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【シリーズ第56回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。

 洗濯物を、乾燥機にうつすために、アパートのランドリールームへ行った。 
 洗濯機の蓋を開けると、脱水の途中で止まったらしく、衣類がびちゃびちゃのままだった。

 アパートも古いけれど、洗濯機や乾燥機も古い。
 今回のように、洗濯の途中で止まることは珍しくない。
 お金を入れてもビクともしないこともある。
 トラブルのたびに、メインテナンスのチャールズに電話をした。

 季節は夏で、外は明るかったけれど、すでに夜の8時だ。
 夕食を終えて、ゆっくりしているであろうチャールズを呼び出すことに、少し躊躇した。
 余分に小銭を持っていたら、とりあえず他の洗濯機に移して、その場をしのぐ。
 けれども、手元には、乾燥機に必要な小銭しか残っていない。
 この時間から、両替だけのために、近所のガソリンスタンドまで行くのもなんだかな・・・という感じ。

 「・・・ま、いいか・・・」

 嫌なら、電話に出ないだろう。
 携帯を手に取った。

 *チャールズが24時間営業ではないことが発覚した事件⇩

 予想に反し、チャールズはすぐに出た。

 「洗濯機が途中で止まってんけど、来てくれるー?」

 ・・・沈黙。

 「どこにおるん?」

 ???
 沈黙もわからないけれど、質問の内容も不思議だ。
 洗濯機といえば、ランドリールームしかない。
 私の説明が悪いのか?
 発音に気をつけながら、同じセリフをゆっくりと繰り返す。

 あーーーっ!!!わかったーーー!!!

 私が電話をしたのは、別人のチャールズだーーー!!!

 彼は、ベーシストのチャールズ・マックだ。
 幼少期をシカゴで暮らした後、ワシントン州のシアトルへ移転。
 陸軍、海軍軍楽隊で、国内、国外で演奏した後、シカゴに戻ってきた、と聞いている。
 シカゴに戻ってきてすぐに、ラッキー・ピーターソンに誘われて、ツアーに出ている。
 オーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、ココ・テイラーなど、ブルースレジェンドと共にプレイをし、2006年には、ブルース・ハーモニカのレジェンド、”スーパーハープ”の愛称で知られる、ジェイムズ・コットンのバンドで来日した。 

 ジェイムズ・コットン(1935-2017)といえば、ハウリン・ウルフ、そしてマディ・ウォーターズのバンドでキャリアを積んだ人物。
 シカゴ黄金期を知る、レジェンドだ。
 
 そんなレジェンドとの日本ツアーで、チャールズは、かなり楽しい経験をしたに違いない。
 ”日本人女性”を好きになったらしい。 
 彼にはじめて会ったのは、キングストン・マインズだ。
 私を見た瞬間、日本人だと気付き、すっ飛んできた。
 子熊のようにかわいい顔をしたチャールズは、片言の日本語で話しかけてきたかと思うと、私の手をとり、ダンスフロアへ向かって走り出した。
 そして、散々踊った挙句、私を楽屋に拉致した。

 といっても、子熊チャールズは良い人だった。
 個室の楽屋に連れ込んでも何もせず、日本の食べ物や、日本人について、目をキラキラさせながら話し続けた。
 こんな人懐こい、屈託のない笑顔の黒人の大人は見たことがない。
 子熊顔がそう思わせたのかもしれないけれど、とても印象的だった。
 とはいえ、彼の目的は”日本人女性”だ。
 きっちり私から携帯を奪い、自分の電話番号を登録した。
 
 その時の電話番号が、携帯に残っていたらしい。
 今回、私はその番号を押し、子熊チャールズに、

 「洗濯機が壊れたから来て」

 と頼んだようだ。
 相手がメインテナンスのチャールズではなく、子熊チャールズだと気付いた私は、大笑いしながら謝罪した。
 こっちは大笑いだけれど、彼には、なんのことだか、さっぱりわからない。
 困っていると思ったのだろう、

 「今からチコの家に行くから、そのついでに行けるけど・・・」

 積極的ではないが、救助のオファーをしてくれた。
 チコの家は、私のアパートから10分と離れていない。
 ついでに立ち寄れる距離ではある。
 とはいえ、来て頂いたところで、彼にできることといえば、私に小銭を恵むくらいだ。
 彼の好意にお礼を言い、電話を切った。

子熊のようなチャールズ・マック

 チャールズからは、その後何度か、
 
 「俺のバンドで〇〇に出演するから、遊びにおいでー」
 
 と、ライヴのお誘いの連絡を頂いた。

 ある日、彼がキングストン・マインズに出演するというので、観に行くことにした。
 チャールズは歌とベースだ。
 なるほど、彼がジャズ、R&B、ソウル、ヒップホップが好きだと言うのが、わかる気がした。 

 「俺、あいつのプレイ好きやねん」

 いつの間にか、リンジー・アレキサンダーが隣にいた。
 子熊チャールスは、皆に可愛がられているんだろうなと思った。

 次に、彼からかかってきた電話は、びっくりするほど暗かった。

 「どないしたんっ!?!?!?」

 特別親しいわけでもなく、理解するかどうかもわからない私に、彼は何を期待して電話をしているんだ?

 べっこんべっこんに落ち込んだチャールズが言った。

 「ゆみこと彼は、なんで別れへんの?
 どうやったら、そんなに続くの?」

 「・・・・・」

 私に恋愛相談をする人がいるとは思わなかった。
 しかも、英語で。

 どうやら彼は、日本人のガールフレンドと別れたらしい。
 日本人女性と黒人ミュージシャン、条件は同じなのに、なぜ一方は続き、他方は続かないのか、という質問だ。

 そんなもん、わかるはずがない。

 とはいえ、私たちの場合、答えは簡単だ。
 
 「私たちはルームメイトだから、別れようがないんだよ」

 事実だけれど、これを言うと、余計にややこしい。 

 「さぁ・・・わからんわ」

 彼の質問は理解できたけれど、なーんの助けにもならなかった。

 それからしばらくして、彼はシアトルに戻った。
 シアトルには日本人も多いし、きっといいこともあるだろう。

 チャールズとは、会ったのも、電話をしたのも、ほんの数回だけだったけれど、なんだか同級生みたいだった。
 私にとっては楽しい思い出です🎵 

 
 数年前のチャールズ・マックのビデオ⇩
 シアトル、シカゴ、コロラド、アリゾナ、彼は住居がよく変わるのでわかりませんが、シアトルではない・・・と思う。
 子熊も老けたけど、面影は残っている。


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