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職場の人たち

 前回、職場の老人ホームでコロナ激増中だと書いた。

その後も感染者はぐんぐん増え、3日間ほどキッチンがクローズになった。
キッチンで食事ができないので、我々ウェイトレスが、テイクアウト用のTo Go Boxに入った料理を、各部屋にお届けする。朝食を配るときに昼食の、昼食を配るときに、夕食のオーダーをとる仕組みだ。
ほとんどの方が、その日のスペシャルをオーダーするけれど、中にはその日のスペシャルが嫌いな人もいる。その人たちは、サンドウィッチやハンバーガー、サーモンやサラダなど、別のものを注文する。
「あなたは私たちに付いてきなさい」
「OK」
ヒスパニックのヴィーは、65歳は超えていると思う。この職場の古株だ。
「私はマスクをしないことに決めたの」
出勤初日、私に言ったヴィーだけれど、今は違う。
「私は糖尿病なのよ!感染したら重症化する可能性があるの。夫に移っても大変じゃない!」
しっかりマスクをしている。
コロナ感染者の部屋から出て来たナースが、食事を運んでいるワゴンに近付いたら、
「私のワゴンに触らないで!」
ナースを睨みつけた。
休憩時間になっても、「彼女には常識がない!」と怒っている。プリプリブリブリ怒りをふりまきながら、
「私は糖尿だから、こんなもの食べちゃいけないの。とっても危険なのよ!」
クラッカーにバターをたっぷり塗り、サンドウィッチにして食べている。スープはいつもあるし、野菜でも果物でも、なんでも勝手に食べられるのに、なぜ、それを選ぶのかはわからない。
 ヴィーは普段からニコリともしない。住民に対しても、意地悪ではないけれどクールだ。
「私はおしゃべりしたくないから、ドリンクとデザートサーヴィスが終わったら、裏で洗い物をします」
相手が新米であろうが、誰であろうが、彼女は意に介せず、とっとと洗い物に専念する。人と話すことが嫌いなのか、もしかしたら、英語だから話したくないのかもしれない。
無駄話をしないので、ヴィーのサーヴィスはとっても早い。ドリンクをガンガン注ぎ、デザートのアイスクリームをバンバン配り、裏に消えていく。
 おしゃべりはしたくないけれど、誰も話しかけないと機嫌が悪くなる。
「ヴィーが”誰も私に話しかけない。私はここでは必要とされてない”って、裏で文句言うてる」
ヴィッキーが教えてくれた。あまり気にしている様子はないので、たまにあることなのだろう。
 それでもヴィッキーは、ヴィーのことを「ビッグボス」と言って慕っている。
「ユミ、ここの住民はみんな白人やろ。白人は、親の面倒見ずに、老人ホームに放り込む。私たちのカルチャーにはないねん」
メキシカンのヴィッキーにとって、親はもちろん、目上の人を敬うことは絶対だ。そして、我々より上の世代で、移民のヴィーが、我々の知らない苦労をしていることも確かだ。少し難しいヴィーに対して、ヴィッキーが決して意見せず、常にリスペクト示す理由がわかった。

 さて、目上の人をリスペクトするヴィッキーだけれど、私は対象外らしい。
キッチンが再びオープンした日のことだ。
「ユミ!フルーツじゃなくて、アイスクリームを先に準備して!」
「ユミ!ヴィーが言ってたことを忘れたん?」
「ユミ!前かがみになって、話しかけるな!みんな、あんたのおっぱいを見てる!」
「ユミ!住民に近付きすぎ!もっと大きい声を出して!」
そんなことまで言われるの?と思うことまで注意された。
ヴィッキーの声は大きい。
「グッドモーニング、ダナ!今日のランチはチキンの照り焼きよ!」
部屋中に響き渡る声で、住民をエンターテインする。
素晴らしいと思う。けれども、私にはできない。もともと、エンターテイナーではないし、ヴィーほど大きな声が出ない。もうひとつは英語なので、丁寧に、正確に発音しないと通じないことがあるからだ。
椅子に座っている住民の横にしゃがんで、
「グッドモーニング。今日のランチはチキンの照り焼きだよ~」
と言いながら、紙に書いたメニューを見せる。
理由はわからないけれど、ヴィッキーには、私のやり方が気に入らないらしい。
「(知るか~)!!」
一応、心の中で叫んでおく。

