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住宅営業マン、13棟目は正義とは何かで悩む。

皆さんは、お仕事を進めるうえでポリシーを持っていますか。


私は、今でこそ明確に、お客様への対応は自分はこうしていきたいとはっきりと言える一線があったりしますが、はっきりと言えるようになるまでにずいぶんと時間がかかった記憶があります。


私たちは営業マンですから、契約を頂いてこないことには仕事をしたとは見なされませんので、受注成績が赤字のうちから、会社や上司の指示に従わず、「私なりのやり方はこうです」なんていう主張はしにくいんですね。


最初の4,5年目は理不尽なことがたくさんありました。


家の玄関を開けて外に出ようと思っても、ドアノブに手をかけた瞬間に膝が震えて会社に行きたくないと胸がドキドキしてしまったことも一度や二度ではありません。


でも、その都度それを乗り越えて成長したし、同じ思いを仲間に繰り返させないために、自分なりにアクションをしてきました。


今日は、まだ若手時代、そんな理不尽にまみれている時期でありながら、白黒はっきりつかないものっていっぱいあるな、と勉強させていただいたY様とのお話です。


○4年目になって、やる気は最高潮に。


4年目の春、チームや所属のお店も大きく変わり、私のモチベーションはグーンと上がっていました。


当時の店長は、50歳くらいの大ベテランですが、とても物腰柔らかく、明らかに昔遊んでいたA店長。


4月、同じチームになって最初の電話は金曜の夜、19時過ぎ。


(うわ、ここからミーティングとか言い出しそうだな、、、)


恐る恐る電話をとると


「おお、みの!今すぐここ集合!!住所は、、、」


(うわー、飲みに突き合わせるタイプの人かー。。。)と面倒な上司に捕まったと思いながら、お店まで向かうと、、、


「お!!みんなー!みの君が来ましたよー!!お待たせしましたーー!!」


テーブルを見ると、社会人なりたてくらいの女の子が3人。


「おじさんだけだと女ん子たちがつまんないから一緒にのもうぜー!」


なんでも、隣の席に座っていた女の子を「若い男もくるから」って言ってナンパして、私を呼び出したようです。笑


そこから2時まで飲んで歌って大騒ぎ。


そんなイケてる店長の下だったので、私のやる気はめちゃくちゃ上がっていたんです。


○Y様とのきっかけは片っ端の電話作戦


段々とSMSの活用や、初回接客のスキルアップで、新規のアポイントは増えてきていたものの、まだまだ仕事にやる気満々な私は、片っ端からお客様リストにお電話をし続けていました。


ほとんどがつながらなかったり、そっけないお返事で終わるのですが、「とても大事な相談があるので、家まで来てくれますか。」といきなりアポイントが取れたのがY様でした。


Y様のお住まいは大手ハウスメーカーで20年ほど前に建てられたお住まいで、まだキレイではあるものの、奥様が先立ってしまい、一人で維持するもの大変なので、賃貸併用住宅への建て替えを希望されていると、当時の接客担当のメモに書いてありました。


アポイント当日、お住まいに伺って中に入ると、何か汗臭い。


家中に洋服や荷物が散乱し、80代のY様おひとりでは維持管理が成り立っていないのがよくわかるお住まいでした。


居間に通され話を聞きました。


「ずっと、区役所とセットバックラインについて揉めていて、これを解決するためのアドバイスをしてほしい。」


詳しく聞いてみると、市役所との立ち合いの元で作成した道路境界を明示した図面と、ハウスメーカーの作図した図面に相違があるが、ご主人はハウスメーカーの作図のものを基に立ち合いに臨んだから、こっちが正しいという主張でした。


仮にご主人の主張が正しくて、立ち合い時にハウスメーカーが作成した図面を持っていたとしても、ご主人は今の道路境界を承認する署名捺印をして、杭まであるので、この主張は成り立たない。


(これは、付き合ったらダメなやつだ、、、)


すぐにピンとはきましたが、そうは言っても今の家のままでは生活しにくいのも事実なので、話題を変えていきました。


「おっしゃる通り、2つ図面が残っている中で、もやもやしたままではY様も嫌ですよね。こちらも役所との協議はお付き合いしますが、それとは別個で、仮にY様のご主張が通らなくても、お住まいの建て替えは必要なのではないでしょうか。」


