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ひいらぎの窓【第十回】:残酷に恋が終わって、世界ではつけまつげの需要がまたひとつ/穂村弘

こんにちは、こんばんは。湯島はじめです。
今週もお読みいただきありがとうございます。

日曜夜にすこしさみしい短歌を読んでいく「ひいらぎの窓」、今回で第十回目です。
十回! 手前味噌ですがめでたいことです。そしていつも読んでくださってありがとうございます。
季節は初夏になってしまいましたね。
浮足立っていた 3 月、4 月がおわってゆっくりと慣れてくるような、だれてくるようなこの時期がわりと好きです。文豪のだめなエピソードを夜通しさがしたり、古い洋楽の歌詞の中の気弱な主人公に共感しながらなんとかやっていきたい、そんな時期です。


本日の一首はこちらです。

残酷に恋が終わって、世界ではつけまつげの需要がまたひとつ

穂村弘「歌集『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』より」


短歌のことを話すまえに、今日はまずこの歌が収録された歌集について少し話そうと思います。

『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』というすこし奇抜なタイトルのこの本は、短歌集の中ではかなり特異なものだと思う。この本の(おそらく)すべては、筆者の穂村弘が読者「まみ」からもらった大量の手紙や、「まみ」との邂逅によってインスピレーションを受けて創作した、「まみ」目線の短歌である。
短歌、とくに歌集の単位になると筆者本人の人生や思想やものの見方が少なからずあらわれてくる。(もちろんそういうふうに書かなければいけないルールではない。)
この本では「ほむらさん」「ほむほむ」として名前が登場してはいるが、「筆者・穂村弘」の存在感は薄い。「まみ」を描いているのは穂村弘だから、そこに筆者自身のものの見方があるというのはそうだと思うが、わたしにはほとんど「まみ」が憑依しているように見える。
そういう歌集だ。
収録歌を読んでいく際には「まみはどう感じたのだろう?」と思いを馳せる楽しさがある。

冒頭の歌に戻ろう。

残酷に恋が終わって、世界ではつけまつげの需要がまたひとつ

またひとつ。
またひとつ、減るのだろうか。増えるのだろうか。
わたしは「増える」と直感的に感じた。そして、「まみ」も「増える」派なのではないかと思っている。
恋が終わるとつけまつげの需要が増える。
納得できるようで、よく考えてみれば「風が吹けば桶屋が儲かる」レベルに遠くめぐりめぐって影響しあっているものという事柄にも思える。

恋が終わったというのは、恋人などと別れたのか、片想いが破れたのか、はっきりしないけれど、どちらにせよ心の中の一部を占有していた他者(人間とは限らない)の存在が物理的にいなくなった状態なのだろう。
その心の一部分は、代わりのなにかで覆うことはできても、今とても脆弱である。
つけまつげをつけるのは化粧の一環で、まつ毛を強調する(目元の印象を強くする)ためのものだけど、このような心の状態下での念入りな化粧はどちらかというと”身を守る”といった意味合いがつよいように思える。

つけまつげの多くは審美目的とはいえ、そもそも人間の体毛というのは保護しなければならない部位にもともと生えているもので、それを付け足すというのは考えてみれば「攻め」というより「守り」のようだ。

恋の終わりを受けいれるために、つけまつげを買いに行く。
このわかるような、わからないような思想と行動にとても「まみ」を感じる。いじらしくて、意外とずぶとくて、そしてすこしだけさみしい一首だ。


本日の一首の作者は穂村弘(ほむらひろし)さんです。
日本・北海道出身の歌人・エッセイストで、KADOKAWA 出版の月刊誌『ダ・ヴィンチ』の連載「短歌ください」にて選者・執筆を長年つとめられています。

現代短歌の「ニューウェーブ」歌人のひとりとして名前が挙がるのですが、ニューウェーブというのをとてもざっくり説明すると 90 年代前半に生まれた概念で、その時代に短歌の作中人物と筆者自身の像の意図的な”ずらし”や、記号の使用や会話文で構成された歌などの自由な口語表現を特徴とする短歌を積極的に発表していた歌人たちの総称のようです。
(『ねむらない樹 別冊 現代短歌のニューウェーブとは何か?』書肆侃侃房,2020 を参考にしつつこの部分を書きましたが、誤りがあればおしえてください。)

わたしにとって『手紙魔まみ』は実は思い入れが深い本で、短歌を書きはじめたり、現代短歌を読みはじめるずっと前に、友人に「絶対にこの本はあなたに合うと思う!」と言われたことがありました。そのとき「読むね~」といって読まなかったことをいまでもちょっと、かなり、後悔しているのです......。

大好きな先生が書いてくれたから M は愛する M のカルテを/穂村弘

タンバリンの鈴鳴り響く(いつか、長い長い旅を、どうですか、まみ?)/同



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