 その日は、ヴィーにも散々指導された。
「私はあなたに言わなきゃいけないことがある。付いてきなさい」
マニュアルを書いた張り紙の前に連れていかれた。11時に出勤した私は、ドリンクとフルーツの準備をしなきゃいけないのに、洗い物をしたことが問題だったらしい。
「今、ここにいるウェイトレスを教育したのは私です。私を教育してくれる人はいなかった。私は全部自分で考えて、今のやり方を作り上げたの」
ゼロから作り出す大変さは私にもわかる。がんばったこともわかる。偉いとも思う。けれども、初11時出勤で、マニュアルが書かれた場所も教えられていない私が、彼女のやり方を知る術はない。
「洗い物よりフルーツを先に準備してって、言ってくれたらええやん!」またまた心の中で叫ぶ。洗い物が終わるまで放置して、注意する二人に対し、「なんだ、こいつら」とちょっとだけ思う。

 その日は、うんざりするほど二人に注意された。
とはいえ、二人はボス気質だ。私と教え方が違うだけで、彼女たちにとったら普通なのかもしれない。普通かもしれないけれど、あまりに次から次へと、「それって必要?」と思うことまで言われて、ニコリとする気が失せた。
ランチが終盤に近付いた頃、淡々と仕事をする私に、ヴィッキーがクックに対する愚痴を言ってきた。
「半分の量で作ってって言うてるのに、”できない!”て言うねん!」
「そうなんや」
「・・・私、もしかしたらユミに文句言い過ぎかも・・・」
「別にええけど」
そこから突然、ヴィッキーは注意をしなくなった。
あ~、これで終わった・・・と思ったけれど、翌日にはボス・ヴィッキーに戻った。どうやら、仕事が始まるとボス・ヴィッキーのスウィッチが入るらしい。
ヴィッキーとは違い、ビッグ・ボスのヴィーにスウィッチはない。どんな時も、休憩中でも彼女はビッグボスだ。

ちなみに、マネージャーのアンは、ボス感はないけれど、オフィシャルのボスだ。仕事も早い。住民の相手も上手い。
けれども、かなりテキトーだ。
「ユミ!人が足りないから3時から仕事してくれる?」
2時50分にテキストがきた。近いとはいえ、たとえ車があっても10分でたどり着けるとは思えない。
今は、フィリピンに子供たちを連れて、里帰りをしている。久しぶりの里帰りなのだろう、3日前から休みを取り、ヴァケーションに向けて、準備に入った。

 彼女が里帰りをする2日前、摩耗したディッシュウォッシャーの部品がポロリと落ちた。
「・・・(なんで私のときに壊れるねん・・・)」
アンにテキストをした。
「ディッシュウォッシャーの鉄の部品が外れたよ。まだ使えるけど、メインテナンスのアミアに修理の依頼してください」
「オッケー!サンキュー!」
ただちに返事がきたので、ひと安心。
ところが翌々日、出勤すると、ディッシュウォッシャーの扉が外れ、洗い物がシンクの中に積まれていた。
アンはアミアに連絡をせず、元気に旅立ったようだ。
ヴィーとヴィッキーに文句を言われるかと思ったけれど、
「メモだけ残してね」
と優しく言われた。彼女たちが、私の仕事でイラつくポイントがわからない。
「アンにすぐにテキストしてんけど・・・」
「アンにしてもムリや」

・・・誰に連絡するのが正解なんだろう・・・

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