


息子の期待を一身に背負い赤トンボを追う僕。アラフィフの身体に鞭打って野原を駆け巡るも、ヒラリヒラリと舞い遊ぶように姿見せたアゲハ蝶に気を取られ、誤って網を池に落としてしまった。


すると池から女神が現れ僕に言った。


「貴方が池に落とした網はこの黄色い網ですか?それとも、どんな蝶も捕まえられるこの桃色の網ですか?」

僕は答えた。

「いいえ、僕が落としたのは僕自身です。貴女に恋に落ち.....いや、黄色い網です」


それから膝がガクガクするほど駆け回り、僕はようやく獲物を捕まえた。ミニスカートのアゲハ蝶でもなく、ずぶ濡れスケスケの女神でもなく、小さな赤トンボだ。

大きな虫かごの中の小さなダンゴムシと赤トンボを嬉しそうに覗き込む息子。早くママに見せたいと飛び跳ねている。

どうにか父親の威厳を保つ事ができた。もうヘトヘトだ。僕は芝生に横たわり空を見上げた。夕焼けが目に染みる。



寝返りうつと、綺麗なアゲハ蝶もよく見えた。

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