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プロジェクト:見捨てられた人々

 「プロジェクト」とは、アメリカの低所得者層のために、市が提供する公団住宅だ。
 建設当初は喜ばれた。
 けれども、第二次世界大戦後の不況で、多くの住民が無職になった。
 仕事のある人は、プロジェクトから出て行き、無職の人が残り、ギャングが流れ込んだ。
 プロジェクトに取り残された住民の多くが黒人だ。
 
 そして、1980年代のクラック・コケインの到来だ。
 ドラッグは家庭から父親を奪い、ブラックコミュニティ、ブラックファミリーを崩壊した。

Robert Taylor Homes(ロバート・テイラー・ホームズ)


 シカゴ市住宅公団(CHA)は、1930年代後半から1960年代にかけて、29のプロジェクトを建設した。
 
 1962年、シカゴのサウスサイドに建設されたRobert Taylor Homes(ロバート・テイラー・ホームズ)は、世界最悪の場所と呼ばれていた時期がある。
 週末のわずか2日間で、300件のシューティングや、28件の殺人が報告されることもあった。
 
 約3キロに渡って立ち並ぶ、ロバート・テイラー・ホームズは、ハイウェイ沿いにあり、ドラッグビジネスに格好の場所だった。
 16階建てのビルディングが28棟、各棟に異なるギャングが存在した。
 4415部屋に、約2万5千人、95%が生活保護受給者だ。
 2万人近い子供に対し、貧困層をサポートするソーシャル・サービス・センターはたった2軒。
 周辺にビジネスはない。
 それにも関わらず、バスなどの交通機関サーヴィスは運航していない。
 シカゴ市は、このエリアに貧困層の黒人を詰め込み、放置した。

プロジェクトの違法ビジネス

 無職の彼らは生活保護を受けながら、ビルディング内でビジネスをする。
 彼ら住民を支配するのは、各棟のギャングリーダーだ。
 棟内でドラッグ売買、売春、車の修理や洗浄のビジネスをする場合、売上げの一部を、タックスとしてリーダーに支払わなければならない。
 その代償はプロテクションだ。
 例えば、客が金を払わない、客から暴力を受けるなどのトラブルがあれば、ギャングが始末をつけてくれる。
 もし、タックスを支払わなければ半殺しだ。
 半殺しにされても、救助が呼ばれることはない。

 違法ビジネスをするギャングは、常に警察を警戒している。 
 若手ギャングは、問題を起こす可能性のある、アルコールやドラッグ中毒者、不法占拠者(ビルディング内で生活するホームレス)を、24時間体制で監視する。

 不法占拠者も、ギャングに宿泊費を支払わなければならない。
 不法占拠も長くなると、廊下に並ぶ、冷蔵庫に、食品の保管が許される。
 もちろんレンタル料を支払う。

 これら冷蔵庫は、CHAの職員が、中古品を極秘に払い下げた品物だ。
 プロジェクトでは、公務員も小遣い稼ぎ。

 それ以上に稼いでいる人間が政治家だ。

 ドラッグ売買、売春、ギャンブル、不動産詐欺など、ギャングの違法ビジネスによる収入は、稼ぎが増えるほど、リスクも増える。
 金の流れと現金を隠蔽しなければならないからだ。
 まず、仲間の裏切りと強奪を警戒しなければならない。
 車を購入したら、履歴抹消のために、ディーラーを買収する。
 車や現金を守るために、セキュリティを雇う。
 大金を稼ぐトップクラスのギャングになると、セキュリティーですら信用できない。 
 そこで、彼らは政治家に寄付をする。
 年間1万ドルを寄付することにより、ギャングの集会場に警察は現れない。
 ギヴ&テイクだ。

プロジェクト、黒人、警察組織

 集会場には来ないけれど、プロジェクトに来る警察官はいる。
 
 1989年、ギャングとドラッグビジネスを取り締まり、住民の安全を確保するために、シカゴ住宅公社警察が結成された。
 その構成は、92%が男性、全体の80%が黒人だ。
 プロジェクト専門の警察ユニットは、ギャング同士の休戦、犯罪抑止を勧め、住民との信頼関係の修復した・・・とWikiには記載されている。

 けれども、これらは警察側、シカゴ市側から提供されたストーリーだ。 
 
 プロジェクトの若いギャングを、逮捕以外の方法でサポートする良い警察官も、もちろんいた。
 けれども、悪い警察官がいたことも事実だ。

 ギャングがパーティをしていると、私服で、銃を携帯した4、5人の警察官が現れる。
 彼らはギャングから、ジュエリーと現金を強奪して去っていく。
 
 ギャングの車を停車させ、彼らが持っているはずもない、給与明細の提示を求める。
 提示できなければ、その場で車、現金、ジュエリーを没収する。

 金を隠し持っている男の情報を得ると、金を巻き上げるために、男の部屋に殴り込む。
 
 車を盗んで生計を立てている男からは、犯罪を見逃す代わりに、”しょば代”を徴収する。
 ”しょば代”を払わなければ、半殺しの上、男のパートナーに、口による奉仕をさせる。

 これら警察官の行為に抵抗する者はいない。
 抵抗すれば、その場で殺されるか、牢屋行きだ。

 「ギャングは人殺しをして、警察官の10倍以上稼いでいる。
 彼らから現金を奪い、ジュエリーや車を没収し、警察内のオークションで売りさばいて、どこが悪い?」

 なるほど・・・と思わないではない。
 けれども、彼らを裁くのは警察官ではない。
 そもそもギャングになる以外、生きる道がない、この国のシステムに問題がある。

 そして、黒人に暴力を振るう警察官に人種は関係ない。
 殴る側の人種は変わっても、殴られる側の人種は変わらない。
 過去も現在も、黒人コミュニティが信用していないのは、”警察官”なのだ。

