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映画「累」を観て感じた人間の欲望と恐怖心


今回は、映画「累」の感想をお送りする。

が、本題に入る前に、この感想文の構成について書きたい。

1.映画を一言で表すと
2.あらすじ
3.感想
4.こんな人にオススメ

の4項目で構成すると初回の投稿で言ったばかりだが、構成を変更したいと思う。
映画を一言で表した言葉は、タイトルに持っていき、あらすじ、感想のみをここに記していく。

「こんな人にオススメ」という項目も作っていたが、構成を検討するなかでそんなものは書かなくても、感想に魅力を感じた人は必然的に読みたいと思うはずだという考えに至った。
つまりは、文章力に自信がない自分への甘えの項目だったのだ。
これからは、私の感想を通して1人でもこの作品を見てみたいと思ってもらえるよう文章力を磨いていきたい。

では、ここから本題に入っていく。

1.あらすじ

伝説の女優の娘・淵累は卓越した演技力を持ちながら、自分の醜い外見にコンプレックスを抱いて生きてきた。彼女の母親は、キスした相手と顔を取り替えることが可能な謎めいた口紅を娘にのこす。一方、舞台女優の丹沢ニナは、容姿に恵まれながら芽が出ずにいた。やがて二人は出会い反発し合いながらも、互いの短所を補うために口紅の力を使うことにする。
https://movies.yahoo.co.jp/movie/363104/

2.感想


良心、善意にも人間の欲望は勝る

この映画を観て一番最初に出てきた感想だ。
当初は入れ替わることに罪悪感を抱いていた累(芳根京子)。
しかし、羽生田(はぶた)(浅野忠信)の言葉と周囲からの評価への高揚感から、次第にニナ(土屋太鳳)という人間を自分のものにしていく。

物語後半、長く眠りについたニナが目覚めたときには累は別人のように、いや、本物のニナであるかのような変貌ぶりを見せた。ニナも恐怖を見せたほどだ。

ラストは地を這ってでも舞台に立ち、圧巻の演技を見せる。

人間の欲望の強さに恐怖すら覚えた。


変わりたい、何者かになりたいという想い

一方で、変わりたいという想いには清々しさを覚えた。
比較するのもおこがましいが、変わりたい、こんな人生を送りたいと思うだけの自分に比べると、意思を持って行動する姿は学ぶところもあった。

だからと言って他人の人生を奪っていいものではないのはもちろんのことだが。

少なくとも行動しなければ何も変わらない、ということを改めて考えるきっかけにはなった。

侵食される恐怖

ニナサイドから見ると、どんどん累が自分の人生を我がものにしていく中でも、必死に抵抗する姿が印象に残っている。

また、傷のある累の顔で生きる劣等感もあっただろうが、それよりも自分の”ニナ”よりも累の”ニナ”のほうが評価されていることに対する劣等感が強いように感じた。

自分ではない自分が目の前で輝きを放つ。
そんな状況に、自分を失う恐怖が伺えた。



1人2役を演じたダブル主演女優の演技力

何よりもこの映画を通して私を魅了したのは、芳根京子・土屋太鳳の主演女優2人の演技力である。

それぞれが1人2役を演じていたが、入れ替わったあとも芳根京子が累を、土屋太鳳がニナを演じているかのごとく見事に演じ切っていた。

そこに浅野忠信、檀れいらベテラン俳優の演技がさらにエッセンスとなり、異様な雰囲気を奥深いものにしていた。


人間の本質をまざまざと見せられる本作品。
その独特の空気感を味わってみていかがだろうか。

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