【第22話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2
*このストーリーは過去のお話(2010年~)です。
これまでのストーリーはこちら⇩
貧乏人の娯楽といえば散歩だ。
シカゴと違い、シアトルの気候はマイルドで、真冬でも散歩可能な気温だし、春になれば花盛り、夏は湿気もなく最高に気持ちがいい。
外の空気を吸うと、ダンナも心が晴れやかになるのか、色々な話をしてくれる。
散歩の途中、路上に駐車している、年代物のキャデラックやベンツを目にする。
車好きのダンナは大喜びだ。
「シカゴやったら、絶対盗まれる!少なくとも、タイヤかホイールキャップはなくなる。さすがシアトルや!」
ダンナは違う点でも感動する。
実際、私がシカゴで運転していたカローラのホイールキャップは、全部、見事に盗まれた。
彼は車を見ると、車種、車名、エンジンの大きさ、年代を教えてくれる。
この人の頭はどうなってるんだ?
車だけではなく、映画や音楽、あらゆるインフォメーションが入っている。
映画は台詞まで覚えていて、役者と共にセリフを言っている。
黒人版淀川長治さんだ。
運動神経、記憶力、創造力、色々な能力があるのに、私の前だけでしか発揮していないことがもったいない。
とはいえ、シカゴのサウスサイドやウェストサイド、ニューヨークやその他の貧しいエリアには、優秀な黒人が、いっぱい埋もれているに違いない。
話は戻る。
彼は、過去に10台近く車を乗り換えている。
貧乏人なのに???
と思ったけれど、修理をするお金がなくてご臨終、買った時点でご臨終間近、車を維持できないブラザーから破格の500ドルで購入、といった納得の理由だ。
ミュージシャンという職業柄、女が貸してくれた、買い与えてくれたこともあったようだ。
ただのボーイフレンドに車を買う女がいるんだ!と思ったけれど、喧嘩のたびに、
「愛せるようになるかわからん!」
と言われながらも、スッポンのように食いついている私も似たようなもんかもしれない。
彼が過去に買った車の中には、動かない車も入っている。
「真っ赤なレザーのインテリアの、ピカピカのキャデラックが100ドル!ビューティフル!しばらく家の前に停めててん」
男のロマンだ。
「家の前に停めてたら、盗まれたり、傷つけられたりせえへんの?」
常々思っていた私の疑問を投げかける。
「俺とショーンが近所で一番悪いねんで。俺らの物に手出す奴はおらん」
ショーンは、隣で暮らす彼のビッグブラザーだ。
ショーンだけは、他の年長の子供たちと同じように、彼のことを扱った。
盗んだお金の分配もイーヴンだ。
散歩の途中、ガレージのシャッターを開けっぱなしにしている家を見かける。
窓枠に鉄格子のはまったシカゴとは大違いだ。
「俺とショーンやったら、あの自転車を絶対に盗んでる」
ダンナは楽しそうに話す。
このような話を聞くたびに、彼の暗くて、どんよりとした幼少期のイメージが崩れていく。
ショーンのママは8人の子供を連れて、プロジェクトから脱出することに成功した。
働き者で、強く、逞しい、典型的な黒人のママだ。
プロジェクトを出ても、自分と子供たちを守るため、常に拳銃を携帯していた。
「彼女は絶対撃つぞ」
近所の人全員が、信じて疑わなかった。
一方、パパはいつも怒っていて、子供たちに暴力をふるった。
ある日、娘のモナは、暴力をふるおうとした彼の顔を、ナイフで十字に切りつけた。
「モナは怖いで~」
理解不可能な内容を、ダンナは楽しそうに話す。
この時モナは、”娘は俺を殺すかも・・・”という恐怖を父親に植え付けた。
そしてその日以降、パパは子供たちに手を出せなくなった。
「黒人女性は強い。強くないとあかんねん」
ダンナはいつも言う。
女性以上に厳しく、危険な社会で生き抜くために、黒人男性はさらなる強さを求められる。
黒人のママは、息子が喧嘩から逃げることを決して許さない。
ダンナは子供の頃、体も小さくて、細かった。
彼が、体の大きないじめっ子から逃げて、家に入ろうとした時のことだ。
ポーチに座っていたおばあちゃんが言った。
「Go back and fight(もう1回行って、戦って来い)!」
どんなにボコボコに殴られても、彼は戦い、「男」であることを示さなければならない。
喧嘩に勝つことではなく、恐怖に立ち向かう、精神的に強い「男」であることに対し、相手はリスペクトを示す。
小さかった彼が、自分の変化に気付いたのは、孤児院にいた頃だ。
ハウスメイトは仲良しだったけれど、敷地内の他の家で暮らす子供の中には、彼をターゲットにする者もいた。
ある日、隣家のリーダーが、彼に決闘を言い渡した。
「OK!」
嫌がらせにウンザリしていた彼は快諾した。
そして、少年の顔面にストレートを一発、ノックアウトで勝利した。
その威力に一番驚いたのは、彼だった。
その頃から、彼の身長はグングングングン伸び、筋トレにも精を出し、施設を出る頃には、たくましい青年になっていた。
近所で一番怖い兄ちゃんの誕生だ。
彼の話を聞きながら、「今」は大切だなぁと思う。
「今」が楽しい気分だったら、悲しい過去よりも、明るい過去を思い出す。
散歩をしている、ほんの1時間だけでも、不幸がてんこ盛りの彼の人生も、ケラケラ笑えるストーリーで満たされる。
逆に、喧嘩をしている時は、
「3歳のときに父親に捨てられて、母親も留守で、おばさんに虐められて、おじさんに殺されそうになって、息子は死んで・・・。
お前は嫁やのに、そんな俺の気持ちもわからんのかーーー!!!」
不幸がオンパレードの人生にフォーカスし、彼の心は果てしなく沈んでいく。
楽しい思い出にも、悲しい思い出にも、いつも”人”が関わっていることにも気付いた。
彼は、悲しい思い出が多すぎて、周りに彼を傷つける人が多すぎて、あるときから、バリアを張って、人を信用せずに生きてきた。
人と関わらなければ、底抜けの不幸はない。
けれども、人と関わらなければ、底抜けに楽しいことや、おもしろいことも起こらない。
そして、「楽しい今」がなければ、悲しい想い出から抜け出すことも簡単じゃない。
難しいなぁ。
ダンナはシアトルに来て、美しい自然を眺めながら、大切な息子の近くで暮らしている。
あからさまに人種差別をする人も、シアトルには少ない。
嫁はスッポンみたいに食らいついている。
優しい人や、彼のことを愛する人に囲まれて、少しずつ少しずつ、楽しい思い出に包まれる日が増えればいいなぁ。
なーんて優しいことを考える私に対し、ダンナは手厳しい。
私のパートナーは、元近所で一番怖い兄ちゃんだ。
そんな男と喧嘩をする。
腹も立つけど、厳しい言葉に泣きそうになることもある。
「黒人女性はそんなことで泣かへんのじゃっ!」
・・・この男は、大人しい日本人女性に何を求めてるんだ???
すっぽん嫁は、すっぽんでい続けるために、へこたれず、強く、たくましく、変身を遂げなければならない。
がんばるぞーっ!
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!