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コロナ時代を生きぬくための聖書のことば(2)~喪に服すKさんへの手紙

あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。
                   ヨハネによる福音書16章20節

🔹お久しぶりです

Kさん。
あれからだいぶご無沙汰しました。
その後、お変わりなくお過ごしでしょうか。
過日、教会でKさんの信仰のお友達Sさんから、ご主人を亡くされたという話を聞いて、びっくりしました。
せめてお悔やみ方々、一筆励ましのお手紙を書こうと思いつつ年が明け、こんなにも遅くなってしまいました。

従前からご主人の介護に専念されていたということはうかがっておりましたから、Kさんご自身、そのお覚悟はできていたと思うのですが、それにしても長年連れ添われたご主人を天に送られた淋しさは、私などには察することができないほど、お辛かったことでしょう。
そして今もなお、そのようなご心痛を引きずっておられることと思います。

Kさんは長年の介護疲れからくる腰痛に悩まされていた様子でしたが、グチひとつこぼさず、じっと耐えていらっしゃいました。
そのお姿を見ながら、私はひそかに敬服しておりました。
ところが、長時間にも及ぶ教会のごミサはやはり腰に負担がかかるのでしょうか。
おのずから教会出席もしだいに縁遠くなってしまわれましたね。
たまたま私からご機嫌伺いのためお電話をかけたところ、ありがたいことに、ひどく喜んでくださいました。

そこへきて、世は昨年中、コロナ感染拡大が拍車をかけ、残念ながらKさんとお会いする機会は完全に途絶えてしまいました。
今は家庭に蟄居して、ただ喪に服した生活を送っておられることでしょうね。

🔹その悲しみは喜びに変わる

そんなお辛い状況におかれているKさんに、冒頭のようなイエスさまのみことばをお届けしましたが、どのようなお気持ちでお受けとめになられたことでしょうか。

イエスさまは十字架刑を目前にひかえながら、弟子たちを目の前にして遺言のような話をされたのでした。
そのときの1節がこの「あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」という謎めいたみことばでした。
今、Kさんは深い悲しみの渦中におかれていますが、イエスさまはKさんの前に立って大きく手を広げ「あなたは悲しむが、しばらくすると、その悲しみは喜びに変わる」と励ましてくださっているに違いありません。
ここに「しばらくすると」ということばを、私はあえて挿入しましたが、これはその直前で、イエスさまご自身が7回も立て続けに使用していることばなのです。

この「しばらくすると」ということばは、ギリシャ語で「ミクロン」と言い、私たちがメートル法の長さで用いている、あの単位のことをさします。「ミクロン」は1ミリメートルの1,000分の1に当たりますから、なんという極小の単位であることでしょう。時間にしてみれば「ほんの少しの時間」ということになります。
「ほんの少しの時間」が経てば、弟子たちはイエスさまに再会できるというのです。そんな約束をだれが信じられるというのでしょう。

でも、それが現実化したのです。
イエスさまはご存じのように金曜日に十字架刑によってお亡くなりになり、日曜日の朝に復活されました。
夢のような話ですが、弟子たちは復活の主イエスと再会し、大いなる喜びにつつまれたのです。

🔹「天に一人を増しぬ」

愛する人との死別もそうではないでしょうか。
ご主人は洗礼を受けていない未信者だったとはうかがっていますが、Kさんの凛とした信仰の姿をご覧になりつつ、魂は少しずつ浄化されていったのではないでしょうか。

コロナ感染で重症化してお亡くなられた方々とその遺族は、互いに生身にお別れの言葉をかけ合う機会さえ失われての離別を余儀なくされたという話をよく耳にしますが、しかし、そうであったとしても、それまでの濃密な時間を共にした結びつきは時間、空間を超えて存在し、消え失せることはないでしょう。

ところで、Kさんの今のお気持ちに寄り添えるかどうかわかりませんが、信仰者セラ・ゲラルデナ・ストックという人の書き残した「天に一人を増しぬ」という祈りの詩を、ここに書き添えておきます。
文語ですが、格調高いので、私は母が亡くなった際、何度もこの祈りを口ずさんだ記憶があります。
Kさん。未だコロナ感染が猛威を振るいつつある中、どうぞくじけることなく、日々ご清康のうちにお過ごしくださいますように。

 家には一人を減じたり
 楽しき団欒は破れたり
 愛する顔、何時もの席、見えぬぞ悲しき
 さあれ、天には一人を増しぬ
 清められ救われ全うせられし者一人を
 家には一人を減じたり
 帰りを迎うる者一つ見えずなりぬ
 行くを送る言葉ひとつ消え失せぬ
 別るることの絶えてなき浜辺に
 一つの霊魂は上陸せり
 天に一人を増しぬ
 家には一人を減じたり
 門を入るも死別の哀れにたえず
 内に入るれば席を見るも涙なり
 さはれ、はるか彼方に
 我らの行くを待ちつつ
 天に一人を増しぬ


               

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