まだまだ続く、会社との戦い。ボスはイエスマンが大好き♬
私は現在、シアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスとして働いている。
前回、職場の改善とグッドラックを願ったけれど、現状は悪い方向へ進んでいる。
これまでは、クックのアラーナとウェイトレスとの戦いだった。けれども、アラーナと戦っても、一向に解決する気配はない。
この問題は、マネージャーのベルナルドから、施設のトップ、ベッツィーまで報告するに至った。
ところが、ベルナルドはもちろん、ベッツィーも動く気配がない。我々ウェイトレスのリーダー、アンは、転職を覚悟で本社にいる友人、ジェイムスに報告した。
その後、ベッツィーがアンに言った。
「近いうちに変わるわよ」
私はこの言葉にちょっぴり期待を抱いた。けれども、ベッツィーがしたことは、現状の改善ではなく、目障りな従業員の解雇だった。
ベッツィーは、アンを辞めさせるために、新しいウェイトレスを採用した。
「あなたが仕事を見つけたと言ったから、代わりの人を採用した」
正しいことを主張し、本社に現状報告をするアンは、彼女にとっては邪魔な存在だ。
「アダムス・ファミリー」のモーティシアを彷彿させる風貌のベッツィーは、好きな従業員を昇格し、嫌いな従業員を辞職に追い込む作戦を実行中だ。
先日は、アクティヴィティ部のマネージャー、トレイシーがクビになった。色々な資格を持つトレイシーは、住民のためにエクササイズやパーティを企画する。どういう人かは知らないけれど、悪い噂を聞いたことはない。
クビになる少し前、トレイシーは、部下のジャックと口論をした。ジャックは、体は男だけれど、心は女だ。媚びることが得意なジャックは、ベッツィーのお気に入りだ。結果、トレイシーがクビになり、ジャックはマネージャーを飛び越えて、ディレクターに就任した。
さらに、先日開かれた従業員ミーティングで、ジャックは「4月に一番活躍した従業員賞」を獲得した。
「あなたはこの施設のために、できるすべてのことをしてくれたわ。言葉では言い表せない!本当にありがとう!」
ベッツィーは、祝福の言葉と共に、花束を進呈した。その花束を胸に抱え、ジャックは顔を真っ赤にし、体をクネクネして喜んだ。
隣に座っていたヴィッキーが、私に囁いた。
「なんで私じゃないねん!私の方が活躍してるし、私にはでっかいおっぱいがあるのに!」
おっぱいは関係ないけれど、住民投票をすれば、100対0でヴィッキーが勝利することは間違いない。
この様子だと、ベッツィーに言いなりになる、根性のない従業員が残り、住民のために戦う従業員は解雇されることになる。ヴィッキーの予想では、我々ふたりもそのターゲットに入る可能性があるらしい。
実にくだらない。
解雇は構わないけれど、アンやヴィッキーのような従業員がいなくなると、住民がかわいそうだ。
かわいそうといえば、パティに続き、次々と住民がメモリーケアに移動させられている。
メモリーケアは、アルツハイマーなど、独居が困難になった老人が移される場所だ。メモリーケアに持ち込める物は限られている。部屋の壁も真っ白だ。ここで暮らす老人は、皆、ぼんやりと椅子に座って1日を過ごす。
ぼんやりとしているからメモリーケアに行く、というよりも、メモリーケアへ行ったから、ぼんやりになったと言う方が正しい気がする。
パティは、夫のジョージを亡くして悲しみに暮れていたけれど、頭はクリアだ。車椅子だけれど、車椅子で生活する住民は他にもいる。パティが移された理由は、彼女の子供たちがそれを願ったからだ。
キムも、メモリーケアへ移された。脳梗塞で左半身が付随になったキムは、65歳だけれど、とても老けている。これまで韓国人だと思っていたけれど、ある時、おしゃべりをしたらベトナム人だった。
その時のおしゃべりで、キムは、バスドライヴァーをしていたことがわかった。大学専属のドライヴァーで、オフィスワークもこなしていた。長時間のハードワークを35年間続け、ベトナムで暮らす家族を、アメリカに呼び寄せたという話だ。
朝食は、固焼きの目玉焼き、イングリッシュマフィンとベーコンだ。自分でサンドウィッチを作って、少しずつゆっくり食す。ドリンクは、クランベリージュースと、コーヒーだ。ヘーゼルナッツ・フレイヴァーのコーヒークリームを山ほど入れるので、コーヒーの味がするのかどうかは不明だ。
ある日、キムの様子がおかしかった。車椅子の肘置きから左肘がずり落ち、体が大きく左に傾いている。バランスが取れないようだ。話しかけても上の空だ。
その日の夜、仕事を終えて帰ろうとしたら、5人の消防士が正面玄関を叩いていた。大急ぎでロックを開けると、彼らはキムの部屋へ向かった。
左に重心が傾き、車椅子が倒れたらしい。キムの左の顔は、目が開けられないくらい腫れ上がっていた。
翌日は、普通通り会話をしていたけれど、少しずつ症状が悪化しているのだろう。メモリーケアへ移されることになった。
「キムはずっと泣いてたの。彼女の部屋から、『行きたくないよ~』という泣き声がずっと聞こえてたのよ」
キムの隣の部屋のヴァージニアが話していた。
ダナは、春になって体内時計が狂ったらしい。早朝からパジャマ姿で、コーヒーを求めてキッチンに入ってくるようになった。1年前にご主人を亡くした彼女は、普通にしているけれど、寂しさと戦っていたのだろう。何を言ったかは忘れたけれど、ダナを笑わせたときに、
