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クリエイティブということ

『Across the Universe』という楽曲をご存知でしょうか。ビートルズの活動後期に発表された作品です。未体験の方、是非とも聴いてください!病みつきになります。

美しいメロディラインに、当時傾倒していたインド哲学と "Nothing's gonna change my world." という力強いメッセージを乗せた、ビートルズファンからもたいへん評価の高い作品です。もちろん僕も大好きな作品なのですが、個人的にオススメしたいこの曲の聴きどころは、ところどころに仕掛けられたリズムの遊びです。

アコースティックギターの美しい旋律から始まるAメロの4小節目、0:22あたり、リズムがつんのめるような違和感を感じませんか。「1、2、3、4…」とリズムを取りながら注意深く聴くと、1拍だけギターのストロークが多いことに気付くはずです。実はこの1小節だけ、それまでの 4/4拍子から突然 5/4拍子に変わる可変拍子が採用されているのです。

そのまま続けて聴いてみて下さい。Aメロの2周目に入り再び4小節目の終わり際、0:32あたりで今度はギターが 2拍ストロークします。ここでは 4/4拍子で終わった4小節目の後に、2/4拍子の5小節目が差し込まれています

そもそも、この曲は冒頭から独特です。一般的な曲の構成は 4小節を一単位として回すことが多いのですが、この曲は前奏を 3小節で切り上げて歌に突入しています。

作曲者のジョン・レノンはこうしたギミックにより楽曲に変化とダイナミズムを生み出す手法を得意としています。とても有名な『All You Need Is Love』という曲では、前奏から4/4拍子と3/4拍子を交互に繰り返すリズムパターンで入り、この変拍子がそのままAメロまで継承されていきます。いつもの調子で 4拍子でリズムを取っていると置いていかれるので、慌てがちです。

このような仕掛けは、楽器を演奏する人ほどよく気付くものです。沢山の曲を演奏すると、音楽の「王道の構成」が分かってくるため、王道と異なる仕掛けに対し敏感な神経回路が作られるのでしょう。音楽のリスナーという立場であっても、プレーヤーとしての経験が、音楽に対する「認識の解像度」を高めているといえます。

これは音楽だけでなく、たとえばスポーツでも同じことが起きています。野球のイチロー選手が偉大な選手だということは誰でも知っています。しかし僕のように野球の経験の乏しい人間は、イチロー選手の何が凄いのかを語れるほどの解像度を持ち合わせておらず、漠然と「凄い選手」という認識のみに留まっています。

一方で、プレーヤーとしての経験を有する人は、イチロー選手のバットコントロール、どんな場面でもフォームを崩さない安定性、大舞台でもミスをしないメンタルなど、様々な言葉で雄弁に語ることができるでしょう。同じ「偉大な選手」という認識であっても、野球経験の有無でイチロー選手に対する「認識の解像度」に雲泥の差が生じるのです。

正確に言うと、これはプレーヤーに限りません。観戦を通じて野球の醍醐味を探求した経験のある方は、プレーヤーと同様に、高い認識の解像度を獲得しているのではないでしょうか。

このような「面白い」「凄い」という漠然とした形容詞を、高い解像度で言語化できる能力こそクリエイティブの定義だと、僕は捉えています。

『クリエイティブのつかいかた』は、12人のトップクリエイターが自身の生み出すサービスを高い解像度で語るインタビュー集です。インタビュアーの西澤明洋さん自身もCOEDOビールなどのブランディングを手掛けたクリエイターです。デザインの背後にある思考プロセスや文脈を炙り出す、まさにプレーヤーとしての高い解像度を有しており、濃密な対話に沢山の刺激を貰える一冊です。

か、かた、かたち

本書に登場するクリエイターは、プロダクトデザイナーからアートディレクター、パティシエまで、様々な分野で活躍する人たちです。分野もバラバラ、考え方も多様な中、注意深く観察するとデザインプロセスにある共通点が見えてくるというのです。それは、クリエイティブと呼ばれる行為の内部をみると、3つの階層「か」「かた」「かたち」に分解できるということ。

「か」…本質論的段階であり、思考や原理、構想
「かた」…実体論的段階であり、理解や法則性、技術
「かたち」…現象論的段階であり、感覚や現象、形態

建築を学んだことのある方は聞き覚えがあるかも知れません。この 3階層は、建築家・菊竹清訓が『建築代謝論 か・かた・かたち』で総括したデザインの方法論です。

あるプロダクトやサービスに触れた時、ユーザーは「かたち」→「かた」→「か」の順で認識するのに対し、それを創造するクリエイターは「か」→「かた」→「かたち」の順に実践している、というものです。一般的にデザインという言葉は手に触れられる、目に見える「かたち」を指すものだと思います。しかしクリエイターにとってのデザインの定義とは、「かたち」だけでなく、どういう技術やコードにより表現するかという「かた」、そもそも何が価値なのかという原理を考える「か」を含めた、「かたち」に至る思考プロセス全体を含めたものなのです。

