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【小説】一ヶ月監禁生活1

初心を取り戻すため、学生時代書いた作品をリメイクしてみる試みです。
1話ごとの文字数目安は5500字程度。たぶん3~4話で終わります。
様々なジャンルに影響を受けた在学中から変更していない部分が多々あるので、問題あったら消します。
でも当時書いたもの、ほぼそのまま書き起こしています。

物騒なタイトルですが、R-18要素はございません。
しかし内容も内容なので、念のため。

この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。


一ヶ月監禁生活


龍の咆哮の如き雷鳴。薄暗い室内が一瞬、真昼の明るさに照らされる。
身体中にまとわりつく湿気。窓ガラスから見える空。黒雲がひしめき太陽を隠す。
――理科室。その机に半分だけ腰かけ、『棗隆文(ナツメ・タカフミ)』は鈍く輝くナイフのような瞳で、教壇に座る老人を射抜いていた。
視線の先で鎮座するちょっと太めの老人。好好爺然としたたたずまい。
タカフミが苦々しく口を開けども、その雰囲気が変わることはない。
「どういう意味だ、狸爺」
言葉の一つ一つ、全ての音に針が生えた敵意の籠った声。しかし老人はその声音にも、狸爺と呼ばれたことに対しても、くすり、と小さく笑いをこぼすだけだった。
「どういう意味だって詰め寄られても困るんだよなぁ。本当に言葉通りなんだよねぇ」
老人は人畜無害な満面の笑みを浮かべた。

「きみと秋月さんの関係って何なのか、教えてくれないかな?」

言葉は優しく、暖かく、丁寧に紡がれている。
しかし何故かタカフミは驚愕に目を見開く。そして纏っていた殺気を強めた。
「お前に、何がわかる」
「まあ、答えられないのは知っているんだけどねぇ」
皺が刻まれた頬は緩み、年季が重なる目元は穏やかに細められている。
「ただぼくはお節介だから。気になっちゃうんだよねぇ」
しかしただ一つだけ異彩を放つものがあった。
「きみたち、それでいいのかなぁ、ってね」
老人の二つの瞳。分厚い瞼の奥にあるその瞳は、恐ろしく澄んでいて穢れがない。
それらに映るだけで、全て見透かされているのでは?と度を越した妄想に囚われそうになる。
タカフミは隠すこともなく舌打ちをした。
「どういう意味だ」
相も変わらずその目を細めて、老人は笑った。

「きみ、棗隆文くんと『秋月桐華(アキヅキ・トウカ)』さん。二人の間柄の名称を考えてくること。きみへの『特別な夏休みの宿題』だよ」



七月十八日(土)
今日、全ての準備が整った。これで明日から計画を始めることができる。
しかし本当に上手くいく……いや、桐華と無事にあの日を迎えて終えることができるかどうか。
その為に計画を練ったが、見通しはつかない。
何より日々の中で俺は桐華を……いや、やめよう。
言葉にするのさえ汚らわしい。
きっと、桐華は俺のことを信じてくれるから。
おれはぜったいに、とうかをうらぎりたくない。

全ては桐華のために。



一日の終わりを告げる鐘が鳴る。しかし今日のそれは、ただの下校のチャイムではなかった。
夏休み前、最後の授業。学生たちにとっては長い休みの始まりを告げるファンファーレ。
喜びの声と共に、ひとり、またひとりと軽い足取りで帰路についていく。教室はその姿に反比例するように、空虚に包まれていった。
強い夕日が差して、飴色に染まる静かな教室。
最後に残っていたのは秋月桐華と、その幼馴染の棗隆文だった。
「タカフミ、帰ろうか」
桐華は夕日から振り返る。艶やかな黒髪がさらさらと風になびいた。その姿に、タカフミは穏やかに微笑む。
「ああ、桐華」
明るく、優しい声。耳にするだけで、心に穏やかな風が吹く。
それくらい桐華にとってタカフミの声は心地よかった。

昼間に比べれば、若干涼しくなった大気。しかしそれでもまだ足りず、二人の制服のYシャツはしっとりと湿っていた。
髪を後頭部にまとめ、むき出しになった桐華のうなじには玉汗が浮かぶ。体質的に汗っかきのタカフミの明るい茶の髪からは汗がしたたり落ち、かけている眼鏡に水滴をつくっていた。タカフミは鬱陶しそうに眉を顰める。
「暑いなー」
「暑いねー」
発せられた言葉はほぼ同時。二人は思わず見つめ合い、吹き出した。
「ったくもー、どうしてこんな時間になっても暑いんだよ。眼鏡がぬれて困るっての」
タカフミは鞄からタオルを取り出して、乱雑に髪と眼鏡を拭った。そしてポケットから取り出した眼鏡拭きで丁寧にレンズを磨く。
「あはは。びちょびちょだね、眼鏡。でもこれからもっと暑くなるんじゃない?」
水色のハンカチを汗に押し当てながら、桐華は肩を竦めた。
「あー……溶ける。これ以上暑くなったら溶けるよ、俺」
俺が溶けてアメーバになっても幼馴染でいてくれるよな、とおどけるタカフミに桐華は苦笑した。
「アメーバになったら電話してよ。夏休みだから学校にも行かないし……会えない、んだから」
会えない。そう口に出した時、桐華の心に冷たい風が吹く。先程まで感じていた暑さが消え、妙な寒気が襲う。
「桐華、どうした?そんなに俺と会えないのが寂しい?」
いつもの軽い調子の言葉なのに、どこか労わるような声音。タカフミは眉尻をさげて微笑んでいた。その姿にわずかな安らぎを感じて、小さく息を吐く。
「……よくわかんない。ちょっと寒気がしたから夏風邪かも」
「……そっか。お前も一人暮らしなんだし、何かあったらすぐ連絡しろよな」
タカフミは不思議な光が灯る瞳を細めて桐華を見つめる。

