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【シリーズ第30回:36歳でアメリカへ移住した女の話】

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 前回の話はこちら↓

 アパートで暮らし始めて数か月が経った頃、突然、停電になった。

 電気代を払っていなかったからだ。

 というよりも契約をしていなかった。

 今回の停電のおかげ(?)で、その事実が発覚し、無事に契約完了!

 とはいえ、無断で電気を使い続けた罰か、電気復活まで2日間を要した。

 エアコンは買ったのに、エアコンが使えない。

 しかしこの件も、廊下のコンセントを使わせてもらえるよう、彼がマネージャーに頼んでくれた。

 エアコンは稼働し続け、蒸し風呂生活をせずにすんだ。

 ありがたい限りである。


 さて、ムチ打ちの痛みも楽になり、電気も普通に使えるようになったある日のことだ。
 キングストン・マインズに出演している彼から電話がかかってきた。

 「部屋に財布落ちてない?」

 探してあげたいけれど、私はダウンタウンで開催されている、ジャズフェスティヴァルを観に来ていた。

 「外におるからわからん」

 「わかった」

 20分後、

 「今、どこ?」

 「・・・ダウンタウン」

 「わかった」

 20分後、

 「今、どこ?」

 「・・・」

 こう頻繁にかかってくるからには、かなり困っているに違いない。
 お世話になりっぱなしの彼のために、帰宅することにした。

 家に戻り、捜索開始。
 狭い部屋だし、彼が使う場所は限られている。

 「ないよー」

 「ソファの下は?・・・ズボンのポケットは?・・・ベッドの下は?・・・」

 言われた場所を再び探す。

 「ありません」

 20分後、

 「ソファの下、ちゃんと見た?・・・ベッドのマットレスの間は?・・・」

 かかってくるたびに探すけれど、ないものはない。

 あまり何度もかかってくるので、

 「いくら入ってたん?」

 と聞いてみた。

 「百ドル」

 なーんだ・・・

 何度も同じ場所を探していたこともあり、ついつい思ってしまった。

 実際、百ドルなら、どうにかできる金額だ。
 金額よりも、免許証の再発行の方が面倒くさいな・・・と思った。


 しか~し!!!


 彼は、私の”な~んだ”という感情を読み取ったらしい。

 電話の向こうで、彼の機嫌がみるみる悪くなるのがわかった。 

 ・・・電話で良かった。

 午前5時頃、彼が帰宅した。

 「財布、見つかった?」

 「・・・ノー・・・」

 こーわーいーぞーーー・・・。

 

 次の瞬間・・・



 「ふぁーーーーーーーーーっく!!!」



 げんこつで壁を殴った。

 これは、尋常な怒りではない。

 声をかけてあげたいけれど、彼は私の”な~んだ”という態度に激怒している。
 私の言葉に癒されるとは思えない。

 関西弁なら、

 「ごめんごめん!気晴らしに美味しいもんでも食べに行こ!」

 と言えるのになぁ・・・。

 結局、何もできず、何も言えないまま、そ~っと、彼の怒りがおさまるのを待った。


 少し落ち着いた頃に話を聞いてみた。

 財布の中身は百ドルではなく、7百ドルだった。

 またまた聞き間違えだ・・・。

 7百ドルは確かに悔しい。

 さらに!!! 7百ドルは、彼の全財産だった!!!


 うーーーーーん・・・確かにお先真っ暗だ。 

またまた聞き間違えました

 私も大阪でひとり暮らしをしていた頃、5百円で週末を乗り切らなければならなかったことがある。
 5百円で食料を買うか、たばこを買うか迷い、たばこにした結果、自動販売機にお金を食われて終了。
 あまりの悔しさに、自動販売機を蹴ったと記憶する。

 私は週が明ければ、お金が入る予定があったけれど、彼にはない。
 私は自分が選択して5百円を失ったけれど、彼の場合は財布を盗まれた。
 後に知ったことだけれど、盗んだ犯人は、同じミュージシャンだった。
 確証はないけれど、彼にジェラシーを抱く、あるミュージシャンの嫌がらせだと、彼は確信しているらしい。
 

 そりゃ、壁も殴る。


 この後、彼がどうしたのかは知らない。

 しばらくの間は、冷蔵庫に、食料を余分に入れておいたけれど、お金については一切聞かなかった。

 「金貸して」

 とも言われなかった。
 
 免許証も、再発行したらしく、すぐに通常の生活に戻っていた。


 この日まで、私は彼が金持ちか、貧乏かなんて、考えたこともなかった。 
 私が寝たきりの間、彼は毎日のように、ぶどうやアイスクリームを買ってきてくれた。
 折半にしている家賃や光熱費も、毎月きちんと払ってくれる。
 ジミー・ジョンソンのバンドでツアーへ行くし、仕事も、ほぼ毎日ある。 

 金持ちでないにしても、全財産が7百ドルとは思ってもみなかった。

 そして、全財産を財布に入れて持ち歩いていたことにも驚いた。

 きっと、私の部屋に現金を置いておくことが不安だったんだろうなぁ。

 留守中に泥棒が入る可能性を考えたかもしれない。

 私が泥棒になる可能性も考えたはずだ。

 それくらい、我々はお互いになーんにも知らなかった。

 コネクションも一切感じていなかった。

 とはいえ、彼のことをもっと知って、強くつながりたい!という欲求もなかった。
 なるようにしかならない。

 ただ、この暮らしを変えようと思ったこともない。
 私には、彼はいい人だという、確信に近いものがあった。


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