御本拝読「誰でも美しくなれる10の法則」ティム・ガン/ケイト・モロニー著

ちょっとしたつまづきに

 体調が悪いとまではいかなくても、ちょっと元気がない時。アクティブに動いてストレス発散とか、マッサージやごちそうで贅沢とか、そこまでは要らないけどなんとなくもやもやする時。私には、そういう時に読んでくすっと笑って気持ちをリフレッシュさせる本が何冊かある。その一冊が、「誰でも美しくなれる10の法則」である。
 何を隠そうって別に隠してはないが、私は「ファッション」が好きだ。別にスーパーモデルになってランウェイを歩きたいとか、グッチやプラダでクローゼットを埋めたいとか、そういう方向ではない。量販店でいかに安いものをたくさん買うかとか、流行りの先端とかインスタ映えとかでもない。単に「ヒトが装うということ」に興味があるだけだ。
 昔、私の親は情操教育のために劇団四季や宝塚を観に子どもたちを劇場に連れて行った。私は話の筋や演者さんではなくその音楽(BGMやコーラスラインのメロディーについて)や衣装にしか興味を示さず、好きな衣装のパンフレットを眺めてばかりいるという残念な子どもであった。その根本は今も変わっていなくて、TVや映画も衣装が気になるし、好きなアーティストのライブやMVも衣装が気になる。
 さて、そんな私が本書を推すのは、とにかく小気味よい辛口な語り口と、ウィットとセンスの溢れる理論と、何よりも「装うこと」への深い愛情を感じられるからである。何回読んでもくすっと笑えて、じーんと沁みて、自分の感性をそうやって少し揺らしてやることで滞って淀んでいた感情が元に戻っていく気がする。

そんな言い方

 初めてティム・ガンを知ったのは、ずいぶん昔のNHKのファッションチェックの番組だった。当時、たまたま弟と私がどちらも家にいる時間が多かった時期で、よく二人でこの番組を観てはその物言いにケラケラ笑いこけた。
 とにかく、素晴らしい口の悪さ、もとい、ユーモアセンス。最初はイギリス人かと思うほどの皮肉だが、なんだか滑らかにするっと聞けてしまう品の良さ。派手な高齢のご婦人を「高級品を纏ったミイラ」、年齢に合わない恰好の若い女性を「ジャガイモの入ったズタ袋」とばっさり。もちろん、男性だって妙齢のご婦人だって、彼の美学に反したものは同様にすっぱりと袈裟がけに真っ二つに斬られてゆく。
 そんな言い方ある?と、思わず笑ってしまう。多分、自分が彼に面と向かって同じようなことを言われても吹き出して笑ってしまう。それぐらい、ひどいけど本当のことで、さっぱりと後味のよい批判なのだ。

根底に流れるもの

 何が言いたいのか分からない、長いだけの自己啓発本。字を大きく、行間を広くして原稿用紙半分ぐらいのことを薄めまくったスピリチュアル本。仕事としてそれらに触れることが多いからというのもあるが、本書の構成も見事だと思う。
 まず、冒頭の章でガン氏が大切にしていることがはっきり書かれている。「ファッションは自分を伝える言葉」。自分という存在を肯定し受け入れ、そして、周りの人に分かってもらう。ファッションはあくまでその記号であり、それがその人の全てではないということ。しかし、ファッションも、その人を構成してる大事な一つであること。
 とにかく高い服を着ればいいとか、少ない服をたくさん着まわせばいいなんてことは書かれていない。「自分がどういう人間であるか」を表現で来ていれば、ノームコアでも問題はない。
 ただ、その表現方法に迷う時や、知識がない時、本書にヒントが書かれている。この本は、自分のファッションにすでにこだわりや自信がある人ではなく、まだよくわからない人にこそ役に立つ
 その人のファッションは、いわば名刺や看板である。折れのある名刺やサビで汚れたままの看板では、信用は得られにくい。前日から着たまま酔って路上で寝てました?というヨレヨレの恰好の営業マンや、トイレから出て濡れた手を髪で拭くようなウェイトレスに、あまりお世話にはなりたくないように。(何故か本書を傍に置きながら文章を書くとガン氏を真似たような物言いをしてしまう)

必要なものは

 国や生活レベルが違うし、本書の初版発行はもう十年以上前。なのに今呼んでも内容に古さを感じない。それは、ガン氏の理論が流行りや拝金主義に基づいていないことの証左だ。
 素晴らしい腕前の美容師さんに出会うこと。姿勢を正し、できるだけ肌や体を健やかに清潔に保つこと。こうなりたい、という理想をもつこと。洋服やバッグや靴の値段やコスパ、ブランドの商業価値を追うのではない。その人が必要としたものが、自然にその人のファッションになる。これは、時代がどんなに変わっても言えることだ。
 ファッション業界ありきで語られていないし、まずヒトがいて、そのサポートしてファッションがある。そして、ファッションを生かすために、ヒトにも少しの気配りが求められる。
 本書全体を通して、ガン氏はとても深い愛情でヒトと洋服を観察している。それが深すぎて、時折愛のムチとして舌鋒鋭くなるだけで。

まとめ


 これを書いている今、私は気圧差にやられて鈍い頭痛と関節痛、そして何かしていないと倒れそうなひどい眠気に悩まされている。土日月はまたハードに勤務なのに。病気とも言えないし、スーパーやドラッグストアへの買い物は行けるし、原因も対処も明らかなので、公休日なのをいいことにこれを書き終えたらもうさっさとお風呂に入ってパジャマでゴロゴロするつもりだ。
 こういう時は、本書を読んでくすっと笑うにかぎる。枕元の、胃に負担のない頭痛薬だ。あいにく、品薄だったり単行本の方しか在庫がなかったりするのだが、図書館にはおいてあるところもあるだろう。もし見つけたら、本書の深い愛とパンチの効いた語り口を少し覗いてみてほしい。
 

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