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永遠には続かない人生の「儚さ」が教えてくれるもの

いくつかある大きな窓の外では、蝉の鳴く声がジリジリと響きわたっていて、いつもよりさらに暑さが私たち生き物すべてに強烈に迫ってくるような日だった。

その日の朝も施設のお年寄りの方々に朝食を食べさせてあげていた。あるおばあちゃんには、お気に入りの可愛らしいマイスプーンがあり、毎日それを使っていたのだけれど、スプーンの持ち手の先に付いていた「ピンクのチェック柄の飾り」がふとした瞬間に、とうとうとれてまった‥

それを見た瞬間、おばあちゃんは突然嗚咽を上げて泣き出した。お腹の中にこれまで溜め込んでいた悲しみを全部吐き出すかのような大声で

「家に帰りたい、もう帰りたい」

と言って、泣いていた。

「そうですよね、お家に帰りたいですよね」

と言って、私はおばあちゃんの背中をさすっていた。

おばあちゃんはなかなか泣き止まなかった。泣き続けながら必死に、飾りのとれてしまったスプーンで、ミルクに浸された一口大のパンを次々にせっせと大きく開けた口で頬張り、あっと言う間に全部平らげてしまった。そしてまた再び、周囲に響きわたるような大声で泣いていた。

そして‥ しばらくして、

おばあちゃんは

諦めたように 急にパタリと泣き止んだ


窓の向こう側で、蝉の声だけがただ響いていた


わたしは少しだけ微笑んでおばあちゃんの朝食を下げた。

窓の外で、さんざん命ある限り精一杯泣き続ける蝉たちは、自分の「死」が間近に迫っていていることを知る由もなく、ある日力尽きてひらひらと落ちて静かに土に還る。

夏の終わりが寂しく感じるのは、さんざん鳴いていた蝉の声が、いつの間にか聞こえなくなっていたことに気づくから


わたしたちの人生も「いつの間にか」

なくなるものだけれど、生きてきた証の

「思い出」は、決してなくならない。

今年の夏は、介護施設で初めて迎える切ない夏だなあと‥ぼんやり考えながら、いつか思い出になる「今日」をすでに遠くに感じていた


私は毎年蝉の声を聞くと、色々な夏を思い出す

特によく思い出すのは、どうしようもないくらい大好きだった人を追いかけていたある夏のこと。

その人と別れた後、寂しくて辛くてなかなか忘れることができず、でもラインを送ることもできず、さんざん考えたあげく手紙を書こうと思いつき、初めて素直な思いをしたためた手紙を持って、彼のマンションのポストに、入れた。

ここまでのことをしてしまう自分は初めてだったので、私は今正気なのか、一歩間違えたらストーカーじゃないだろうかと不安に思いながら、ドキドキする心臓を持て余していたのを覚えている。

その日の蝉の声は、私の心をジリジリと焦らせ、静かに内観させてくれる暇もないくらい心を追いつめてきた。今でもそのときの苦しく切ない感情と、マンションへと続く道の途中の溢れるような緑の木々の光景を思い出す。

そしてその後、

蝉たちがピタリと鳴き止む時期に、私の恋も終わった。

そんな思い出を、今年は介護施設で思い出している。

ふと我にかえった私は、目の前ですっかり泣きやんでいたおばあちゃんに、「今日のお洋服はピンクで、前掛けもピンクで、ハンドタオルもピンクで、すっごい可愛いですねー!」

と言った。するとおばあちゃんは、「これは、〇〇という、四国にある老舗のブランドのタオルなの。」

と言ってニッコリした。

「へーそうなんですね、だからこんなに可愛いんですね!」

と私は言った。よく見たら、全身ピンクのおばあちゃんは、優しいオーラで溢れていてとても可愛いらしかった。

「私もピンク大好きです!」

と言って、二人で笑い合った。

その時わたしは、おばあちゃんのマイスプーンからとれてしまったピンクの飾りを、ボンドでくっつけてみたらどうかと思いつき、接着させてみた。

すると見事におばあちゃんのマイスプーンは、可愛らしく復活した。

おばあちゃんは、もう泣かなくなった。

それからおばあちゃんは私を見ると、すぐ笑顔になってくれるようになった。

わたしもおばあちゃんも、人生で失ってきたものは色々あるけれど‥

今二人で共有できている時間が、

「蝉の声真っ盛りの大舞台の時期」だから

これもまたいつか 

素敵な思い出になるように

おばあちゃんと笑いあって

楽しく過ごしたい


人生はとても

「儚い一瞬」であり

土に還るまでの短い間に体験できることは、限られているから

いつの間にか過ぎ去っていく「とき」を

精一杯輝いて生きよう


そして

シンプルに、「終わり」を悟ることは、

大切なものに気づくことであり

気づいたときから 

人生が大きく動き出す


なぜなら

永遠には続かない

人生の「儚さ」が

私たちに 

今を生きる強さを

教えてくれるから


















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