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$認知症の母が描いた絵の中に「母」がいた

認知症の母が描いた絵の中に「母」がいた 安藤優子さんに聞く・中編




『週刊ダイヤモンド』4月9日・16日合併号の第一特集は「後悔しない『認知症』」です。大好きな母が壊れていく・・・。ジャーナリストの安藤優子氏が経験した認知症介護の日々は、誰の身にも降りかかり得るものです。皆がかかるかもしれないのが認知症という脳の病。親、家族がなったとしても焦らずに済む情報、「こうしておけば・・・」と後悔せずに済む情報を網羅しています。(ダイヤモンド編集部論説委員 小栗正嗣)

「自分は至って普通」だと
受診を拒んだ母が壊れていった

 「しっかり者で社交的だった母がなぜこうなってしまったのか」──。ジャーナリストの安藤優子氏が、多忙な日々の裏で、16年間にわたった実母の壮絶な認知症介護の日々を振り返る。


$安藤 優子(あんどう ゆうこ、1958年11月19日 - )は、日本ニュースキャスタージャーナリスト椙山女学園大学国際コミュニケーション学部客員教授。ウェーブ産経代表幹事。テイクシンク所属。千葉県市川市生まれ。身長は164.5cm血液型A型

経歴[編集]

市川市立八幡小学校千代田区立九段中学校卒業。1974年東京都立日比谷高等学校に入学。高校在学中、交換留学生としてアメリカ合衆国ミシガン州ハートランド高校へ留学。私立オークランド・カレッジを経て帰国し、上智大学外国語学部比較文化学科を卒業。

大学在学中はホテルウーマンを目指しており、再び留学してホテルマネジメント学を学ぶ費用捻出のため、渋谷のパルコエレベーターガールのアルバイトをしていた。そこで外国人客と堪能な英語で話をしていたところを、テレビ朝日のプロデューサーにスカウトされて報道に携わることとなり、1980年に同局の『BIG NEWS SHOW いま世界は』でデビュー。その後『TVスクープ』『ニュースステーション』『CNNデイウォッチ』などでリポーター、キャスターを務め、民放連賞、フィリピン政変のリポートでギャラクシー賞個人奨励賞を受賞する。大学を休学し仕事を続けた。

これと前後して、『全日本F2選手権』(TBSテレビ)のピットリポーターも務めており、その関係から映画『F2グランプリ』(1984年東宝)に本人役で出演している。当時コンビを組んでいたのが今宮純で、安藤が1994年のF1レースのパシフィックGPにゲスト出演した際、コンビ復活となった。

『ニュースステーション』降板後はテレビ出演を止め、28歳の時に大学へ復学したが、今度はフジテレビから声を掛けられ、1987年10月から『FNNスーパータイム』に出演。仕事と勉学を両立させ、1988年春に上智大学を卒業。1991年湾岸戦争では、日本人ジャーナリスト唯一となる現場取材を行った。1993年、かつてコンビを組んだ同番組初代メインキャスター逸見政孝葬儀をリポートし、生放送中に嗚咽した。その後、1994年4月から2000年3月まで、深夜枠の『ニュースJAPAN』にてメインキャスターを務める。

2000年4月3日からは『FNNスーパーニュース』のメインキャスターを務める。安藤が『スーパータイム』から『ニュースJAPAN』に移った1990年代半ばから苦戦していたフジテレビの夕方ニュース枠は、安藤の復帰から2年後、6年ぶりに視聴率1位に返り咲くことに成功した。安藤はインタビューで「報道は気取りがある」「見ている方に通じないのであれば完全な送り手のマスターベーションでしかない、 2013年12月2日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)の番組内で「ニュースに優劣はないので何やっても良いと思う。硬派なことだけやればいいという考えは上から目線すぎないか」と発言する等、報道番組のワイドショー化を肯定する発言をしている。また、2000年代頃からはメインキャスターを務める兼ね合いから取材現場に出向くことが極端に少なくなったが、安藤は自著など[要文献特定詳細情報]で「現場に行きたいが、自分が行ってしまった場合、東京のスタジオでニュースをさばく人がいなくなってしまうので、行かせてもらえない」との趣旨の発言をしている。

ハーバード大学大学院(ケネディスクール)の入学試験に合格したものの、フジテレビから約2年の休暇許可をもらえなかったため、2005年4月に上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻(博士前期課程)へ入学し、2008年3月修了。2013年9月、上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科グローバル社会専攻(博士後期課程)単位取得満期退学。博士論文を書き、博士号取得を目指した。その後、2019年3月に同研究科に提出された論文『国会における女性過少代表の分析—自民党の政治指向と女性認識の形成』により、同年9月「博士(グローバル社会研究)」の学位を取得した[6]

2015年3月27日で『スーパーニュース』が終了したことに伴って、翌週(30日)から『直撃LIVE グッディ!』(平日午後の情報番組)の総合司会を俳優高橋克実と共に担当。しかし、『グッディ!』が2020年9月25日放送分で終了したことに伴って、本人曰く「40年にわたる報道生活」と生放送番組を「卒業する」に至った[9]。なお、『グッディ!』の終了直後(同年9月30日)には、個人事務所であった有限会社エイアンドアソシエイツの解散を決議したことが官報に公告されている。

2023年4月1日椙山女学園大学客員教授に同日付で就任した。11月20日に、ネイルオブザイヤー2023を受賞した。
(ウィキペディアより引用・編集)





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