「それもそうですね、家が維持できていないのは見てもらえばわかる通りなので、このままじゃだめなのはわかっています。将来の息子のためにも、今賃貸併用住宅にしておきたいです。


こうして、プラン・見積作成を進めていくことになりました。


○「高齢の方は気持ちの揺れ動きが大きい傾向にある」と


設計士も交えた設計の打合せが始まりましたが、Y様のご主張はすごくシンプルでした。


1Kを4戸つくって、その中にご自身が住むし、グレードも特別にしないで賃貸仕様でいい。


私たちは1K4戸の賃貸を設計すればよく、特別難しいオーダーは何もありませんでした。


設計は簡単にまとまってしまうし、資金繰りも75%が賃貸部分になるので、比較的アパートローンでどうにかなってしまう。


そうなると、道路境界の件が問題になってくるので、早く役所に通わないといけなくなってくるので、早い段階から区役所に通いました。


「あの、この土地の所有者のY様からお話があってお伺いしたんですけど。。。」


「あー、Yさん?境界が納得いかないっていう話でしょ?」


。。。Y様はすでに区役所で有名人でした。


聞いてみるとかれこれ10年以上、区役所に通って、区役所の担当も対応にだいぶ苦労しているようでした。


(やっぱりこれは首をつっこんじゃいけない案件だったかな、、、)


区役所の帰り道、報告のためにY様のおうちに寄りました。


「Y様、もう10年以上も通っていらっしゃったんですね。区役所の対応は、私が行っても変わらなかったですよ。」


「君はプロじゃないの?それをどうにかしてくるのがプロじゃないの?」


「いやいや、我々は建築のプロですけど、境界のトラブルを解決をするのは我々の専門領域ではないですよ。」


「話がちがう!そんなんじゃ契約しないぞ!」


「そういわれても難しいとは思いますが、もう一回行ってみますね、、、」


完全にドツボにハマってしまったのでは、と思いながら、事務所にトボトボと帰りました。


「どうしたみの、元気がないね!」A店長が声をかけてくれます。


「今プラン提案しているY様、区役所言ったら境界問題は全く解決できなそうです、、、」


「その話、詳しく聞かせて!」


A店長は、私の話すY様の経緯とグチをうんうん、と聞いてくれました。


「かわいそうなおじいちゃんじゃんか。奥さんに先立たれて、ハウスメーカーには半ばだまされて、自分一人で身の回りのことやりながら戦ってるんだろ?つらいなー。」


A店長は、共感のプロすぎて、私にはついていけませんでした。笑


「わかった、みの、俺も一緒に行ってあげるよ!Y様に、俺たちがここまでやってもだめだったならしょうがないね、家づくり進めようって言ってもらえるまでやるしかないな!」


こういって、A店長は、翌週から2,3回区役所に同行してくれ、一緒に担当者と可能性がないかを模索してくれました。


結果は全く可能性ゼロ。


何も新しい展開を生み出せる資料はありませんでした。


「もう俺たちやりきったな、Y様に正直に話して、前に進んでもらおうよ。」


そう言って、私とA店長はY様のおうちに再度向かいました。


「Y様、ここまでやりました。もう新しい資料が出てこない限りはこの話はひっくり返りません。今のセットバックラインでも、ほしいとおっしゃっていた間取りは可能です。ここはこの10年のお気持ちに区切りをつけて、前に進んでいただけませんか。」


A店長は、心からY様に共感をしていたので、実感ある言葉でY様に語りかけました。


「わかりました。あなたたちがそこまで言うなら、もう無理なんでしょうね。諦めて、次に進みたいと思います。」


「ありがとうございます。必ずいい家にして、あの時決断してよかったと思ってもらえるようにします。」


前に進めると言ったり、この役所との話がうまくいかないと進めないと言ったり、また前に進めると言ったり、高齢の方は次第に感情的になりやすく、言動のみで判断してはいけないというのは、このY様とのやり取りから、とても学びました。


