【第8話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2
2010年秋、ダンナがベーシストとして復活することになった。
無職になってから2年近く経っていた。
2年はそこそこ長いけれど、彼には音楽を続けてもらいたかった。
指が3本くらいなくなったのなら仕方がないけれど、今さら慣れない仕事をするよりも、自分に与えられた才能を使うべきだ。
昼間の仕事をしながら夜はクラブで演奏、というチョイスも、もちろんある。
けれども、几帳面で真面目な彼は、昼の仕事で全エネルギーを使い果たすに違いない。
そんなことよりも・・・
私が、彼に演奏して欲しいのだーーー!!
ラッキーなことに、私たちには子供もいない。
ふたりだけで地味に暮らしていくには、私の収入だけでどうにかなる。
こうなったら二人三脚だ!
私が金を稼いでいる間に、彼はここシアトルで、音楽で食えるように下地を作っていく!
ざっくりしているが、これ以上のアイデアはない!
とはいえ、思った以上に難しかった。
そもそもシアトルには、プロとして活躍しているミュージシャンがほとんどいない。
払いも少ないので、プロでいること事態、難しいのかもしれない。
アーティストに対するリスペクトも、シカゴとは少し違った。
シアトルでメンバーを見つけ、バンドを組み、場所を作り、お金を生み出す。
うーーーん・・・ミュージシャンである前に、ビジネスマンでなければならない。
この場合、一番力になるのは「人」だ!
しかし、ここはシアトルだ。
よそ者をなかなか受け入れないシアトルで、輪を広げることは簡単なことではない。
さらに、彼は他人を信用しない。
広がる輪も広がらない。
それ以上に、演奏できる人を見つけることが難しい。
シアトルの不思議(あくまでも個人的感想です) ⇩
どうすりゃいいんだーーー!!
このまま黙っていれば、シアトルでミュージシャンとして生きていくことができず、シカゴに帰れるかも・・・。
帰りたい!!
心の底から思っているのに、私の脳と体は勝手に動く。
「メンバーがおらんかったら、ひとりでカフェで弾いたら?
ここはシアトルやで。なんでもできる!」
事実、シアトルはそういう意味では非常にオープンだ。
彼のモチベーションをあげるために、彼の写真の入ったフライヤーを作った。
日程と場所を入れるだけのフライヤーを見せると、
「これは黒がええ・・・この字はこんなんがええ・・・」
彼がリクエストをする。
言われたとおりに作り変えると大喜び!
大喜びはしてくれたけれど、そこに日程が入る日は来なかった。
シアトルのカフェを知らない我々は、どこに営業をかければいいのかわからない。
言い訳にしかならないけれど、二人とも苦手な分野なのだ。
私は別のアイデアを提案する。
「ベースを教えたらええやん!」
「楽譜読まれへんもん」
「楽譜読める先生はいっぱいおる。
そんなんは読める先生に任せたらええねん。
私は音を拾って弾ける人の方がすごいと思う!
それに黒人のグルーブとかリズムとか、他の先生には教えられへんよ。
私やったら、シュガー・ブルーと演奏してきた人に教えてもらいたいなぁ。
夢みたいやん!」
「・・・そうやな。
ロック、レゲエ、ブルーズ、ファンクスタイル・・・スラッピング、プラッキング、タッピングとか・・・。
習いたい人がおったら教えられるで」
単語の意味はわからないが、これらの単語を入れたフライヤーを作った。
「このフライヤーを貼りに行こう!」
近所の大学やカフェに貼りに出動した。
ところが、一ヵ所貼ったら、
「これで十分」
・・・気が進まないのだろう。
演奏するのと教えるのとでは、随分違う。
実際、フライヤーを作った私も、気が進んでいなかった。
私も彼に先生をしてもらいたいわけではない。
しばらく待ったけれど、誰からも連絡はない。
当然だ。
素人のパッとしないフライヤーだし、一カ所しか貼ってないし、フォローアップもしていない。
連絡があった方がびっくりする。
彼は、私のアイデアに付き合ってくれたのだろう。
これまでミュージシャンとして生きてきた彼には、彼のやり方がある。
ジャムセッションでギグを取る。
アナログで、古い方法かもしれないけれど、彼にとってはそれが一番安心で、信用できるに違いない。
時々、ふらりとジャムセッションに出かけていた。
「俺が弾いたら、皆が”お~!!”ってびっくりして、喜んでくれるねん!」
元気に帰宅する。
「そうやろねー!良かったやん!」
けれども、仕事につながる気配はない。
こんなことを2年間続けていた我々のことを、神様は見捨てなかった!