「笑わせてくれてありがとう」
こう言われたことがある。
朝食はフレンチトースト、スクランブルエッグとベーコンだ。自分で決められないので、ウェイトレスはこの3品を勝手に注文する。コーヒーが大好きで、朝、昼、晩、いつもコーヒーを飲んでいる。
ダナは、体内時計が狂っただけではなかった。引越しをすると言って、部屋の中をぐちゃぐちゃにしたり、ふらりと施設から出て行くようになった。しばらくは、パーソナルの介護人を付けていたけれど、結局、メモリーケアへ移されることになったらしい。
メモリーケアの扉は暗号式だ。扉の横に暗号を解く文章が書かれている。文章を理解できない限り、中から出られない仕組みだ。
施設を脱出したのはダナだけではない。ジョーンははるか離れたショッピングモールで発見されたらしい。
ジョーンは、さっさと歩くし、肉体的にはなんの問題もない。いつも隣人のメリリンの後を追い、メリリンの横にいる。どうやら女性が好きらしい。
毎食、飲み物はグアヴァジュースだ。食事はメリリンと同じものを注文する。アイスクリームが大好きで、トッピングのチョコレートソースを山盛りかけてあげると大喜びする。
ある日、ジョーンは施設脱出を試みた。深夜から起き出し、早朝出勤した従業員が扉を開けた瞬間に、猛ダッシュで飛び出した。体も大きく、元気なジョーンを、男性従業員が羽交い絞めにして引き留めたらしい。モールで発見されたのは、それから数日後だ。
ジョーンにもパーソナルの介護人が付いた。いつも一緒におしゃべりしてくれる女性がいるので、楽しそうだったけれど、結局メモリケアへ移された。
脱走の原因はわからないけれど、ジョーンはきちんと会話もできる。彼女が、メモリーケアの住民と暮らすことは不可能だ。扉の暗号も、あっと言う間に解読し、悠々とメモリーケアを抜け出した。これにより、暗号を書いた紙が撤去された。
暗号が撤去されてもジョーンはあきらめない。従業員が扉を開けた瞬間、
「行け!!」
膝が曲げられず、ちょこちょこ歩きしかできないダナを激しく押したらしい。ジョーンはこちら側に戻る予定だ。
おっぱいとグアヴァジュース、タバコが大好きなボブも、メモリーケアに移された。
ボブの朝ごはんは、コーヒー、グアヴァジュース、黄身がトロトロの目玉焼き、ソーセージとイングリッシュマフィンだ。昼食と夕食のスペシャルメニューはほとんど食べず、ホットドッグか、シリアルを食べていた。
まともな食事は朝食のみ、グアヴァジュースとタバコだけで、体が構成されていたボブは、ついにまだら呆けになってしまった。うんこをパンツに入れたまま食事に来たり、ズボンのスナップを止め忘れて、ダイニングルームで下半身丸出しになったり、おしっこまみれのパジャマを着て、食事に来たこともあった。
雨の日も、風の日も、10分置きに椅子から立ち上がり、歩行器を押してタバコを吸いに外へ出る。部屋とダイニングルームと喫煙所を、ずーっと往復していたボブがメモリーケアに入れられた。
「また明日ね!」
「君がそう言うなら、きっとそうなんやろうな」
ボブとの最後の会話だ。
歩き回る場所も、喫煙所もなくなったボブはどうしてるのかな?
先日、メモリーケアに食事を届けたとき、介護士の隣にいたパティが私に手を振った。近付いて再会を喜びたかったけれど、メモリーケアに入った人が、以前のことを思い出すようなことをしてはならない。パティに手を振って、静かに部屋を出た。
キムとダナは、ほんの少しだけ、以前の住民と面会できる機会があった。ものすごく喜んでいた。
まだまだ普通に会話のできる彼女たちが、メモリーケアへ行くのはどうなんだろう?ちょっとだけ思う。
とはいえ、会社は住民の安全を一番に考えなければならない。出歩いて、事故にでも遭ったら、ただちに訴訟になるだろう。
さらに、一般の住民のお家賃は毎月4千ドルだけれど、メモリーケアの場合は1万ドルだ。家族の承諾があれば、メモリーケアに入ってもらう方が、会社としては有難い。
ドリスの娘は、メモリーケアへの移動を拒否し続けている。値段のこともあるけれど、メモリーケアに入った途端、ドリスは彼女のことを忘れてしまう可能性が高い。
歩き回るボブは、時々メラトニンを処方されて、ダイニングルームで食事もせずに、眠りこけていることがあった。
ナースは食事のたびに、糖尿病や高血圧など、持病のある住民のために薬を持ってくる。会社は住民の安全(?)のために、メラトニンを処方することもできるのだ。
メモリーケアへの移動も、薬の処方も、安全を重視する結果だ。住民の面倒を看れない私がとやかく言うことではない。
せめて、食事のときだけは、他の住民とおしゃべりしながら、美味しい料理を食べてもらいたい。食事は、彼らに残された、数少ない楽しみのひとつなのだ。
ところが!住民が楽しく、美味しく食事ができる環境を作るために戦うアンを、べッツィーは辞めさせようとしている。
アンのような従業員を切り捨て、自分の言うことを聞く、ジャックのような従業員をキープする。ベッツィーは、イエスマンだけで固めたいらしい。最悪のパターンだ。
先日、直接話を聞きに来た、本社のジェイムスは、1か月以内に行動を起こすと言った。
「俺を信用しろ」
アンとヴィッキーは信用すると言ったけれど、彼のことを知らない私は、あんまり信用していない。
私の予想がはずれることを願っている。
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