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生前葬が話題になったときにすべきこと

「生前葬」が時々、メディアで話題になる。最近だと、建設機械大手のコマツの元会長・安崎暁さんが、新聞広告で自身のがんを告知し、生前に自らの葬儀をしたことが報じられた。

広がらない生前葬 なぜ?
日本で生前葬が注目されるようになったのは「ターキー」こと、水の江瀧子さんが1993年に生前葬をしたのが契機だった。ちょうど、型にはまらない「自分らしさ」を生かした葬儀が注目され出した時期だ。その後、一般向けに生前葬を売り出した葬儀社もある。メディアで話題になるたび「いいかも」と、葬儀社に相談する人が増えるという。だが、実際には生前葬はそれほど広がっていない。その理由を赤城啓昭さんは分析する

要約すると、赤城さんは「亡くなってからもやはり葬儀はする。2回葬儀をすることになるので費用が高くつく」「一般人が参列者を集めるのは難しい」「特に男性は自身の死を見つめることを避ける傾向があり、生前葬をするだけの『度胸』がない」の3点が理由だという。だから、まず一般人には定着しないだろうとみる。

著名人には合理的・適切な手段
確かに、生前葬を一般の人がするのはハードルが高い。だが、生前葬の目的は何だろう? お世話になった人たちに最後のお別れの挨拶をすることが主たる目的だろう。社会的地位のある人、著名人ならそうした人の範囲が広く、個別に場を設けるのは大変だ。だから生前葬という場を設けることが合理性をもつ。適切な手段になりえる。

お別れの場はもうけられる
いま葬儀では家族葬が主流になっている。一般人の場合、そもそもお別れをする範囲は家族葬の参列者ほどなのだ。それほど広範にわたったり、多数になったりするわけではない。もし生前にお別れをと考えるなら、なにも「生前葬をするんだ」と肩ひじ張らなくても、場はもうけられる。参列者という形で広く告知しないでも、自分で直接、「来てほしい人」に連絡を取って食事会や酒席をもうけるだけで十分、目的は達せられるはずだ。

病気や体力の関係でそうした場を設定するのが無理なら、家族や友人の助けを得て、リストアップした人たちに連絡してもらい、可能な人には自らのもとに足を運んでもらう。会えない人には手紙を書く。当たり前のことだが、別れや感謝の仕方は、なにも生前葬だけではない。

むしろ、するべきは…
生前葬が話題になったときに私たちがまず第一にするべきなのは、自らの交友関係、お世話になった人たちを思い起こし、感謝することなのではないか。必要に応じて、お別れの方法を考えればよいのではないか。葬儀社への生前葬の相談は二の次、三の次でいい。

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