「来週から毎週金曜日、ギグが入ったで」
やったーーー🎉🎉🎉🎉🎉
アル・ロウというギターリストのバンドだった。
金曜日、仕事を終え、猛ダッシュで帰宅した。
お洒落をして会場へ向かう。
場所は車で約10分、グラインダーズというイタリアン・ホットサンドウィッチのレストランだ。
店に入った瞬間、ここのオーナーは音楽が好きなんだ!と思った。
壁には、アーニー・バーンズっぽい絵が描かれていたからだ。
【参考:アーニー・バーンズ「ザ・シュガー・シャック」】
席につくと、すぐにショウが始まった。
好みはあると思うけれど、久々に上手いギターを聞いた。
アルは、ジミー・ヘンドリックスが大好きに違いない。
ショウが盛り上がってきた時に、アルが言った。
「シカゴのライブはこんなんや!」
彼もシカゴ出身だったんだ!
アルがシアトルに来たのは1990年代後半だ。
ウィリー・ディキソン、ステイプル・シンガーズ、ビル・ディキンズと演奏した経歴を持つ。
ダンナより少し年上だけれど、互いに存在くらいは知っていたのかもしれない。
きっかけは知らないけれど、アルはシアトルの平和に魅了されて、シカゴに戻れなくなったようだ。
ダンナの友人、ケニーもそうだ。
むむ・・・彼もそうなるのか・・・。
シカゴシックの私は、一抹の不安を感じる。
とはいえ、バンドは最高だった。
メンバーは全員黒人だ。
皆、どこに隠れていたの?という感じ。
特にサックスフォン兼キーボード担当のダックが素晴らしい。
私の英語力とは関係なく、何を言ってるのかさっぱりわからない。
ひと言話すたびに、
「フォッフォッフォ」
と笑う。
かなりドラッグをやっているようだ。
過去にはあちこちツアーにも行っていたようだけれど、今は車がないので、シアトル市内ですら仕事に行けない。
稼いだ金は、全部ドラッグに変わるので、車を買う余裕がないのだろう。
ダックが運転すると怖そうなので、これはこれでいいような気もする。
それにしてもいいプレイヤーだなぁ。
ドラムのジョンは、ドラムは普通だけれど、歌が上手い。
スティーヴィー・ワンダーのメドレーを歌ったけれど、声もスティーヴィーみたい。
パパは牧師で、彼も子供の頃からチャーチで歌っていたそうだ。
彼らのショウを観て思った。
シアトルにも弾けるミュージシャンはいるかも!
