樹堂骨董店へようこそ26
七緒はあわてて社務所を飛び出して本殿の前、三人が消えた場所にやってきた。
何事もなかったように境内には参拝客の鳴らす鈴の音が響いている。おごそかな大晦日の空気になんら変化はない。
七緒は目を閉じた。
(三人の気配をたどれるかな…)
すぐにもののけ道を歩く那胡と、少し後から小林がそれを追いかけてゆくイメージが見えた。
七緒はそのまま急いで樹堂に走った。ガラス戸をあけるとレジにりんがいた。
「りんさん!」
「七緒ちゃん、いらっしゃい」
「今すぐイツキさんを呼べる?」
「いいわよ。ずいぶん急いでるのね?どうしたの?」
「那胡と流って人と一緒に、普通の人間がもののけ道に入っちゃったの」「…それはまずいわね。ちょっと待ってて」
普通の人間がもののけ道に入ってしまうと、どこへ出るかまったく見当がつかない。出れるならまだいい。永遠にもののけ道をさまよう場合もある。
りんは意識を集中させて頭の中で話しかけた。
(イツキさん、流さん…聞こえる?)
(なんだ、りん?)
すぐに反応したのは流だった。
(那胡さんと流さんを追って人間がもののけ道に迷い込んだわ。回収お願いします)
(…わかった)
りんは七緒を見るとにこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。流に連絡したから回収してくれる」
「ありがとう…」
七緒はいくらかホッとした。
「那胡…話の続きは人間を回収してからだ」
流は急にそう言った。
「人間?」
流は背後を振り返らずに指さした。那胡が振り返るとたしかに少し離れたところをこちらに向かってくる人影が見えた。
「あれって…昼間うちの店に来たお客さんだ…なんで??」
「おそらく…我々の近くにいたから空間の裂け目に一緒に吸い込まれたんだろう。那胡はここで待ってて」
そう言うとリュウは目の前でパッと消えた。
「流?」
周囲を見回すと、後ろの人影の前に流はもういた。ずいぶん離れているのに一瞬だった。
「お、おまえは誰だ」
目の前に急に現れた男に小林はあわてた。
「…」
流は無言で右手の人差し指を小林の額の前に出し、はじくような仕草をした。するとその瞬間に小林は意識を失ってその場に倒れた。流は小林を担ぐと那胡の前に戻って来た。
「なにしたの?」
「この場所と私の記憶を消した。地上に返しに行く」
そう言うと流は左手で那胡の手を引いた。
「…っ」
男の人と手をつなぐなんて…高校のキャンプファイヤー以来だ。流の手はひんやりしていたが、なぜかふんわりあったかい気がして那胡は引かれるまま流について行った。手をつなぐなんて、顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしいのにまったく嫌じゃなかった。