御本拝読「マカン・マラン(シリーズ)」古内一絵

体は食で作られる

 ようやく繁忙期を抜け、年度末までささやかに通常運転な日々です。しかし、少し余裕ができるといろいろと考えてしまうことも多くなる……。忙しくしてる時って、目の前のことに必死だからあんまり細かいことは気にならないのに。
 普段仲良しな人とのすれ違いや良くない微妙な空気。小さな苛立ちや報われなさ。そんな些細なメンタルの調子の悪さに、フィジカルも引きずられることが、年々増えてきました。加齢ですな。もう、アラフォーになりますので。
 そういう時、若い頃はお金や体力を思いっきり使うことで発散してましたが、この小説を読んだことで変わってきました。そういう時って食事が適当だったりバランス悪かったりするのですが、それを一日でも、一食でも、整える。そうすると、体の中からゆっくりとですが落ち着いてくる気がします。
 当たり前ですが、私の体は私が食べた物でできているのだから。高価なマクロビ食品でなくてもいい、時間をかけて煮込んだスープや少し手をかけた料理をゆっくり一人で味わうことで、物理的に自分自身を大切にする。たとえ毎食毎日できなくても、疲れた時や悲しい時はそういうもので癒されます。

 シャールさんの芯

 本書のメインとなる人物は、壮麗なドラァグクイーン、シャールさん。まぎれもない中年の日本人男性ですが、街の片隅で夜にだけこっそりと開業するカフェで滋味深い料理を振舞うシェフであり、店の奥に集う「お針子」たるドラァグクイーンの衣装を作る仲間たちに慕われる好人物。
 彼女は元エリートサラリーマンですが、重い病を患ったことで人生をがらりと転換します。既刊4冊の中でその過程がうっすらと描かれますが、あくまでお話の主人公は話ごとに違う人物たちです。そこを深堀りしなくても、シャールさんという人物の人柄や信念、芯というものは十分に伝わります
 シャールさんは決して毒舌や派手な言動で振舞ったりしません。困っている人や傷ついている人には優しく寄り添い、時に強く背を押したりはしますが、意見や主義を相手に押し付けたりはしない。成熟した素敵な大人です。
 体に良い料理やハーブ等の知識や実践も、自らの努力と経験によるものだから揺るがないし発想の自由が利く。シャールさん自身や、話ごとの登場人物は欲するものを、的確に作りだすことができます。
 そんな強くて優しく美しいシャールさんも、最後まで決着をつけられなかった問題や病気の再発を抱えています。それも全部解決しきらない、ご都合主義にならないところも、シャールさんの人間味のある魅力。

 小説としての痛み

 正直、好きになれない主人公や登場人物もいます。物語の結末に、苦い思いや小さなしこりが残ることもあります。ふわふわ甘いだけの小説シリーズではありません。描写や表現が非常にリアルで、目をそむけたくなる展開も。
 これは、古内さんの他の小説にも言えることですが、完全に善な人間も完全に悪な人間も出てきません。それぞれに正義や悲哀があって、そのかけ違いやずれが悲劇を生むこともある。そこが、ひたひたと心臓の裏に突き付けられるようなリアルさ。友人に薦められた「三亭ミアキス」も、良かったです。
 特に、人物の心裡描写は抜群だと思います。普段、普通に生活していて感じるモヤモヤを、それこそシャールさんの料理のごとき正確な言葉でくっきりと表現される。それを文章として、小説の登場人物に起こった出来事として読んだ時、自分の身に起きたと錯覚するような痛みを感じます
 その痛みを、シャールさんが静かに癒してくれる。架空の追体験をすることで、実際の自分の心の傷も癒された気がします。

まとめ

 ドラァグクイーン、和洋折衷の薬膳料理、これだけのワードを見ると、まるで令和の今の流行りに乗っかったよう。しかし、発行年を見れば明らかなとおり、古内さんはずいぶん前にこのシリーズを書かれています。先見の明、ではなく、伝えたいことのためにテーマやモチーフを選ぶ審美眼の確かさによると思います。
 シリーズは完結していますが、古内さんの作品はこれからも楽しみで仕方ありません。以前この作品がラジオドラマ化されたこともありましたが、それはそれでいいとして、まずはこれは「目で食べる滋味」として「本」という形で誰かに届いてほしいと思います。

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