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5.人はどんな形を辿っても、最後には優しい愛に還るよう導かれている
うっすらと広がる雲が朝日を浴びて金色に輝く冬空の下、色とりどりの枯れ葉に覆われた大地をしっかりと踏み締めながら、母は今日も元気に歩いていた。
一歩一歩歩くごとに冷たい空気が頬を刺すけれど、その冷気さえも母は気持ち良く感じていた。
おじいさんが現れなくなってから、母は散歩コースを変えた。これでおじいさんに会うことはもうなくなったけれど、おじいさんとの出会いで母は本来の自分を取り戻していた。そして散歩中、
これからも、前を向いて元気に歩いていけますように‥
ただそう祈っていた。
73歳と83歳の恋、というより友情に近かかったと思うけれど、おじいさんと母はきっと今も、目に見えない絆で繋がっている。たとえ会うことはもうなくなっても、魂と魂は寄り添い合い、励まし合い、讃え合い、認め合い、愛し合っていると伝わってくる。
「今までがいかに我慢の人生だったか、おじいさんと出会えてよく分かったよ。」
「これからはもっと自分を大切にして生きようと思ったよ。」
人生に一度しかない、自分を変えてくれる人との奇跡の出会いを果たした母は、人を愛することの素晴らしさを73歳で学び、とても安らかで満ち足りた顔をして、
庭の枯れ木たちを穏やかに今、眺めている。
幼い頃に抱えることになった愛の欠落感が、人生に深い闇を落としてきた母を救ったのは、
たった一すじの、永遠になくなることのない光だった。
黄金色に輝く稲穂が美しい世界を、母は今も生きている。思い出すと切ないけれど、当時おじいさんからもらった穏やかな優しさが
目を閉じると今も静かに流れてくるのだろう。
人は、どんな形を辿っても、
最後には、優しい愛に還るように必ず導かれている。
そして
どんなに辛い経験をしてきた人も、死にたいくらい人生に絶望感を味わってきた人も、みんな、みんな、この世界という愛に感動するために生まれてきている。
この世界はいつでも、悲しみや苦しみに沈む私たちを優しい愛で大きく包んでくれている。
私たちを支えてくれている大自然は、私たちの心を慰め癒やすために存在してくれている。
自然も植物も、どこまでも際限なく私たちに優しい
誰のことも傷つけない
愛である自分の役目を悟っているから
そして愛である私たちも
その役目を悟ったときから 光を放つ
光は、静かに感じるもの
心と心が優しく触れ合った瞬間、生まれるもの
母を救ってくれた光は、母に受け入れる準備が整ったタイミングで用意されていた。
母が始めた朝のウォーキングは、母の人生を光に変えるために神様が与えたギフトだった。
ただ、雑念を捨てて、一歩二歩と両足を前に動かし、
光の方向へ進むと決めれば、人の道は必ず開ける。
自信なんてなくても、誰かと比べなくても
何にも持っていなくても、自分の中にしかないものが、すでに自分の中で光輝いているから、
ただその光に向かって、歩く。
母は毎日、光の差す方へと導かれて、足腰が少し痛む日も休まず歩いていた。
母は、母の中にもともと強さという光を持っていた。私はそんな母を尊敬している。
もしかしたら私の中にも、母と同じ強さが存在しているのかもしれない。そうだとしたら、その強さを使ってこの世界に恩返しをしていく道が必ず開かれているはず。
そう思えるようになれたのは、母とおじいさんの愛を見守ってきたことで、
自分の中にある愛にも気づけたからであり、
誰にも愛されていないと思って生きてきた
ちっぽけな自分は、
自分で自分を愛してあげる
ことが、何より大切だったと気づくために
母を選んで生まれてきた。
ようやく本当のスタートラインに立った私は、
母への想いを空へ返して
柔らかな日差しが差し込むある日の早朝、
ひんやりと凛とした空気に包まれながら
母のように力強く、
玄関のドアを開けた
そして
一歩ずつ大地を踏み締めながら、
おじいさんと母の祈りが
重なり合っている大空に向かって、
二人の魂が永遠に
深く、固く結ばれますようにと
自分の中に根付いた 愛を捧げた
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