桐華の両親は小学生の時に交通事故で亡くなっている。一度は近くに住む親戚に引き取られたものの、事故のことを思い起こさせる町から離れたいが為に離れた場所にある高校に進学し、一人暮らしを始めていた。
タカフミはタカフミで、結婚と離婚を繰り返す母親との不仲から家を離れ、仲が良かった幼馴染の桐華と同じ高校に進学し、同じく一人暮らしをしていた。

「それはそれとして、さ。……桐華は夏休み、なんか予定あんの?」
明るくて軽い、タカフミのいつも通りの声。しかしその中にはどこか、緊張の色が滲んでいた。桐華は違和感を覚えつつも夏休みの予定に思いを馳せる。
「用事はないんだ。叔父さんがね、『今年はうちに来るか来ないか、自分で決めなさい』って言ってて。うちにおいでとは言わなかったんだ。休みの時はいつも言うのに……変なの。純子ちゃんたちと遊びにかって話もしたけど、行くかどうかも未定って感じだし」
叔父さんは亡くなった父親の兄であり、桐華の現在の保護者である。そして純子ちゃんは桐華と仲良しのクラスメイト。タカフミはそのどちらとも面識があるため納得したように頷いた。
「うんうん。予定は未定って感じね。わかったわかった」
「……どうせタカフミは予定だらけなんでしょうねー?いつも話してる人たちといっぱい出かけるんでしょ? 私とは全然違って」
安心しきったタカフミの笑顔が気に入らなくて、そっぽを向く。
タカフミはその明るい性格とそれなりに整った容姿からクラスの中心に居る人物であり、交友関係も華やかである。
彼女がいるという話は聞いたことがないが、夏休みに過ごす人は山ほどいるだろう。クラスの日陰に居る桐華とは真逆のはず。
そう思って皮肉じみた言葉を選んだのに、タカフミの反応は予想とは全く異なっていた。
「んー、バイト以外何にも用事ないんだ。全部断ったから」
先ほども見せた不思議な光の灯った瞳を遠くに向け、タカフミは言葉を吐き出した。どこか吹っ切れたような、決意に満ちているかのような、そんな表情。今まで見たことがないタカフミに桐華は戸惑う。
「え、なんで?」
「そんなことよりさ。桐華は何にもないの、夏休み」
瞳が桐華に向けられる。どくん、と心臓が疼く。それはタカフミの瞳のせいである気もしたし、その妙に真剣な言葉のせいである気もした。桐華はまっすぐ見つめ返す。ひたむきに、しかしどこか不安げに揺れるタカフミの瞳は、歩いている道路の先に見える陽炎みたいだと、頭の隅で思った。
「さっきから言ってるでしょ。何にも、ない、よ」
自分の口から零れていく言葉に違和感を抱く。何かがおかしい。紙に垂らした黒いインクが広がっていくように、何か得体の知れない感覚が身体を包んでいく。

ほんとうに、なにもない? わたしはなにかをわすれていないか?

「桐華。俺は、お前がいいならそれでいいんだ」
タカフミは眉尻を下げて微笑んだ。その言葉も、声音も、ひどく優しい。桐華の困惑は加速する。タカフミが言っていることがわかるのに、わからないのに、わかるような気がしたからだ。
「タカフミ、それってどういうこと。わたしは――――」

ぱん。手を打ち鳴らす音に我に帰る。ぐるぐるとまわっていた思考が驚きで一瞬止まる。
目の前にはいつもの明るい満面の笑みを浮かべたタカフミが立っていた。
「明日、十時にここの公園な!」
すぐ近くにはなかよし公園と書かれた看板。桐華とタカフミ、どちらの家からも近い小さな公園。一緒に帰るときはここでまた明日、と言い合って別れる場所でもあった。
「……って、ちょっと待って、タカフミ!」
タカフミは手を振りながら住んでいるアパートの方へ駆け出していた。呼び読めようと手を伸ばす。しかしタカフミは振り返らなかった。
「じゃあな、桐華。また明日!」
桐華はただ、自分が伸ばした手のひらを見つめていた。

