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きしかり

小学校中学年の頃(1985~1987)、私の周りでは“きしかり”という遊びが流行った。昔からあるゴム飛びの一種で主に女の子の遊びだ。その頃の世間的なブームというわけではなく、現在70手前の私の母も親しんでいた遊びだった。当時の子どもの母世代から静かに引き継がれ、全国的に広まっていた。小学校では大体女の子は中学年くらいからきしかりを始めて、6年生になる頃には飽きて誰もしなくなるという感じだった。

長いゴムの輪(輪ゴムをつなげるのと白いひも状のゴムの2パターンあり、白い方はいわゆる「パンツのゴム」だった)を2本どり(1本どりのパターンもある)してその上をステップを踏み、引っかかったらゲームオーバーという単純な遊びだ。ぱっと見バンブーダンスに似ている。
2本どりの場合は最低3人は必要だ。2人の脚にゴムを引っかけ、残りの1人がプレイする。もちろんプレイヤーは交代制だ。
1本どりならテーブルの脚にでも結びつければ1人でも遊べる。ゴムの高さを上げていくことで難易度が増す。

飛ぶ人はゴムのまたぎ方を選べる。駆け足するようにステップしながらまたぐか、軸足をホッピングしながらまたぐか、軸足を固定させてまたぐか。固定を選ぶと、軸足を少しでも動かしてはいけないというルールがあるのでゴム担当の2人がじーっと監視する。
飛び方も、ひざを後ろに曲げるかひざを伸ばして前に高く上げるかの2種類ある。ゴムの高さは地面からスタートして腰や脇くらいまで上げていくが、低い位置では“後ろ飛び”、高くなると“軸足ホッピングで前飛び”が向いている。意外とパンツは見えない。余談だがきしかりで最高の飛びをしたいがために、気合の入った日はパンツが見えないようブルマ(うわ~)を履くという淑女の嗜み(?)もあった。
ゲームの一番初めの地面にゴムをくっつけた状態では、『足の裏でゴムを踏んではいけない』というルールにのっとり、軸足を固定させてつま先でゴムをすくいながら行うテクニックもあった。反対に高い位置ではスカートをゴムにかけながらするアドバンテージが認められていたし、片手でゴムを下げながらサポートするというやり方もOKだった。

そしてこの遊びには“歌”という欠かせない要素がある。歌いながらゴムを飛ぶのだ。音楽的要素と肉体的要素の融合だ。バレエか新体操か(大げさ)。
うちの地域では、

『きんし輝く日本(にっぽん)の
アメリカフランスヨーロッパ
パッパッパ~の三百年
それで一千六百年
きしかりの
鐘が鳴りますキンコンカン』

という歌詞だった。
この記事を書くために調べてみるとこれが全国的に正しい歌詞のようだが、私の友達周辺では「きんし輝く」の部分が「きしかり」になっていて、歌いだしは
「きーしかーり日本の~♪」だった。
おそらくどこかで伝言ゲームのミス的なことが起こったようだが、そもそもこの遊びじたい地域や年代によって様々なバリエーションがあったようだ。

意味不明な歌詞については、1940年に作曲された“奉祝国民歌”がもとになっていて、「きんし」とは日本書紀に記述のある金色のトビ=金鵄(きんし)であること、「鐘が鳴りますキンコンカン」は、昭和20年代のNHKラジオドラマ主題歌から引用されたものということがわかっているようだ。戦後7年に生まれた母がこの遊びをしていたことからも、その時代背景がうかがわれる。
詳しい解明はネットに答えがあるかもしれないので、興味のある方は探っていただきたい。

モノに溢れた令和にきしかりをしている子どもはもういないかもしれない。でも、ただのゴム一つでここまでバリエーションに富んだ遊び方ができることに奥深い豊かさを感じる。

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