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新宿を好きになる

新宿駅。
1日の利用者が日本で最も多い駅である。私は身をもって知っていて、新宿に停車すればほぼ確実に座席を手に入れられるのだ。それほど多くの人が乗り降りする。

そんな新宿を、私は好きではなかった。
人が多いのが嫌いということはなく、埼京線の隣駅、渋谷、池袋はむしろ好きだ。
新宿は好きな理由がない、というのが正確な感じがする。遊びにきたことがあるものの、なんとなく好きになる決定打がないという感じ。
そんな新宿駅とその周辺が私のお気に入りの仲間入りを果たす半日を綴った文章である。

その日は、正午くらいに目を覚ました。
前日の夜まで六本木に行こうと思っていたのだが、疲れてやめてしまった。楽しみにしていたフリラがあったのだが。GWはバイトで忙しい日々だったので昼まで寝ようと英断したのだ。
とはいえ、元々外出予定の1日だったので、どこかへ行きたい気持ちはあった。外出して、のんびり本でも読んで、リラックスできる場所をぼんやり考えた。
新宿御苑。数年前に『言の葉の庭』をみてから、いつか必ずと思っていた場所だ。
アニメの舞台で訪れたいと思わされたのは、初めてだった。ストーリーを抜きにして、という意味だ。いわゆる聖地巡礼的な、あのキャラがいた(いる)あの場所に私も立ちたいという気持ちではない。純粋に、その場所が素敵だと、行ってみたいと思ったのだ。
みどりの日という祝日で閉園の可能性もあったが、通学定期圏内なので交通費は気にしない。行ってみよう。

今日は1日家にいる弟と喋りながら、ゆっくり準備する。
ひとりでお出かけするときのコーディネートに1番お気に入りをもってくるのはなんでだろうな。会う人に服を縛られないからかな。ただ自分が好きなものが着れる。
ブラウン系のストライプシャツ。チャイナ風ポンチョみたいなアウター。ブラウンのスラックス。渋谷ヒカリエのポップアップストアで買ったばかりの、愛しいアクセサリーたち、イヤーカフとリング。
英単語帳「金のフレーズ」、小説『マスカレードホテル』を1冊ずつと、好きな雑誌を4冊。すべて違う雑誌にしたのは、どの気分になってもいいように。&Premium、POPEYE、BRUTUS、MUSICA。どれも読む前からお気に入り。

その日は快晴で、午後2時から外に出るのがもったいないくらいだった。もっと早く外に出てればよかったなあ。
バイトに行くときよりも、ちょっと遅いペースで歩いていく。イヤホンで聞くのはMary J. Bligeの『What's The 411?』。最近90'sのR&Bが好き。藤井風とiriの影響だ。
埼京線に乗って約30分。揺らすR&Bと揺れる車内で心地よい。電車で音楽を聴くときは外を眺めるだけ。なるべくスマホは触らないように。音に集中できる環境のひとつが、電車だったりするのだ。

怪奇迷宮、新宿駅。
だいたい東口にある、とテキトーに覚えているのでとりあえず東口へ向かう。そこから頭上にぶら下がる看板の「新宿御苑」の文字を頼りにひた歩く。
こんなコンクリートだらけの場所にほんとうにあの場所があるのだろうか。タカオが雨の中靴を描いていたあの場所が……
心配は無用だった。ちゃんとあった。こんな都心ど真ん中に。「新宿御苑」の名前の前で写真を撮る人。カップルで来る人。駅前やテーマパークのように混んでいる。動物園の入口のようなゲートがあるが、今は使われていない。今日はみどりの日だから無料開放日らしい。ちょっとお金が浮いた。嬉しい。
ゲートを通ってすぐに目に入るのは、芝生のスペース。代々木公園のように、シートを広げてくつろぐ人がたくさん。それでいて、窮屈さを感じさせない距離がある。話したり、軽食を食べたり、休日の空気そのものじゃないか。
そんなハピネスを横目に茂みに続く歩道へ歩みを進める。

新宿でこの生い茂る緑を見ることができると信じてなかった。近くで車が二酸化炭素を吐いているけれど、今だけはそれを忘れて新緑浴に浸れる気がした。そのときには、イヤホンを外して全身で新宿御苑の散歩を楽しむモードになっていた。
この気持ちよい空間で、のんきに雑誌を読みたい。
ベンチを探すも、GWだからか、無料開放日だからか、はたまたいつもなのか、すぐには見つからない。
10分ほど歩いて見つけると、1人が座ってリュックを隣に置くにはちょうどよいサイズのベンチだった。

取り出したのは、&Premium。
2022年5月号、「センスがいいって、どういうことですか」。
センスがない自分は、ちょっと背伸びした新宿御苑という場所で午後から雑誌を読むことに憧れていたのだと書いている今思う。
雑誌のテーマそのままだもん。

