ぶどうを描くなら

母は、真剣な表情でクレヨンを走らせる次女に訊ねる。
「何を描いているの?」
次女は母の方を向かず、クレヨンを走らせながら答える。
「ぶどうだよ。昨日の夜、食べたでしょう。」
5歳になった次女は、昨夜初めてぶどうを食べた。小粒のぶどうを一生懸命剥いて何粒も食べていた。そのまま食べて皮だけ吐き出すのだと長女が説明しても、目をキラキラさせてぶどうを剥いていた。
「そうね、美味しかったね。」
母は歩み寄って、後ろから描きかけのぶどうの絵を見つめる。まだ色がついていないけれど、誰が見てもぶどうとわかる形で描けている。
「あら上手!これから色を塗るのね?」
「うん、でも、クレヨン短いの。この間お花を描くときいっぱい使っちゃったから。」
次女がそう言って母に見せたのは、黄色のクレヨンだ。たしかにこの間黄色いガーベラをリビングに飾っていたら大喜びで描いていた。母はきょとんとした。
「あら、本当。短いね。今度新しいのを買わなくちゃね。でも、昨日食べたぶどうは黄色じゃなくて、こっちの色じゃなかった?」
そう言って、奮発して買ってあげた24色クレヨンの中から、まだあまり使われていないのか綺麗な形をした紫を指差す。次女は短い黄色を器用に握りながら
「中身は黄色だったよ。」
と、またぶどうの絵と向き合う。母は驚いた。そうか、確かに皮を剥いたら黄色い果実だ。もしかしたら次女は、次の日絵を描くために頑なに皮を剥き続けていたのかもしれない。さらに次女は続けた。
「これ塗ったら、それも塗るの。」
それとは先程母が指差した紫のことだ。母はまた驚き、感心した。果物の構造にならって色を塗るなんて、この子は将来大した芸術家になれるかもしれないとさえ思った。
「できた!ママ、見て。描けたよ!」
しばらく集中させていたら、大声で次女が叫んだ。完成したぶどうの絵を持って駆け寄ってくる。よく見るとところどころ黄色がはみ出しているけれど、なかなか立派なぶどうが描かれている。母は次女の頭を撫でた。
「本当に上手ね。これはお部屋に貼っておかなくちゃ。」
そう言ってふとぶどうの絵を裏返すと、小さな悲鳴をあげた。
「ママ、どうしたの?」
それは週明け長女の小学校に提出するはずの保護者会参加可否のプリントだった。

「ぶどうを描くなら」完
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