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気象庁の防災気象情報改善を紐解く

はじめに

本格的な風水害の季節を迎え、特に今年は感染症対策が必要な中での避難のあり方も含め、特別な対応が求められています。また、一昨年のいわゆる西日本豪雨(平成30年7月豪雨)や京阪神を襲った台風第21号、そして昨年の15号台風(後に令和元年房総半島台風)、19号台風(後に令和元年東日本台風)と大きな風水害が相次いでいて、地球温暖化の進行への懸念も含めて関心が高いのも確かです。これらの災害については、気象庁でもこれらを教訓として情報の改善に向けた検討を進めていて、昨年度末にその検討会の資料が公表されています。

検討会サイトは気象庁HPの下記にあります。https://www.jma.go.jp/jma/kishou/shingikai/kentoukai/tsutaekata/tsutaekata_kentoukai.html

この検討会の報告を踏まえて、具体的にいつから何を開始するのかは、下記の報道発表で示されています。

以上の資料を紐解きながら、私自身の意見も交えつつ、述べていきたいと思います。

課題1 「大雨特別警報」解除後の洪水への注意喚起

今年の出水期から開始するということで、テレビ等でご覧になられた方々も少なくないかもしれません。昨年の19号台風では、10月13日の未明過ぎに利根川流域の各県の大雨特別警報が解除されましたが、取手付近では13日の昼ごろ、さらに下流の香取付近では13日の夕方以降に水位がもっとも高くなり、氾濫危険水位を超えて避難勧告も出たところもあります。親類が利根川下流域にいるのですが、13日の夕方、高台に避難しようとする車で大渋滞という連絡を受けました。千葉県では大雨特別警報の基準に達せずに、大雨特別警報も出ていなかったのも事実です。

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気象庁 防災気象情報の伝え方に関する検討会第5回 資料2より

利根川のような大きな河川では、その河川流域に限定した洪水警報があり、国土交通省と気象庁が共同で発表しています。この指定河川洪水予報の枠組みでは、氾濫危険情報など情報提供されていたのですが、特別警報というマスメディアに大きく取り上げられる情報が解除という状況下で、どこまで関係する住民に伝わっていたのか、というのがあると思います。

今回の改善では、特に河川部局と気象庁との共同記者会見など連携をさらに強化して河川への警戒を必要な住民への周知がうまくいくことを期待したいと思います。さらに言えば、特別警報に限った話ではないのですが、雨がやめばもう大丈夫、という意識で車で移動する途中で水の被害にあうケースもあり、特に今年は避難所の密を避けて夜は自宅に戻りたいという意識が強いかもしれません。大雨の直後の特に夜間の移動は危険、という周知広報が必要ではないでしょうか。

課題2 過去事例の引用

昨年の19号台風で、狩野川台風、を引用したことについて検証されています。今後の方針としては以下の通り示されています。

過去事例の引用は気象台が持つ危機感を伝える手段として一定の効果があることから、顕著な被害が想定されるときには必要に応じて臨機に運用。
特定の地域のみで災害が起こるかのような印象を与えないよう、災害危険度が高まる地域を示す等、地域に応じた詳細かつ分かりやすい解説を併せて実施。

危機感を伝えたい気象庁側と自分の地域がどうなるかを知りたい住民側とのリスクコミュニケーションの取り方をどう工夫していくかに尽きると思います。ブログでも書きましたが、狩野川流域以外の方々の多くは狩野川台風と聞いて、ピンと来なかった、というのも課題で、過去の顕著な災害についての知識を災害国である日本国民はもっと深めるべき、というのも今後の方向性ではないかと私は思います。

課題3 特別警報に関する課題

この課題は特別警報の技術的な仕様に関わる課題で、ここでは全体を言及することはしません。台風についての特別警報を今までは、伊勢湾台風級の台風が上陸するおそれ、という前提で、大雨、暴風、高潮の特別警報と一緒に発表していました。この台風に伴う大雨特別警報と、実際に今、数10年に一度の大雨となっている際に伝える大雨特別警報と性質の違うものでそれを受け取り側では区別するのは難しいことから、大雨については、後者の趣旨の特別警報に統一することにしたとのことです。これは正しい方向だと理解しています。

課題4「危険度分布」に関する課題

昨年の19号台風では、浸水、洪水、土砂災害の危険度分布情報の有用性が実証されていますが、さらなる活用推進に向けて周知広報を進めていくとのことです。19号で多摩川の下流域でもありましたが、河川が増水すると降った雨をその川に流すことができずに、降った雨が低地にたまって浸水するという形の水害は少なくありません。気象庁の発表する洪水注意報警報の基準にも、複合型基準という形で取り入れられています。これを、危険度分布のマップにも表示できるようにしたとのことです。これは図があった方がわかりやすいので気象庁の報道発表資料から掲載します。