1時間ほどすごく気持ちよく過ごした。
この空間と雑誌の世界、その潜っている自分に惚れ惚れとしながら。

雑誌の中身は、「センス」という言葉をさまざまな切り口で捉えている。
言葉、憧れ、ファッション、器、生き様。
人によって「センスのいい」ものは異なる。
結論づいていない一冊なのだけれど、それでも心地よさがあって。
自分が求めていたセンスの良さは何なのかを考えたり。

私が好きな雑誌は、持ってきたほかにもあるけれど内容で惹かれることもあるけれど、デザインで惹かれることも多い。
マガジンハウス社の雑誌は、文字の主張が激しくなくて好きだ。
レイアウトとか、人選とか、もう全部好き。
HanakoもGINZAもクロワッサンも、なんとなく手に取ってしまうことが多い。
気づいたらマガジンハウス。

そんな素敵な世界に浸っていると時間はすぐに流れ落ちてゆく。

新宿御苑の閉演時間は早く、16時半。
園内は広いので、全部をまわることは諦めて公園から出ることにした。
『言の葉の庭』の舞台のところに行かずに帰ることになっていしまったけれど、また次に来る楽しみにしておこう。

さて、どうしようか決めてなかったのでテキトーに歩くことにする。
街を知るにはひとりでにノープランで歩くのが1番である。
やっぱり人が集まるところには日向と日陰があって、風俗街のようなところに迷い込んでしまった。ノープランで歩くとありがちである。
が、それもまた一興。
昼でよかったと思いながら、美味しそうなお店がないかきょろきょろ。

私ももう少しで21となる。お酒は楽しめるタイプなので、お酒の美味しそうな、行ってみたいと思ったお店をメモがてら書いておく。

  • スペインバル BAR PELOTA 新宿御苑前店
    スペイン料理屋。ワインとスペイン料理の相性を知ってから、スペイン料理に興味があるので、ぜひ行ってみたい。
    雰囲気も、外から見たところよさそうである。
    (写真は撮り忘れ……!!)

  • 新宿 葡庵
    ワインを専門にしているお店のようだ。普段学生の友達といくような居酒屋と比べると少々値が張るが、飲みたい気持ちが上をゆく。
    色んなワインを飲んで違いがわかりたい。好きなワインを見つけたい。
    いいところを見つけたと心が躍った。

  • 82 新宿3丁目店
    一目でここはクラフトビールが美味しそうだと思った。
    ワインと同じくらいビールも気になっており、クラフトビールが面白い。
    ビールといえば苦いイメージしかなかったが、実にいろんな味があると最近知った。
    いくつかビールを飲む場所はキープしてあるが、ここも楽しく飲めそうだ。


飲み屋を横目に歩いていたらおなかが減ってきた。
思えば、今日昼に起きてから何も食べていなかったのだ。
麺類が食べたいなあ、と思いながら靖国通りを駅の方向に向かう。

お酒が飲める居酒屋やバーなどはそこらにあるものの、ラーメン屋が見つからなかった。そうそう、麺類と言えど、ちょっと油がきついやつ。
混ぜそばとかつけ麺とかラーメンとか。
そろそろ麺類を諦めようとしたときに、博多ラーメンが!!!!


博多天神 新宿東口駅前店である。
質素なお店だが、私の視野に飛び込んできたその瞬間に入店が決まった。
午後5時にさしかかろうとする時間に、ふさわしいくらいのお客さんがいた。
ラーメンは550円で安かった。新宿御苑の浮いた分と思い海苔ラーメンにした。それでも650円。

博多とんこつラーメンは、シンプルでいいんだ。
そりゃあ手の込んだ1杯1000円を超えるようなラーメンは美味しい。食べたい。
けれど、普段食べたいのはむしろシンプルで後味よくてまた来たいと思えるとんこつラーメン。
となりは居酒屋だったから、夜中には〆に来る人が多いんだろうなと思った。それもいい。
今度新宿で飲むときは〆に来よう。

まだ明るい時間であることを確認。
よし…… いこう。
実はさっきラーメン屋を探していたときに、ひとつ気になる場所を見つけていた。ラーメンが食べたかったので後回し。建前はラーメンが食べたかったから。本音は少しだけ入りにくい雰囲気があったから。

新宿ピカデリーの隣から地下へと続く階段。
ジャズ喫茶/バーのDUGである。

見た目も、匂いも、すべてが理想のジャズバー。
ジャズミュージシャンらしきポスターが壁いっぱいに張られ、薄暗くて、地下にある。
お客さんも場に馴染んでいて、それはもう小説の中みたいだった。

