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眠れる力

火曜日の夜、疲れ切ってベッドに入ると、自然に寝ていた。寝れていた。
私には、神経が立ってまんじりともできない夜が時々ある。

ところが、この夜は珍しいパターンで、明け方早く、就寝から3時間くらい経っていたか、ハッと目が覚めそこから眠れなくなった。
目が覚めた理由がこれと言って思い当たらなかっただけに、突然眠気が失せたことに、なんで、、っと少し焦った。

寝ようとして目をつむると、昼間の出来事が回り出す。
大きくため息をつく。
無かったことにしたいとか、ああ言わなければ事態の行方は違ったか、とか、要は後悔に苛まれたり、いや別に、と開き直ったり。

毛布をかけたり、はいだり、、、

えーいと起き上がり、リビングに下りて、イヤホンで川上ミネのピアノを聴きながら村上春樹を読む。
落ち着いてくる。
そして次第にカーテンの外が明るくなっていく。


***

私の人生の相棒、私の学習塾は、世間の教育評論家が、子どもを縛り付ける、と位置付けるような塾とは程遠い存在のもので、補習塾とでもいうか、寺子屋のようなところだと思う。


発達障害と診断された子も受け入れるし、逆に自分のペースで勉強したいという勉強がとても得意な子も気に入ってくれている。

25年間で1000人くらいの子を送り出した。
ほとんどが、幼児の時に入り、中3になるまでの10年間の付き合いで、中には講師として帰って来てくれる子もいる。


小さい子どもにも、容赦なく正面から向き合っていくのが私流で、泣きながら叱っては、子ども達も泣きながら受け止めてくれて、そしてよそ様のお子さんでも、懐に入れて教育する。


。。。。と言うのが数年前までの当学習塾の紹介文。

でも今はそれ程のことを求められてはいない。
なんと言っても、子ども達がとても繊細になっている。

学習ゲームで競うのが好きじゃない子も多い。勝ち負けを突きつけられるのが怖いと言う。
英語で、形容詞を学ぶために、大袈裟にbigやsmall、カラフルな色を使って顔を表現してもウケない。気持ち悪いと言われる。


家庭や学校の関わり方云々ではなく、もっと大きな流れが変わって来ている。
子ども達の脳の?心の?キャパがいっぱいなのだろうか。

そっとそーっと、関わるようになってきている。
辛抱ばかりの今の子たちに、もっと何を求めることができようか。
どの子もみんなソフトで優しい子たちばかりだ。


***

ところが、火曜日の小5の授業でやらかしてしまった。
久しぶりに大きな声で怒鳴り、説教をぶってしまった。数年前なら日常のことだった。
今は、ほとんどのことを飲み込んで、噛み砕いて、柔らかく柔らかくしてから伝える。

なのに、、上手く伝わっただろうか、傷つけてしまったのだろうか。

何故この日この時に限って、大きな声で怒る必要があったかも、正直自分に納得できている訳でもない。


ただ一点。
この空気を紛らわそうとしてゴソゴソし出した子たちにも、「きちんと聴きなさい。先生の心からのメッセージなんです。手を下ろして聴きなさい。」と言った時、今まで諦めて、それを求めることもしなかった、真剣なキリッとした眼差しがこちらに集中したことを感じた。

そこに、眠っていた力、のようなものを感じた。


***

連日中3の夏期講習が続いている。

この学年は、2020年の緊急事態宣言の休校を中2の時に受け、そして今年の春、教科書改訂で大きく内容が変わってしまった煽りを受けた学年。
要所要所の大事なところが頭に入っていない。

こちらも、「なんでよ、何回も説明したよね。」と言われる筋合いは子どもたちにはないんだと思い、ただただ可哀想だと思っては、優しく同じ説明を繰り返して来た。

夏期講習も、このご時世遠慮がちな気持ちで始まった。
でも、日を重ねるうちに「熱くなろうよ。感動しよう。わかった時にはガッツポーズもいいじゃん。卓球の選手みたいに。感動すると身体に染み込むんだよ。」と語りたくなってきた。

お弁当持ちで頑張るうちに、子どもたちも乗ってくる。

そして今日、私は泣いた。子ども達にドン引きされながら。

次々と模試の過去問をノーミスで仕上げる子が続出したのだ。冥利に尽きるとはこのことか。

「眠っていた力があったんだね。」と思わず声に出た。
その蓋が空いたような実感を持ったのは、毎日休まず通った子ども達の方に違いない。

明日、最終日。頑張った夏に打ち上げだ。


***

小2の子が、来るや否や、「疲れたーーー。」と倒れ込む。8月25日のこと。

どうしたのと聞くと、一日中家の大掃除だったそうだ。
外に出たのは、上履き洗いで庭に出た時だけだ、と言う。

へー、偉いねと言うと
「毎月5のつく日は大掃除デイってお母さんが決めたんだ。」と彼。

「ベッドの枠の埃もぜーんぶ拭いたんだ。」と誇らしげ。

この子のお母さんは、力を眠らせない、一石二鳥のアイデアを思いついたなぁととても感心して、私は、真似しちゃおう!と思ったのだった。

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