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メキシコでドラゴンボールが成功した理由

メキシコで「ドラゴンボール」の人気が最も爆発したのは、97年から98年にかけてのことだ。露店ではキャラクターのイラストを加工したパネルや、フィギュア、Tシャツなど数多くの海賊版が売られ、町中にあふれかえり(メキシコでは正規品のほうが珍しかった)、劇場での舞台化や、映画も公開されるほどだった。

正確には覚えていないが、メキシコで同作品のテレビ放送が始まったのは、95年の後半で、地上波のテレビサ5チャンネルの1時間枠で、一度に2話づつ放送されていた。
当初夕方だった放送時間は、人気上昇に伴い夜8時からとなり、これが月曜から金曜日の週5日間、平日は毎日観ることができたのだ。

週に一度30分放送の日本に対し、メキシコでは1か月でだいたい日本の1年分が放送されることになり、とにかくものすごい勢いでドラゴンボールの映像が流された。
日本では「週刊少年ジャンプ」で原作を読んで、すでに先の展開を知っている視聴者も決して少数ではなかっただろう。
しかし先のストーリーを全く知らないメキシコの視聴者たちは、連ドラ(こちらもメキシコでは定番で、毎日夜放送されていた)と同じ感覚で、毎日ドキドキハラハラしながらドラゴンボールを楽しみにしていた。

ただこの放送ペースでは、1年半ほどで「ドラゴンボールZ」までの放送が全部終了してしまうことになる。
しかしそうならなかったのは、メキシコの放送スタイルによるものだ。現地では何話か話が進むと、また第1話に戻ることが多々あったのだ。

例えば1話から50話まで放送されたあと、前触れもなくまた1話から再放送が始まる。もう一度50話までいくと、ようやく51話以降に進むが、80話になったところでまた51話に戻るといった具合だ。ひどいときは80話からまた第1話に戻ったりすることもある。
作品後半に至っては、この流れが4~5回繰り返されることも珍しくなかった。

「今回はさすがに先に進むだろう」と思いテレビをつけるも、何度も見た前の話に戻った時の失望感は、日本では味わえない感覚だ。(カートゥーンネットワークなどではあったかもしれないが、メキシコでは地上波放送だったので)

こうした事態がおこるのは、作品用のストックが用意されていないからだ。

「ドラゴンボールZ」は日本では96年に放送が終了しているが、メキシコでは翻訳とアフレコが追いついていなかった。
当時はまずアメリカで英訳され放送されてから、メキシコにビデオが送られたと思われる。
アメリカ、メキシコでの放送当初、「かめはめ波」は「カメカメカ」、「ピッコロ大魔王」は「ピッコロダイマクウ」と共通している点が両国間の流通を示していると思うのは考えすぎだろうか?

「お前は日本人だから、この続きを知っているんだろう⁉頼むからどうなるか教えてくれ!」

このセリフを何度メキシコ人に言われたかわからない。

この「いつになったら先に進むんだ!」の無限ループにより、じらされた現地のファンのやきもき感は、日本のファンのそれ以上だった。
しかし翻訳が追いつかず、じらされることによって、ファンの期待する気持ちが大きくなり、人気に拍車をかける事態になったのは、誰も予想しなかった事態といっていいだろう。

ちなみに筆者は、ドラゴンボールがジャンプに連載中だった92年に日本を発っているが、メキシコで日本人中学生の家庭教師のバイトにつき、その子が日本から取り寄せていた少年ジャンプを借りていたため、先のストーリーを知っており、ちょっとした優越感に浸ることができた。

そしてこのループ現象は、アメリカでも全く同じようにおこっていたという。現在日本の新作アニメは、即翻訳され放送、配信という形が当たり前だが、当時の毎日放送されるが、新しいエピソードになかなか行きつかないという放送スタイルは、アメリカ大陸における日本アニメの定番だったようだ。

現地にいたぼくは作品の中期ぐらいまでは何度も見たため、内容もかなり覚えているが、終盤になるにしたがい視聴回数が減るので、そのへんの記憶は薄い。

海外で人気を博した90年代のもう一つの代表的日本アニメ、セーラームーン(最初のシリーズ)はテレビサのライバル局である、テレビアステカで放送されていた。
ドラゴンボール同様に平日毎日放送されたが、このテレビ局ではループ放送をしなかったため、ほんの数か月であっという間に放送が終了。地上波での再放送も記憶になく、少なくとも筆者がメキシコにいた07年まで、一般層にあまり知名度はなかったように思われる。(現在はネットの普及により、だいぶ事情は違っていると思うが)

どちらの作品も世界中の人を魅了するすばらしいストーリーとキャラクターを兼ね備えているだけに、偶然かもしれないが、放送形式の違いがメキシコにおける両作品の認知度を分けたのでは、と思えるのだ。





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