背後でばたん、と扉が閉まる。
「ただいま」
小さな呟きに返ってくるものはない。ただがらんとした静寂だけが桐華の身体を包んだ。それは靴を脱いでも、自室への扉を開けても、荷物を置いて着替え始めても変わることはない。
いつも通りの光景だった。慣れているはずだった。しかし妙にその空虚が外の暑さで火照った身体を冷たく蝕んでいく。
テレビでもつけようか、と手を伸ばした瞬間。聞きなれたメロディが耳に入る。視線の先で携帯電話が光っていた。
手に取って開いてみれば、タカフミからメッセージが届いていた。その中にはただ一言。

『明日、印鑑持ってこいよ!』

「なにこれ」
桐華は首をかしげる。
印鑑が必要な場面。何か誓約書でも書かされるのだろうか。例えば借金の保証人? なんとなく考えてはみたものの、見た目は派手だが真面目なタカフミがそんなことをするとは到底思えなかった。
「意味わかんないよ、タカフミ……」
零れ落ちた言葉にもやはり応えるものはない。ぼんやりとした頭は、とある印鑑の用途の一つに辿り着く。
「……馬鹿だな。そんなこと、あるはずないのに」
その発想の馬鹿馬鹿しさに乾いた笑いが漏れる。それでも何故か、言葉にしてしまうと急に心の中に穴が開いたような感覚に陥る。ぼうっと薄暗い、音のない部屋。その中で桐華はうずくまる。心に開いた穴をうめようと、携帯電話を抱きしめながら。


次の日。桐華は約束通り午前十時になかよし公園の前に来ていた。公園では年端もいかない子供たちが楽しげに遊んでいる。
タカフミの姿はまだ見えない。鞄の小さなポケットに入れた印鑑を意識しながら目を閉じる。いったいタカフミは何をするつもりなのか。
「動くな」
唐突に耳元に吹き込まれた、聞きなれた声。そして肩にかかる重み。どこか物騒な雰囲気に思わず振り向く。真っ先に目に入ったのは、汗でやや湿った明るい茶の髪。
タカフミが桐華の肩に顔をうずめていた。
「タカフミ、なにしてるの」
桐華はため息をついた。まあまあちょっと付き合ってくれよ、と先ほどとは違うのんびりした声が聞こえてきて、もう一度小さく息を吐き出した。
「大人しくしてもらおうか……背中に当たってるモノに撃たれたくないならな」
突然芝居がかったものに変わった声と共に、背中につん、と何かが触れる。タカフミは拳銃という設定にしたいのだろうが、どう考えてもそれはタカフミの指だった。
新手のごっこ遊び?実は最近流行っていたりするのかな。桐華は首をひねる。あまり普段テレビを見ない桐華は流行に疎い自覚があった。
「ええと、私をどうするつもりなのー」
適当にそれらしい台詞を言ってみれば、タカフミは満足そうに笑った。
「ついてこい、そうすれば命だけは助けてやる」

前を歩くタカフミのやや湿った手に引かれて、桐華はその後に続く。質問も野暮かと思い、ひたすら黙って歩く。タカフミも何も言わずに淡々と歩いていた。
導かれるままに行きついたのは、タカフミの済むアパートだった。階段を上った先の、三番目の扉の前で足が止まる。
桐華が何度か訪れたことがある、タカフミの部屋だった。
繋いでいた手を離し、鍵を開けるとそのままの手で促した。
「はいって」
部屋に入り靴を脱いでいると背後でばたんと扉が閉まる音がした。そして一拍の間の後にがちゃり、と鍵がかけられる音がする。
思わずどきりとして振り返る。タカフミは眉尻を下げて微笑んでいた。
「桐華、こっち」
口をはさむ間もなく再び手を引かれて部屋の奥に導かれる。
タカフミは他に何も言わないのに、言葉を発するタイミングを失って開いた口を閉じた。
「ここ、座って」
拒否する理由はなかった。示されたソファにそのまま腰を下ろす。ちょっと待ってて、その言葉と共に繋いでいた手が離れてタカフミが視界から消える。何故だかそれが妙に寂しくて。消えたぬくもりを追うように部屋を見渡す。
やや派手な見た目からは意外とも言えるくらい、タカフミの部屋はこざっぱりとしていた。置いてあるものが少ない上に、きっちりと整頓されている。彼が一人暮らしを始め、初めて訪れた時に驚いたことを思い出した。
前のタカフミの家、つまり実家はものに溢れていたからだ。混沌としていて、言い方は悪いが散らかっていた。
それなのに今は綺麗に片づけられている。さらに今日に至っては妙にものが少なすぎるような気がした。

何か必要なものが足りないような、そんな――――。

「とうか」
戸惑いに沈んでいた思考が浮かび上がる。しかしタカフミから発せられた言葉で、されに桐華は困惑した。

「桐華は俺に誘拐されて、この部屋に監禁されました」

だから出ることができません。
タカフミはひどく真剣な表情で、そう言った。

《続く》

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