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団塊世代に勧めたい 「謝縁会」で生きてるうちに資産寄付

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年7月26日掲載の記事です 無断転載を禁じます)

縁のあった人たちを招いて感謝する生前葬を開き、その場で、次世代支援の個人基金への寄付を呼びかけるパーティー「謝縁会」が6月30日、東京都内で開催された。寄付の普及を図る公益財団法人「パブリックリソース財団」(東京都中央区)が企画した。寄付といえば、遺言で遺産の寄付先を決め、亡くなってから寄付する「遺贈」や、故人を思って相続人が財産を寄付する「遺贈寄付」を連載第5回、6回で紹介した。「謝縁会」もそんな寄付の一つの方法だが、本人が生きているうちに寄付活動に自ら関わる点が特徴だ。大手企業を退職した団塊世代の男性が開いた謝縁会を訪ねた。

縁が生まれた150人を集めて開催

謝縁会を主催したのは、横浜市の角方(かくほう)正幸さん(70)。会場には角方さんの家族や仕事上の知人、大学時代の同級生ら約150人が集まった。あちらこちらで角方さんを囲んだ歓談の輪ができ、記念撮影が行われ、謝恩会のような華やいだ雰囲気になった。角方さんの思い出の写真アルバムや著作、角方さんが学生時代に妻のり子さん(70)を描いた油絵も展示されていた。

角方さんは1949年生まれの団塊世代。大学を卒業後、リクルートや研究機関で働き、今は大学講師やパブリックリソース財団理事として幅広く活躍している。

そんな角方さんだが、61歳の時に食道がん、66歳の時に前立腺がんを患い、手術はしたものの、医師から「余命5~10年」と告げられ、死を強く意識した。その時、意識があるうちに、縁ある人たちにしっかり感謝の言葉を伝えたいと思うようになった。同時に、財団が掲げる「意志ある寄付で社会を変える」を実践したいと考えたという。

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「自分の基金を創設し、普及させたい」

角方さんは自分の財産から1000万円を財団に託し、オリジナル基金「角方基金」を創設した。オリジナル基金は、応援したい活動分野や地域など寄付者の要望に添った支援プログラムを財団が作り、基金を預かってそのプログラムの活動費にあてる仕組み。財団が2016年から力を入れている事業で、19年7月までに27のオリジナル基金が作られ、寄付総額は約6億7600万円になった。

これまで地域活動で教育関係に関わってきたことから、角方さんは、若者の教育や人材育成をする団体、NPOを支援するための角方基金を作った。

角方さんは「生前葬で基金をお披露目することで、縁ある人たちに寄付が持つ社会的意義や可能性に気づいてもらえるのではないか、支援を得られるのではないか」と考えた。

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そこで謝縁会を開き、その場でオリジナル基金を披露した。角方さんは会の趣旨を説明したうえで「子どもや孫が生きる時代は今より厳しい世の中になる気がします。子どもたちが元気に過ごせるような社会を目指し、できることをやっていきたい」と訴えた。そして、参加者に寄付を求めただけでなく、基金創設も勧めたのだった。

「お祝い金」を持参し、それが寄付に

教育関連の学会で角方さんと知り合った40代女性は、古希のお祝いとして現金を包んで持参し、そのまま寄付したという。この日だけでも半数近い人がお祝い金を持参し、計約100万円が基金に充当された。その後も、当日の参加者から寄付が寄せられているという。

リクルートで同僚だった清水園江さん(60)は「角方さんなら変なお金の使い方はしないという信頼がある。彼が呼びかけるのなら間違いない、と。だから協力したいと思います」と話す。直接の信頼関係が、寄付を促していることがうかがえる。

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角方さんは「死んでからの遺贈寄付ではなく、元気なうちに思いを伝え、お金を生かしたいと思いました。自分と同じ団塊世代向けにお金の使い方のモデルを提示したいと思います」と話す。今回のように知人らに呼び掛ける葬儀は、もうしない予定だという。

団塊世代の資産は他世代より多いとも

47~49年の第1次ベビーブームに生まれ、戦後の日本社会を支えた団塊世代は、2025年には全員が後期高齢者になり、介護や医療を受ける側にまわる。「2025年問題」と呼ばれ、社会保障制度見直し議論のきっかけになった。

団塊世代は、経済的な格差はあるものの、他の世代よりも豊かな人が多いといわれている。人生の成長期と高度経済成長が重なり、資産形成が比較的容易だったからだ。

内閣府「団塊の世代の意識に関する調査」(12年)によると、団塊世代の世帯年収で一番多かったのが「240万~300万円」17.3%。次いで「300万~360 万円未満」「360万円~480万円未満」がともに14.0%だった。「貯蓄はない」人が9.8%いるものの、700万~2000万円未満の人は24.5%、2000万円以上の人は22.7%いた。人口の多い世代だけに、資産の一部でも寄付で社会に還元すれば大きなインパクトがあるだろう。

「人の縁」は日本人の心性に合っている

長年苦労して築いた遺産の寄付は、家族の抵抗を招くかもしれない。だが、角方さんの妻のり子さんは夫の寄付に反対しなかった。夫婦は3人の子どもを育てたが、「楽な生活ばかりではなかった」というのり子さんは「これからお金があっても使い道がなければ意味がない。次世代のために寄付するのはいいことだと思います」と語る。

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財団専務理事の岸本幸子さんは、「寄付文化を日本で普及させるために、寄付が多くの人に受け入れられるよう工夫を重ねています」という。謝縁会というパーティー形式もその工夫の一つだ。パーティーで広くお披露目をすることで、寄付の意義や楽しさを知らせることができる。

また日本人が抵抗なく取り組めるように、「人の縁」を強調している。岸本さんは「これまで出会った人の縁に感謝して恩送りをする方法は、日本人が親しみを持てる、日本人の心性に合ったやり方だと考えています」と話している。

(この原稿は、毎日新聞WEBでの筆者連載「百年人生を生きる」2019年7月26日掲載の記事です 無断転載を禁じます)

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