プロジェクトの女性たち

 プロジェクトはギャングが支配しているけれど、各家庭は、女性によって支えられている。
 プロジェクト内のビジネスは、売春、デイケア、ヘアカット、キッチンで作ったハンバーガーやスウィーツの販売などだ。
 年収は5千ドル(50万円)程度。
 パートタイムで白人の家政婦や、ダウンタウンで掃除の仕事を得る人もいる。
 けれども、彼女たちの生活は決して楽ではない。
 家賃が払えない時はCHAの職員と、子供のオムツ、食料、衣料費がない時はストアのオーナーと、生活保護で優遇してもらうために官僚と、身内の刑を軽減してもらうために、警察官と取引をする。
 彼女たちが差し出せるものは、体以外にない。

 危険なプロジェクトで、夫のいない家庭で、自分と子供を守るために、女性は常にナイフや銃を携帯している。

プロジェクトの男性たち

 とはいえ、プロジェクトで育った男性が家庭を持ち、家族を守ることは、我々が考えるほど簡単なことではない。 

 貧しいプロジェクトで、空腹を抱えた少年が、ゴールドのジュエリーをつけ、現金をちらつかせるギャングのリクルートを回避することは難しい。
 ギャングの誘いから、救ってくれるはずの父親はいない。
 周囲の大人も、ほとんどがギャングかアル中だ。
 ギャング以外で稼ぐ方法もない。
 仕事がなければ部屋は借りられない。
 部屋が借りられなければ女性の世話になるしかない。

 中にはギャングにならず、仕事を得て、パートナーと子供を授かる人もいる。
 けれども、二人の収入が一定のレベルを超え、生活保護の受給資格がなくなると、プロジェクトから追い出され、たちまち生活ができなくなる。
 プロジェクトでは、父親だけ別の場所で暮らしている家庭も少なくない。
 彼らは、家族を支え、妻や子供を守りたくても、守れない。
 
 生活保護は、受給者が貧困から抜け出せない、ギリギリの金額を支給する。
 社会のシステムは黒人家庭から父親を奪った。
 そして、父親としての役割を果たせない男性から、自信と自尊心を奪った。
 
 「僕には、ジェイルか殺されるか、この2つの可能性だけが常にある」

 10歳の少年の言葉だ。

プロジェクトの解体と改築

 現在、シカゴのプロジェクトは、そのすべてが取り壊し、改築され、多くが混合所得住宅となった。
 
 1995年、クリントン政権は、国内プロジェクトの取り壊しを計画した。
 ロバート・テイラー・ホームズは、その対象の上位だった。
 2万人以上の住民を、ミドルクラスが暮らすエリアへ移動させる計画だ。 
 彼らにも、レベルの高い教育、安全、就職のチャンスが与えられる!

 しかし、計画は”ニグロ除去”だった。

 取り壊しは1998年に開始したけれど、CHAに、住民の移住先を見つける経済的余裕などない。
 解体により、住民は自国で難民となった。
 親戚、知人を頼り、家族もバラバラになった。
 
 2007年、混合所得住宅「レジェンド・サウス」が完成した。
 住宅援助を得て、実際に戻ることができた住民は、10%未満だ。
 90%以上は、さらに治安の悪いゲトーに押し込まれる形になった。
 
 シカゴ市は、プロジェクトを取り壊し、白人のための新しい土地を手に入れた。

 ビジネス拠点、顧客、メンバーを失ったギャングリーダーは、他のギャングのテリトリーになっていない、ミドルクラスの黒人街でリクルートを開始した。

 プロジェクトの解体は、平和だったエリアを汚染していく結果となった。 

現在

 プロジェクトの住民は、さらに治安の悪いゲトーに放り込まれた。
 住民の数が増えたにも関わらず、そのエリアの学校、低所得者用の病院は、次々と閉鎖された。
 彼らは再び見捨てられた。

 プロジェクトがあった頃、シューティングは各棟のギャング同士のものだった。
 トラブルの主な原因は、金と女だ。
 喧嘩はフィストファイト。
 犯罪に変わりはないけれど、そこには男としてのルールがあった。
 900人以上殺された年もあったけれど、時間と場所、赤や青などのギャングカラーを身に着けていなければ、かなりの確率で、シューティングを回避できた。

 けれども、ここ数年は、無差別のシューティングが増えている。 
 バスケットをしている少年、乳母車を押している母親、窓際で遊んでいる子供、ギャングとは関係ない人々もターゲットになる。
 真昼間でも安心はできない。

 銃を手にした子供たちにルールはない。
 どれだけの人間を殺せるかが、彼らの名声となっているように思える。

 コロナ以降、その数はさらに増え、昨年は700件を超えた。
 けれども犯人は捕まらない。
 町の至るところにカメラがあるというのに、だ。

 住民は知っている。
 犯人は捕まらないのではなく、警察が犯人を捕まえない、ということを。

 この国が変化し始めていることは間違いない。

 社会から見捨てられた人々に、子供たちに、一日も早く変化が訪れることを願っています。

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 今回の記事の多くは、社会学者のスティール・ヴァンカテッシュが、ロバート・テイラー・ホームズで9年間リサーチして書き上げた、「Gang Leader for a Day」を参考にしています。
 日本語訳では、「ヤバい社会学」というタイトルで発売されています。
 警察でもギャングでもない、第三者の目から見たプロジェクトの様子は、興味深く、とても理解しやすくて、お勧めです。


最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!