【日本の冠婚葬祭~通過儀礼 ⑩七五三~】
このブログでは、日本の儀式を見直し、少しでも後世に継承していきたいという想いで様々な行事や儀式をご紹介しています。前回は『結婚記念』についての回でしたが、今回は『七五三』について書いてみようと思います。
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「七つまでは神のうち」または「七つ前までは神の子」という言葉をお聞きになったことはありますか?これは、「七つまでは、まだ神に属する存在なので、わがままや非礼があっても責任は問われない」という意味になります。つまり、まだ分別もつかない子どもに対して厳しく言って聞かせるようなことはせず、分かるようになるまで成長を見守るという意味になります。
また、昔は子どもが無事に成長することは、当たり前のことではなく、子どもの死亡率は現代に比べ、非常に高いものでした。そのため、七歳までは神様からの預かりものとして、とても慎重に育てられていきました。そして、三歳、五歳、七歳になった節目節目で神に感謝し、お祝いをしました。七歳を迎えるとようやく人間界の子どもとして認められるようになりますが、それまでの間に亡くなってしまった子どもは神の元へ帰ったのだと考えられていました。このようなことから、三歳、五歳、七歳と節目のお祝いを迎えられることは、私たちが想像する以上に喜ばしいことだったのだと思います。
現代でも数え年の三歳、五歳、七歳になると、正装をして氏神様に詣でて、成長の感謝を伝えます。このお祝いは年齢に関係なく、全て「七五三の祝い」といわれることがほとんどですが、本来はそれぞれに祝い(=儀式)の名前と行われる儀式の違いがあります。
三歳の祝いは『髪置(かみおき)の儀』、五歳の祝いは『袴着(はかまぎ)の儀』、七歳の祝いは『帯解き(おびとき)の祝い』といいます。
これらの儀式の起源はいつごろなのかは分かりませんが、残っている文献などから判断すると、平安時代には既に行われていたそうです。
当時の子どもは生まれると直ぐに頭髪を剃ることが一般的でした。衛生面なども含めた浄化のためと、柔らかい産毛を剃ることで新しく丈夫な毛が生えてくることを願うためといわれています。そして三歳になると、『髪置きの儀』を行い、少しずつ大人に向う準備のために、男の子も女の子もその日から髪を伸ばし始めました。
男の子は五歳になると『袴着の儀』を行います。この祝いでは、これまで着物だけであった服装から、おとなの装いである袴を着用することから、この名で呼ばれました。
女の子は七歳になると『帯解きの儀』を行います。この祝いでは、子供用の簡易的な紐の帯から大人の女性と同じ帯を結んだ正装を身につけます。これは、一人前の女性として社会に認められることを意味しました。
平安時代から約千年の間、この七五三の祝いが受け継がれてきたのは、いつの時代も子を思う親の心は変わらないということなのでしょう。
しかし最近の七五三では、成長を「感謝する」意味合いよりも、優秀な子に育つよう「願う」ために参拝をしたり、何着も衣装を着替えて写真撮影をしたりというように、本来の意味から別の目的のイベントになりつつあるようです。これは、決して悪いこととは言いませんが、できれば本来の意味である「子どもの健やかな成長を感謝する」ということは忘れないで欲しいと願っています。
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