○いよいよ契約当日、ここでもすんなりといきません。


Y様のご自宅で内諾をいただいたあと、事務所にもどってすぐに契約書の準備を始めました。


Y様の心変わりがある前に、契約して早めに前に進めたい。


これはY様が前を向くためのお手伝いだから、意義のある仕事になる!と私は燃えていました。


1週間後の契約日当日。


朝イチで私とA店長は契約書をもって、Y様のご自宅に伺いました。


「Y様、それでは契約書の説明をさせていただきます。」


「契約?そんなのは聞いていないし、約束もしていないよ?」


「いやいや、この間ご自宅に伺った時に、進めて頂けるっていう話で、打合せ記録にもこのように、今日の契約日と、休み明けの契約金の入金のご案内を書かせていただいております、、、」


「これはおたくが勝手に書いたものだろ。知らないよ。それより、区役所との交渉はどうなったの。」


この間の打合せの内容がまるでなかったようになっています。


私は、これはもうだめだ、Y様とお付き合いせずに関係を絶とうと思いました。


「Y様は、奥様が先立たれたあと、一人でこのおうちで暮らしてらっしゃるんですよね。大変ですね。」


急にA店長が話を変えました。


「ん?そうですね。男一人住まいですから、このように汚くなってしまったし、ご飯も冷凍ものをチンするくらいしかできません。」


Y様も思わず話に乗ってしまいます。


そこから、私たちは、Y様が今の家を建てた経緯や、Y様ご家族のこの土地での思い出、セットバックラインの話がY様にとってはとても大きなショックだったこと、奥様が先立たれたときのお話、そこからどうやって暮らしてきたかなど、いろんな話を聞きました。


2,3時間はずっと、Y様の想いを聞いていたことと思います。


A店長はその間、大きな相槌や質問もせず、ひたすらにY様の目を見つめて話を聞き入っていました。


「いや、君たちにこんな話をしてもしょうがなかったよね、ずいぶんといらない話をしちゃったね。」


朝イチは怖い顔をしていたのに、一通り話を終えたY様がリラックスした表情でおっしゃいました。


「とんでもないです。Y様がとても素敵な日々を送られていたことがよくわかりました。僕も30年後、Y様みたいにお話ができるような人生を送りたいです。」


そういうと、A店長は、契約書をすっと出しました。


(え?え?契約しないって言ったよね?何考えてるの?)


「Y様、これから誠意をもって、僕たちがいいお住まいをお手伝いしますので、よろしくお願いいたします。」


(この流れで、契約クロージング??謎すぎるだろっ!!!)


「わかりました。私も前に進まなきゃね。」


(えーーーーーーーー!!なんで契約しようと思ったのーーーーー!?)


僕たちはこの日、2、3時間、家づくりの話は一切しませんでした。


Y様の身の上話を伺っていただけ。


でも、A店長の真剣で優しいまなざしの効果と、自分の過去が振り返れて前を向ける気持ちの変化で、Y様は契約をして、家を建て替える決心をして下さいました。


このあと、30分ほど約款を読み上げて、署名捺印をして、契約は完了しました。


ここまでのストーリーを読んでいただき、ありがとうございます。


皆さんは、私とA店長の行動をどう思いましたか。


老人をだましたようにも見えるでしょうか?結局道路境界の話は解決していないですしね。


でも、私たちは決してY様に悪意を持って接したことはなく、Y様にとっての幸せだけを考えました。


都合のいい言葉で言いくるめることはせずに、区役所との協議は不成立、でも前に進んでほしいということを繰り返し誠意をもって伝えていました。


道路境界の問題にとらわれるY様を開放して、新しい家での暮らしを提供することで、Y様に幸せになってほしいという一心で行動しました。


そして何より、最後のA店長の全く理屈がないお客様の気持ちに寄り添いつづけるというスタイル。


これは理詰めでしかものを考えられなかった私にとっては頭を殴られたような衝撃でした。


人間は何千万円もの買い物をするときに、理性的であろうと思っていても、感情に支配されている。


これに気づかせていただいたA店長とY様には感謝でいっぱいです。


私は、そこから7年の時間がたち、お客様の気持ちに寄り添える担当になれているか、今もY様とA店長の顔を浮かべながら自問自答をしています。


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