見出し画像

非化石価値取引市場は全面的に見直した方がいい

 今回も、エネルギー関連。
 非化石価値取引市場についてです。いわゆる非化石証書という環境価値をめぐる制度について。
 現在、経済産業省の制度検討作業部会という審議会で、第十次中間とりまとめ案が検討されていて、そこで非化石価値取引市場の見直しの方向性が書かれている。
 でも、案にあるような小手先の変更などではなく、この制度、全面的に見直した方がいいと思いました。

 非化石価値取引市場とはどういうものかというと、CO2を排出しない発電所からの電気(再エネや原子力など)の、CO2排出ゼロという「環境価値」を、電気とは別に取引する制度。
 FIT(固定価格買い取り制度)の再エネの環境価値(FIT非化石証書)と、それ以外の再エネの環境価値(非FIT非化石証書・再エネ指定)および再エネと原子力などを区別しない(非FIT非化石証書・再エネ指定なし)の3種類がある。
 元々は、エネルギー高度化法という法律があって、小売り電気事業者に一定割合のCO2ゼロの電気を義務付けるための法律だけど、新規参入の小売り電気事業者はあまり発電所を持っていないので、非化石証書を買うことで義務を達成するようにした。ということで、小売り電気事業者は毎年、非化石証書を確保しなきゃいけない量が増えていく。
 もともと、日本のCO2排出削減について、2030年の目標が2013年比26%削減だったときにつくられた法律。今では、削減目標は、46%から50%を目指すことになっている。
 でも、この非化石証書と電気をくみあわせると、CO2排出ゼロの電気ができるので、「実質再エネ100%」とか、そんなかんじで電気をうる小売り電気事業者もいる。
 そして、CO2排出を削減したい企業は、FIT非化石証書に限って、直接買うことができるようになった。

 ところで、この非化石証書、誰が売っているのかというと、FIT非化石証書については、FITの価格が高い分を負担している、費用負担調整機関。そして非FIT非化石証書は発電事業者。
 オークションか相対取引で売られるのだけど、だいたい0.3円/kWhから0.6円/kWhくらいになっている。これは政府が決めた下限の値段。海外では、環境価値はそのくらいで売っているというのが根拠。
 ということで、市場で15円/kWhで電気を買って、0.6円/kWhで非化石証書を買えば、CO2排出ゼロの電気は15.6円/kWhで仕入れたことになる。

 ということなんだけど、このしくみ、たくさん問題がある。
 第一に、そもそものエネルギー高度化法の問題からいこう。これは、CO2を26%削減するという前提で、小売り電気事業者にCO2ゼロの電源を義務付けるものだ。でも、そのための電源として、大型水力発電と原子力発電はかなり大きな割合を占めることになる。そしてこれは旧一般電気事業者とJパワーが所有しているものがほとんどだ。したがって、旧一般電気事業者はこの点で新規参入者よりも有利な位置にある。
 これって、政府が旧一般電気事業者にレント(地代)を与えていることにほかならない。ただでさえ、旧一般電気事業者と新規参入者との間の競争が公平性を欠くような規模の差があって、とくに発電所については、ほぼ独占状態である上、最近では中立であるべき送配電部門から情報を得ていたというお粗末な話まである。
 つまり、この部分については、新規参入者はもっと政府に文句を言ってもいいものだ。
 つまり、大型水力と原子力を除外した上で、各事業者にCO2ゼロの電気を義務付ければいいことになる。

 第二に、FIT非化石証書についても、国民が負担する電気料金に含まれる賦課金によって確保されたものだ。2022年度は、みんな電気1kWhあたり3.45円もの賦課金を払っている。これが、高いものでは40円/kWhのFITの買取価格になっている。そこから、0.3円/kWhくらいで、環境価値を抜くのはどうかと思う。それはもう、国民全員で削減したCO2でいいんじゃないか? と思うけど、どうだろうか。
 そして、このFIT非化石証書を大手企業が買うことで、その分のCO2排出が削減できる計算になる。でも、その大手企業がFIT非化石証書を買ったところで、日本全体のCO2排出が削減されるわけではない。これを、難しい言い方で「追加性」がないっていう。

 第三に、エネルギー高度化法の目標だが、2030年CO2排出46%に整合する目標を設定すべきだ。とはいえ、そこから既存の大型水力と原子力、そしてFITの再エネを取り除いた上での目標でいい。見かけの数値目標は小さくなるけれど、旧一般電気事業者も新規参入者も同じ条件で非FIT非化石証書を開発していくことになる。
 また、これ以外にも、大手企業はPPAとか自家用で再エネを整備することになる。もし、国の目標を達成するために、これら大手企業の努力がそこに含まれてしまうとしたら、「大手企業の努力は追加性がないもの」になってしまう。もしその企業が再エネを整備しなかったとしたら、べつのところで政府は再エネを増やすだけなのだ。
 したがって、政府は46%を目指し、その上で、大手企業の努力がこれを50%に近づける、ということでいいのではないか。

 そうなると、大手企業はFIT非化石証書を使って、CO2ゼロの電気をつかうことはできなくなる。でも、そんな安易な方法ではなく、しっかりと「追加性」のある方法でCO2を削減すべきだ。何もそれは再エネだけじゃない。省エネもあるし、サプライチェーンのCO2排出削減も重要だ。

 第四に、トラッキングは不要ということだ。以前から、FITの電気に非化石証書のトラッキングをつけることで、再エネの電気といって売ることができる。そのために、ブロックチェーンを使うとか、そんなこともやっている。
 でも、電気はそもそも、発電側と需要側が一致していればいいだけの話であり、わざわざトラッキングが必要なのかどうか。野菜やお肉やワインと違って、電気の品質はどれも同じなのだから。そして、PPAもこれからはバーチャルPPAという、非化石証書だけの取引が増えてくることが予想される。そうなると、ますますトラッキングの意味がなくなってくる。

 第五に、非化石証書の価格が安すぎることだ。これでは、再エネ発電をやろうという気持ちになれないのではないか。といっても、価格は下限を決めればいいという話ではない。市場があれば、そこで物の価格は需要と供給で決まる。エネルギー高度化法は、その需要を政府が作り出してしまうという、市場としてはゆがんだものだったけれど、さらに目標が低いために、設定された下限に価格がはりついている。
 0.6円/kWhの非化石証書だと、CO2を1トン削減するためのコストは、1,200円/トンから1,500円/トンくらいだ。でも、最近、大手企業が導入している社内での炭素の価格付け(インターナル・カーボンプライシング)では、1万円/トンくらいしている。この価格に合わせて、CO2排出削減の投資をしているということになる。ということは、非化石証書の価格も6倍以上あってもいいのではないか。
 とはいっても、それを下限として政府が決める必要はない。決めるノハエネルギー高度化法に対応した適切な導入目標でいい。そして大手企業はカーボンプライシングにあわせて投資を行い、その中で再エネ導入を適切な価格で拡大していけばいいだけだ。

 このくらい見直さないと、再エネ導入はパリ協定の目標にそったものにはならないだろうし、追加性のない非化石証書ばかりになってしまう。その結果、国民が、例えば「炭素国境調整措置」のような形でツケを支払うことになるだろうが、そんなことはご免である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?