毎週金曜日が待ち遠しくなった。
シアトルに来てはじめて、希望の光を見た。
グラインダーズにはオーナーのミッチ、奥さんのグレイス、そしてミッチのママが働いていた。
客のほとんどは、オーナーと顔見知りだ。
彼らの目的は、サンドウィッチ、音楽、そして、ミッチやママに会うことだ。
みんながニコニコしていて、店の雰囲気がとてもいい。
オーナーが音楽好きで、ミュージシャンを大切にする店は、音楽を聞いていても気持ちがいい。
私はグラインダーズも、店の人たちも大好きになった。
中でもミッチのママは特別だ。
若い頃はプロのフィギュアスケーターだった彼女は、ラインストーンのTシャツを着て、腰にぶらさげたタオルを振り回して踊っていた。
毎週金曜日、彼女は私を見ると大喜びして、
「彼女はあのベーシストの嫁なのよ~!」
とダンナではなく、私を客に自慢した。
私は知らなかったけれど、ダンナには、
「ユミコを悲しませたら、私が許さん~!」
と言ってくれていたそうだ。
通常、ミュージシャンの嫁という理由だけで、特別扱いをする人が多い中、ママだけは私自身を見てくれた。
彼女は、グラインダーズに私の居場所をきちんと作ってくれた。
ところが、幸せはそうそう続かない。
ある時から、彼のベースと歌声が聞こえにくくなった。
彼のヴォリュームだけが絞られていた。
アルに何度言っても、その状況は変わらない。
ダンナのベースや歌を聞きに訪れる客が増えたことが原因らしい。
ジェラシーだ。
もちろん、彼とアルとの関係はぎくしゃくする。
そんなある日、アルがいつものようにショウを観に来ていた私にハグをし、首筋にキスをした。
その夜、帰宅すると、ダンナは怒り狂った。
「首筋なんて、一番センシティブなところにキスした!!」
怒りの根源は別のところにあると思うけれど、シカゴのリコにまで電話をして、叫んでいる。
ダンナには申し訳ないけれど、アルが首筋にキスをしたことすら、私は気付いていなかった。
「もうええよー。私はそんなに気にしてないし」
彼の気持ちを和らげようと思って言ったことだった。
「なんやとーーー!!
俺は、他人の嫁の首筋にキスなんて絶対にせえへんぞ!
お前はそんなことされて平気なんか!」
・・・どうやら、私は失敗したようだ。
アルに頼んでキスしてもらったわけではないけれど、怒りの矛先が私に変わってしまった。
翌金曜日、気を取り直してグラインダーズへ行った。
仲直りをして、平和を取り戻す・・・予定だったけれど、家に帰った途端、怒られた。
「お前はジョンが歌うときには踊って、俺が歌うときには石のようにじっとしてた!
こんな辱めにあったのは人生ではじめてや!!」
・・・うーん・・・。
この日、彼はカーティス・メイフィールドを歌った。
スティービー・ワンダーと比べられると、確かに体の動きは小さかったかもしれない。
けれども、「石」はないだろう・・・。
「お前はダンナよりも、他人のダンナを応援するんや!
お前みたいなひどい嫁、どこにもおらん!」
・・・あんまりだ!!!!!
もちろんブチ切れた。
「こんな我慢強い嫁はどこにもおらんのじゃー!
許したるから、そのへんにおる女で試して来い!!
私より我慢強い女がおったら連れて来いーーー!!」
と叫び、彼に女を探して来いと言っておきながら、なぜか私が家を飛び出した。
とはいえ、これは私にも問題がある。
自分の家族を自慢したり、褒めるアメリカ人に比べて、日本人は”謙虚”だ。
日本で育った私には、この違いを自覚して行動することが、意外と難しい。
ところが、黒人の彼にとって重要なことは”肯定””サポート”だ。
この国で、彼ら黒人は、一歩外に出ると不平等、虐待と戦わなければならない。
ゴミのように扱われる彼らの多くが、”自己肯定”と戦っている。
「黒人は美しい!」
「黒人は素晴らしい!」
彼らは、心が折れないように、自分たちに必死で言い聞かせる。
両親から褒められる経験を持たないダンナにとって、”自信を持つ”ことは簡単ではない。
私が褒めずに、誰が褒める!
もちろん、私はジョンよりも彼を応援している。
けれども、彼がそう感じなかった場合、私が意識して変えなければならない。
それからしばらくして、彼はアルのバンドをやめた。
彼は言った。
「俺は誰のことも信用せん。
お前のこともまだ信用してない。
ホンマに愛してるかどうかもわからん」
お、・・・これは間違いなく後退だ。
3歩進んで2歩下がる。ルン♬
がんばるぞー!!💪💪💪
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!