本書はクリエイティブと題しながら、「かたち」の格好良さを解説している箇所はほとんどありません。むしろ、「か」を発見するための課題発掘能力、「かた」を生産的に遂行するマネジメントプロセスといったビジネススキルをどうやって獲得しているかが大きな見どころとなっています。

クリエイターは決して「才能」「センス」といった正体不明の知覚に頼っているわけではなく、沢山の「か」「かた」を処理できる実務的なスキルを有しているのです。

「好き」は思考停止の言葉

冒頭で申し上げたとおり、『Across the Universe』は何百回聴いても飽きないほど好きな曲です。ただ、「好き」という言葉で片付けることは、便利な反面、危険も含んでいます。人は物事を「好き」と判断・認識すると、そこで理解を止めてしまう傾向があります。言わば、「かたち」に対するエモーショナルな感情で留まり、その引き金となった「か」「かた」に対する思考に至っていないということ。つまり、一種の思考停止なのです。

作家の村上隆さんによると「『好き』とは脳の深部から湧いてくるエモーショナルなもので、その説明を担当するのは理性なので、本来的にギャップが生まれる」ようです。つまり、僕たちは好きなもの、好きなこと、好きな人に関して、「好き」のままでは人に説明できないということ。それを踏まえ、「分かりやすく『好き』と説明できるものは、案外どうでも良い場合が多かったりする」とも指摘しています。

確かに「どこが好きなの?」「なぜ好きなの?」という質問はたいへん難しいですね。つい「好きなものは好き」という禅問答のような答えを返しがちになります。好きという「感情」と、好きに至った要素を「思考」することは、脳の別のレイヤーにあるからです。

僕は「なぜ好きか」という理由を探れるほどの思考力がないため、「どのように好きか」と考えるようにしています。好きという感情を「行為」と捉え直し、その「行為」をどんなプロセスで実践しているのか、という問題として思考するということです。『Across the Universe』の例は、好きの「理由」にはなっていません。楽曲の聴きどころはどこなのか「かたち」を解体し、リズムのギミックという「かた」が抽出され、王道の構成とは異なるという「か」を見つけることで、どのように好きかを表現しています。

プレーヤーとしての経験や探求心で生まれる「認識の解像度」とは、この「か」「かた」へのアプローチの可能性とも言えるでしょう。こうした訓練を繰り返すことで、クリエイティブな思考技術が鍛えられていくのです。

探求とは洞窟のようなもの

探求を続けていくと、どんどん深みにハマっていく感覚を覚えた方が多いのではないでしょうか。底の知れなさから「沼」などと表現されたりしますね。僕はもう少し冒険的なニュアンスを込めて、探求に「洞窟」のようなイメージを持っています。

洞窟を進んでいくと、いくつもの分かれ道があったりします。これはひとつのジャンルを掘り下げていくことで、派生に出会ったり、複数のルーツを紐解いたりすることです。全ての分かれ道を一度に進むことはできないため、行っては戻りを繰り返すのも楽しい知的体験です。

思えばずいぶん遠いところまで来ました。ふと振り返ると、もう入口の光は見えません。入口というのは、初めてそのジャンルに触れるということ。今日、『Across the Universe』を初めて聴いた人、または初めて聴いて衝撃を覚えた過去の自分です。

入口に立つ初学者に対し、知識量でマウントを取る行為がいかに愚かなことか分かります。洞窟の奥底から自身の経験を喚いたところで、お互い見ている景色が違うのです。

むしろ探求という洞窟の入口に立つ人からこそ、教わることが多かったりします。自分がかつて経験したのに忘れてしまった洞窟の深み、今の時代のテクノロジーを使った自分とは異なる洞窟の進み方。それどころか、入口の周りには沢山の人だかりができていて、自分が洞窟に入った頃の景色すら変わっているかも知れません。「かたち」に対する純粋な驚きや感動こそ探求の原動力であり、そこから「か」「かた」を探ることが醍醐味です。

本書を読んで印象的だったのが、多くのクリエイターが自身の作品を説明しながら、その説明自体を通して新たな理論の構築や学びに昇華させていたことです。振り返ることで「認識の解像度」をアップデートできるのです。よく伸びる人とは、よく振り返る人だったりします。

クリエイティブでありたいなら、洞窟の奥底まで探求しながらも、その一方で、いつでも入口に戻れる感覚を持っておかなければなりません。業務経験を重ねた中堅・ベテランであっても、自身の仕事を最初から振り返ること、新人からも貪欲に学ぶ知的態度を持ち続けることです。

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