あとで知ったことだが、このDUGはジャズ喫茶/バーの中では有名店で村上春樹著『ノルウェイの森』でも登場しているらしい。
歴史も長く、1961年から場所を替えながら今に至るという。
大通りに面しているとはいえ、偶然みつけたお店がそんなに由緒あるところだとは。
このような出会いがこの上なく嬉しい。

店内に入るとカウンター席に通された。
夕方なのでお酒ではなくカフェラテを注文。
この旧式だろうエアコンと煙草のにおいの中で飲むカフェラテは、スターバックスで飲むそれとは完全に違うもので、特別な味な気がした。

店内で流れているジャズの音楽。
音量は丁度よく、お話ししているお客さんもいる。おしゃべりができるくらい。
それでいて、気持ちよく体内に流れ込んでくる。
耳を傾ける、というよりも耳に流れ込む。
こじ開けてくるような暴力さも、勉強のお供のようなチルっぽさでもない。
自然と浸れるような。

私はジャズを知りたいと思うが、わからない人間。
あの深そうなジャズという音楽沼に一歩か二歩踏み込みたいけれど、どこから踏み出せばいいかわからない状態。
そんな私が入店しても、いやな感じはしなくて、「ジャズを知らなければ入るな」みたいな空気は微塵も感じない。
大丈夫、安心して過ごせる。

新宿御苑で途中だった&Premiumを少し読んで、読み終える。
次は、BRUTAS。

はじめてのジャズ喫茶/バーには、これが最適解だと思った。
続かないことも多いけれど、始める興奮の、熱の虜になっている私にとってこの特集は教科書。
その道のプロが始めるのになにをしたらいいか。何を選んだらいいか。教えてくれる。

やってみたいと思ったことのあるあれこれが次々現れる。
カメラに、自転車、ギター……
この雑誌はズルいよなあ、見抜かれている気がする。
こんなに見抜かれる人間が近くにいたら嫌だ。
雑誌を通した場所にいる、遠い人で良かった。

1時間と30分ほどして店を出た。
ちょっと入るのをためらった自分に早く入れって言ってやりたい。
入ろうと決めた自分を大いに褒めてやりたい。
行きつけの喫茶店なんてカッコイイなと思っていたけれど、行きつけにしたいくらいにいい喫茶店だった。
また必ず。

さて、外に出るともう暗い。
夜の新宿のお出ましである。
とはいえ、新宿で夜遊びをする気はない。そろそろ帰ろう。

嘘である。
新宿に来て、19時過ぎで、そのまま帰るわけがない。
大事なスポットが一つある。
紀伊国屋書店新宿店。

池袋のジュンク堂書店と並んで大きい書店。
埼京線の周りばかりで遊ぶ私としては、大型書店2強。

新宿と池袋で時間があるときは必ず行く。
疲れていてもだいたい気づいたら目の前にいる。
今回も例に漏れずDUGから向かっていた。

改装中の紀伊国屋書店であるが、2階は終了したらしくキレイになっていた。ブラウンのイメージがあった老舗の雰囲気漂う改装前と比べると、白を基調としたクリーンな印象を持たせる内装になっていた。

話題書・新刊をみて、文芸をみて。
その日はなんだかいつもより文芸コーナーにすごく惹かれて、気になる本が次々と出現した。

購入はグッとこらえて、3階の社会、歴史など文系学問のジャンルの本を眺めながら、「インプット奴隷合宿」をしたいと思い友人に連絡する。
※「インプット奴隷合宿」とはゆる言語ラジオの水野さん考案の本を読むためだけに宿に缶詰めになるイベントのことである。やりたい。

4階で美術書を眺め、新書を流し見る。
家に欲しい本のなかには、活字の小説や新書やビジネス書だけでなくて、眺める本もある。
眺める本って自分はすごく大切に思ってるし、持っている。
しかし、そのような本は大概高いので多くは買えず躊躇してしまう。

時間が想像以上に進んでいることに気づき、今日はこれで帰ることにする。
手に取った本のなかで、今日買わないと出会わないかもしれない、縁を感じた本を3冊持ってレジへ。

今は文芸、言葉に興味があるし力を入れたい。
そんな気持ちが溢れる選書になった。

そして、これ以上ない満足感をもってJRの駅に着く。
帰りの埼京線は始発で座りながら帰れた。

帰路で思うのは、新宿にまた来たいということ。

こんなにも充実した休日を遅れたのは新宿という街だからこそ。
新宿御苑にも、レストランにも、DUGにも、紀伊国屋にも、必ずまた来よう。
何か少しでも好きなお店や場所ができれば、そのエリアそのものが好きになれるのかもしれない。

新宿の知れた部分は、1%にも満たない。
まだまだ知らない新宿がある。
また来るよ。