御本拝読「いきもののすべて」フジモトマサル

 今現在も普通に過去の作品の再版や改版・合本などが新しく出ているから、生きているんだと勘違いしてしまう。あ、そうだ、亡くなっておられるんだ、と気付いてその度に寂しくなる。そんな作家さん・漫画家さんの一人、フジモトマサルさん。ありきたりだが、もっと作品を拝見したかった方だ。
 私は、所謂「シュール」「トガっている」というものを好む人間ではないと思っている。めっちゃベタにコウペンちゃんやシルバニアファミリーが好きだし。むしろ、ダークな結末や皮肉たっぷりな展開は、文芸としての面白さは感じても「何回も読みたい!」と好きになることは少ない。お笑いも、関西人の血が濃いのか、吉本新喜劇的な分かりやすい面白味やしゃべくり漫才のツッコミがスパーンッ!と決まる瞬間を愛好している。緻密、繊細、センス派な笑いに向いていない人間である。
 そんな私が、本書は何回も読みたいと思うし、実はこれは平成のサザエさんだったんじゃないかと思うのが、本書だ。実はひとところに連載されていたものではなく、2001~2006年にかけて複数の雑誌や媒体に掲載されたものをぎゅっとまとめた一冊。オール4コマ漫画で、どこから読んでも大丈夫。PC専門誌と子供雑誌に載ってたものが同じ本になるのがすごい。フジモトさんの漫画の世界観がばっちり合う!という方はもちろん、そうでない人もクスっと笑えてしまう。
 実は掲載紙と掲載年を重ねながらもう一度読むと、「このぎりぎりの笑いをよく……」と驚く。ちょっと、掲載紙やファン層そのものをおちょくっている感があるのだ。この姿勢が好きだ。媚びず、群れず、面白い。その漫画がそこに載っていること自体が、シュール・皮肉な感じになる。
 しかし、どこかハートフルなのだ。心が温まる、とか、泣ける、という方向ではない。登場人物たちはちょっと皮肉屋だったり意地悪だったり自分勝手だったりする。「やさしいせかい」の対極にある「優しくない世界」かもしれない。が、「……ふふっ(かわいいなあ)」と思えてしまう優しくなさなのだ。登場人物たちがほぼ動物で、動きや生活が現代人、というワンクッションがあるからかもしれない。
 先に「平成のサザエさん」と書いたが、そう感じるのはこのあたりが理由だ。サザエさんたちは、現実の世界を舞台にしているが、歳をとらない。そこがファンタジーである。あえてここでは漫画のことのみで語るが、登場人物たちは基本的に良い人たちだが、みんなそれぞれに小ずるかったりおっちょこちょいだったり、完璧でないから愛しいと思える性格なのだ。実はサザエさんも、シュールや皮肉の多い漫画だ。自分や周りの人にも、登場人物の持つ性格や嗜好の要素をどこかで見る。
 が、彼らは進級しないし老いない。だから、自分たちとは絶対的に切り離して考えられる。そんな人たちが、会社で働いたり商店街で買い物したりしながら滑稽なことに巻き込まれたり厄介なことを起こしたりすのが、万人を笑わせる。「いきもののすべて」でのファンタジー要素は登場人物たちが動物であるということだ。
 本書がもし普通の人間で描かれていたら、おそらく色んな「アク」が出てくると思う。動物の姿なら許せるが、これがリアルなニンゲンの造型だと、憎たらしさが増すだろう。会社で働き、買い物をし、家庭生活を営む「いきものたち」は、そこそこにコンプレックスを持ち完璧になりきれない私たちそのものだから。また、セリフ回しや場面展開が、本当にリアルにこの瞬間にどこかで起こっていそうな雰囲気なのもリアリティの妙だ。
 キャラクター造型も、非常に秀逸だと思う。普通の漫画、特にギャグマンガだと、過剰な表情や動きの表現は必須だ。感情の勢いやインパクトを、それで表す。が、本書は(というかフジモトさんの作品全般についてだが)、ほぼ均一な線と淡々とした最低限の表情や動きの表現でそれを完遂している。最後の話は一番ピークのシーンすらも、静かな筆致で異常な状態を描ききる。
 ウサギがたくさん出てくるが、本来のウサギは割と無表情で静か(不満を「足ダンッ!」で表すらしいが)だということが効いている。ちょっとした眉や口の変化で感情や状態を示す、それがまた上手いという、フジモトさんの巧みさがここに詰まっている。他の動物についても、キュートすぎずリアル過ぎず、でもちゃんとかわいい。シンプルだが、いつまでも見ていたくなる不思議なかわいさだ。
 最後の話が、本書の魅力のダイジェストになっている気がする。シュールの結末だとおそらく本当に核爆発が現実世界で起き、ハートフルの結末だとそもそもボタンは押されないだろう。ずるい終わり方ならマガオくんがボタンに指をかけるところで終わって「続きはあなたのご想像にお任せします」にするところだ。そのどれもにならず、きちんと自分の結末を描いている本書は、やっぱりすごい

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