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気象庁報道発表資料 令和2年5月28日より

さらに今後の取り組みとしては、危険度分布情報を目先2時間ではなく、1日先の予測でも提供する方向性も示されています。昨年の台風第19号については、比較的雨量予測精度が高かったので、1日前からこんな情報が提供できますよ、という提案は、研究コミュニティからも出ています。ただし、いつも高精度で提供できるわけではなく、情報がわかりやすく社会的なインパクトも強いだけに、提供側としてどう誤解なく情報を出すか、色々と検討されているところではないでしょうか。不確かなリスク情報についての提供側と受け手側とのコミュニケーション、難しいですが乗り越えていくべき課題だろうと思います。過去事例について、うまくいった事例だけでなく、そうでない事例も含めて、どの程度の精度の情報なのかを具体的に見せる、あるいは利用側でも過去事例の対応シミュレーションをするなど、認識を合わせながら進めていくことが重要ではないかと私は思います。

課題5 その他の課題

その他の課題の中では、一昨年の21号台風、昨年の房総半島台風がありましたので、これら暴風災害を教訓として可能なものは今年から開始するとのことです。台風の上陸前に、私自身もSNSで暴風への具体的な備えを呼びかけたところ、後日多くの方々から感謝されました。テレビ等の情報で暴風への備えが皆さんにあまり伝わっていないのだろうか、と逆に複雑な思いもありました。今後は、暴風への備えを具体的にお知らせするということなので、期待しておきましょう。

今年の9月からは、台風に発達すると予想される熱帯低気圧の段階から、5日間先までの台風進路・強度予報を提供するよう改善を図るとのことです。昨年の房総半島台風、9月9日の早朝3時に三浦半島を通過、5時には千葉市付近に上陸し房総半島に暴風をもたらしましたが、この5日前はまだ熱帯低気圧であり、日本に接近するような台風予報は発表されていません。熱帯低気圧の段階から5日先まで予報していれば、台風への対応がより計画的に進められることになるでしょう。

しかしこれができるようになったのは、近年の数値予報の精度向上のおかげです。場合によっては、台風ができる前から1週間後に台風が日本に上陸するかもしれない、という情報が得られるようになってきました。また、欧州中期予報センター(ECMWF)を初め世界の数値予報センターがウェブで予想天気図を公開していることから、そのウェブをみて今後の予定を判断される方も増えてきているように思います。なお、気象庁の台風予報は、気象庁の数値予報だけでなくECMWFなど世界の有力な数値予報センターの結果も参考に発表していますので、少なくとも5日先までの情報はこちらを使われることをお勧めします。

今後の検討課題としては、暴風の特別警報について、伊勢湾台風級というざっくりした基準ではなく、もっと地域に即した基準ができないかを検討するようです。例えば、地域で50年に一度の暴風が吹くといった基準が候補になっているようで、昨年の房総半島台風や一昨年の京阪神の21号台風などが検討対象になりそうです。ちょっと気になるのは、台風以外の暴風の扱いです。北海道の暴風雪、2013年3月の道東のように悲惨な被害をもたらします。北海道という地域にとっては、特別警報という形でより危機感を伝えられないか、という問題意識はあると思います。

台風については、高潮の特別警報の基準をどうするのか、これも検討課題のようです。高潮災害は頻度は低いのですが、発生すると極めて大きな人的被害をもたらす可能性があります。鉄道の計画運休もある中で事前の広域避難が必要な場合もありますし、どのような基準でスイッチを入れるのか、極めて重要だと考えています。

これも来年以降に向けてですが、記録的短時間大雨情報の見直しも検討されています。この情報が生まれた経緯については、私の、緊急事態時における国民とのコミュニケーション(長崎豪雨の記述をみてください)という小文でも簡単に触れています。今は大雨警報発表中に1時間100ミリ(地域によって異なります)といった雨が観測された時(雨量計だけでなく、レーダーと雨量計を組み合わせて解析されたメッシュ雨量でも)に発表して、ただちにテレビのテロップでも出ています。これを大雨警報という現場の条件から危険度分布でレベル4(非常に危険)という条件に切り替えたい、という提案です。

確かに一過性の雨ではこの情報が出ても空振りということは少なくなく、またレーダーからの解析の関係で大きな雨量が計算されることもあったり、その他、大雨警報という条件との関係での運用上の課題もあり、現場に近いところで仕事していた時代に私自身も問題意識を持っていました。レベル4との組み合わせという客観的なデータを使って改善できるのはいい話であると思います。ただし、本当にこれで大丈夫なのか心配される方もいらっしゃるでしょうから、過去事例を積み重ねた結果を気象庁ではしっかり検証しているはずと思いますが、それを見せていくことも必要かなと思います。

終わりに

感染症対策をしながらの風水害のシーズンを迎えました。住民はもちろん、自治体等の危機管理や防災の関係者のご苦労は本当に大変だろうと思います。特別警報など今年は勘弁して欲しい、と私も思いますが、いざという時に備えていくことはやはり必要です。新型コロナ感染症でも専門家と国民とのリスクコミュニケーションの難しさを様々なところで感じているところです。自然災害については、緊急事態時における国民とのコミュニケーションにも少し書きましたが、長年の自然災害との付き合いの中で積み上げられたものが日本には相当あるものと理解しています。このPDCAの一つのサイクルの結果が今回の改善なのだろうと、それがお伝えできれば幸いです。

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