御本拝読・宮部みゆき

ずっと第一線

 私が小学生の時から、アラフォーにならんとしている今に至るまで、出す本出す本売れているすごい人。そんなくだらない言葉で表現してしまうほど、第一線にいらっしゃる作家さん。
 もちろん昔からお名前はよく存じ上げていたものの、本を読むよりも実写化された作品に先に触れることが多かったからか、大学卒業するくらいまで読んでませんでした。愚か者。
 多作で、色んなことに造詣が深い作家さん。何より、文章が上手くて癖がないのでどんどん読めてしまう。読書初心者、読書に使う時間もエネルギーも少なめ、という方に薦めたい。

 

現代物・短編

 私が初めて読んだのが、宮部ミステリーの中・短編集。さらっと怖いことが書いてあったり、ビターエンドだったり、決して「泣ける」話ばかりではない。でも、何故か後味が良い。飲み物で例えるのも変だが、さながら夏場の冷えたビール
 性的な表現や過度に刺激の強い展開はないのに、短くても読みごたえがある。登場人物たちはみな普通の大人であり、生活や仕事に流され疲れ、その中で悲劇に巻き込まれたり不思議な体験をしたりする。 
 お薦めというか、すごく好きで何度も読んでいるのは、「淋しい狩人」。宮部ワールドの持ち味である「粋でかっこいいおじいちゃん」と「聡明だけど繊細な少年」が心地よい。
 そこに盛り込まれる人間の欲や見栄や迷い。端的に宮部ワールドを凝縮した一冊だと思う。「返事はいらない」「地下街の雨」も好きなのだが、ここに収録されている話が別のアンソロジーに収録されていることも多く、これらはやはり評価の高い短編集なのだろう。

現代物・長編とシリーズ

 宮部作品の特徴の一つとして、基本的に主人公補正はない。主人公であろうと、傷つき、失い、絶望する。最後に救われ、報われる時はあるが、傷ついたものや失ったものは戻らない。常に、登場人物たちは物語の中で変化していく。そこに惹かれる。
 リアルな誰かの人生のある一幕に触れている感覚になる。一時期「イヤミス」という言葉が流行ったが、宮部作品はその言葉に収まらないなあと思っていた。
 自分の精神状態によっては、読み進めるのが辛い時がある。現実でありそうなリアルな温度低めの会話や展開に、呑まれてしまう「火車」。ホラーの冷気が神経にまとわりつくような「魔術はささやく」。悪霊や超能力ではなく、本当に怖いのは、と言いたくなる。
 児童向けの「ボツコニアン」シリーズ、「ブレイブストーリー」なども未だに夏休みにひっそりとハマる子を見かける。近年は漫画家さんやイラストレーターさんが表紙を描きおろした新装版も多く、小学生の子たちが宮部作品に触れてくれることを私も期待している。

時代物・短編

 何を隠そう、私が一番好きなのが「宮部みゆきの時代物」である。一時期、図書館で貸出限度いっぱいまで借りて、貪るように読んでいた。ちょうど病気の治療中で、毎週通院があり、鞄に文庫本を3冊ほど詰め込んで電車の中でひたすら宮部時代劇にのめりこんでいたのだ。
 まず、宮部さんが江戸という時代・文化にとても愛情を抱いてらっしゃることが伝わってくるのが嬉しい。行間から、深い愛がにじみ出てくる。しかし専門的になりすぎず、疎いモノでも読めるように丁寧に簡潔に書き下してくれているので、現代物を読むのと同じスピードですいすいと読める。
 現代物よりも、トリックや電子機器類が出てこない分、人の感情や思考がもっと濃く描かれているのが良い。お金とスペースに余裕があるなら、「宮部みゆきの時代物」文庫を作って開放したいくらいである。
 一番好きなのは、「〈完本〉初ものがたり」。こちらもヒヤッとするような人の悪意や身勝手で事件が起きるのだが、それを解決するのは、粋な江戸っ子の親分さん。食べ物の描写も素敵で、それが事件の陰惨さとの心憎いコントラストになっている。「幻色江戸ごよみ」も、比較的(本当に、他の怪談系の話集と比べて、のはなし)優しくあたたかい結末の話が多い。
 「堪忍箱」「かまいたち」は、心臓にひやりとくる話が多い。救いがなかったり、無情な結末だったり、それでもどこかリアルに感じるのは、人間の本質を描いているからだろう。

時代物・長編とシリーズ

 「ぼんくら」シリーズは、NHKでドラマ化もされ、その出来も素晴らしかった。私も、このシリーズが一番好きだ。成長していく少年たちや世間擦れした女性たちや、自分なりに懸命に生きる男たち。隅々まで、宮部ワールドである。
 完全な善人も、悪人もいない。それ故に悲劇は起きて、それ故に人は人を思い、物語は続いていく。
 現行の「きたきた捕物帖」は、うっすらとこのシリーズの次世代譚になっている。テイストもほのかに似ていて、主人公たちはがらりと変わってはいるものの、「あの時のあの人が!」の盛り込まれた作品群だ。
 連作のシリーズものや短編では江戸の町を生きる市井の人々が主人公であることが多いが、長編では武家や閉塞された村等、特殊な場面設定が多い。その中の因習や呪いのようなものから人々が脱却したり打ち勝ったりするものが多いが、決してハッピーエンドの大団円は多くない
 容赦なく主要人物も死んでいくし、名もない幾人もの命が奪われる。誰が悪いわけでもなく、誰を恨めばいいわけでもない。人間ドラマと、人間のコントロールの及ばない巨大な怪異が混ざり合って、壮大な絵巻物のようだ。
 その中で、私が好きなのは「桜ほうさら」だ。宮部作品の、シリーズ外の長編の中で、最もあたたかい着地をみたのではないだろうか。主人公の人の良さに苦笑しつつ、現実的な展開に心痛めつつ、少しずつ成長していく様子を見守る。 
 宮部作品の時代物の楽しみの一つは、色んな作品やシリーズがよくクロスオーバーすることだ。本作も、「きたきた~」に関係しており、知った名前が出てくると嬉しくなる。

 まとめ

 好きな作品が多すぎて、とてもこの記事だけでは間に合わない。多分、個々の作品や本についても今後書くと思う。本当に読めば読むほど、「読みやすくて面白くて深いとは、なんてすごいんだ!」とIQ5くらいの感想しか言えない。

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