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鎌倉散歩 海棠を訪ねて 妙本寺~海蔵寺
妙本寺を後にして、段葛経由で海蔵寺へ向かお。
今日は暖かくてのど乾いた。休憩もしたいな。
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おお、ここは綺麗な橋。名前もきれい。
琴の音のように澄んだ松風が・・
川の水音に映え・・
聞く人の心を潤したと伝わる・・
琴弾橋だそう。
ひらひら舞う櫻にベストマッチ
あっという間に段葛。
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みんな写真撮ってる。
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まだ若木だけど、ゴージャス。
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「来てよかった」と、みんな笑顔。
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めちゃ、穴場でした。段葛を眺めるカウンター席からの光景。
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豊島屋洋菓子舗、お薦めです。
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元気回復した。歩くよ
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小町を横切ります。
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段葛の桜に別れを告げます。また来年ね。
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海蔵寺までのアプローチに枝垂桜。
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到着です。
海蔵寺
扇ガ谷の最奥にある深い緑に囲まれた臨済宗建長寺派の寺。もと真言宗で、1153(建長5)年、宗尊親王の命により、藤原仲能が本願主となって七堂伽藍が再建されました。しかし、1333(元弘3)年の鎌倉幕府滅亡の際、兵火によって七堂伽藍が焼失したため、1394(応永元)年に第二代鎌倉公方足利氏満の命により、上杉氏定が禅宗寺院として再建しました。開山は謡曲『殺生石』で有名な心昭空外(源翁禅師)で、以後扇ガ谷上杉氏に外護されました。1791(寛政3)年の境内図によると、主な伽藍配置は現在とほぼ同じで、塔頭七ヵ院とともに描かれています。
仏殿(薬師堂)は1775(安永5)年に浄智寺から移したもので、薬師像の顔を胎内に納めた薬師如来像(別名啼薬師)や十二神将像等が祀られています。
門前には底脱ノ井(鎌倉十井)、境内南の巌窟には十六ノ井があります。また、四季を通じて花が咲き、鎌倉有数の「花の寺」としても知られています。春のカイドウ、夏のノウゼンカズラ、初秋のハギ、初春のウメはとくに見ごたえがあります。
また、本堂裏手には非公開ではありますが、よく手入れされた回遊式庭園もあります。
【臨済宗建長寺派 扇谷山 海蔵禅寺】
鎌倉三十三観音第26番
鎌倉二十四地蔵第15番
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まだまだ五分咲きでしたが、抜けるような青空でした。
さわさわと心地よい風が吹き、今日も鶯が良い声を聴かせてくれました。
海蔵寺はちょっと特別な場所。何時間でもいられそう。
そこそこ訪れる人はいるものの、そんなに広くないので皆すぐに帰られます。
なので、長居して座っていても、気に留められません。
都会に近いわりには田舎の風情があって、気候の良いときにぼーっとすることができる場所、最高ですわ。
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海蔵寺は薬師堂も有名です。お参りしよ。
薬師堂内には薬師三尊像が安置されており、薬師如来坐像は、別名「啼薬師(なきやくし)」または「児護薬師(こもりやくし)」とも呼ばれ、胎内には土中から発掘されたという古い仏面が収められているそうです。この薬師如来坐像には不思議な伝説が伝わっています。
ある年のこと、寺の裏山から毎日なんとも悲しげな赤ん坊の泣き声が聞こえてくるので開山が行ってみると、泣き声は古ぼけた墓石の下から聞こえ、金色の光がもれ、輝いていたといいます。そこで開山が経を読み袈裟で墓石を覆ったところ泣き声はやみ、翌日そこを掘ってみると立派な薬師の御顔が出てきたため、新たに薬師如来坐像を建立し、それを胎内に納め祀ったのが現在の本尊といわれています。この伝説から「啼薬師」「児護薬師」と呼ばれるようになったそうで、子育てにご利益があると云われています。
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花の寺、海蔵寺でまったりしました。
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門前にある底脱ノ井を見て、海蔵寺に別れを告げる。
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石碑に「千代能がいただく桶の底脱けて、 水たまらねば月もやどらじ」とありました。これが、底脱の井と名前の由来。
深いね。今からでも遅くないかな。
土台をしっかりさせよ。
了
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