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駿台予備学校の思い出 ~ゲンロン「予備校文化(人文系)を「哲学」する」に寄せて~

GW休みを利用して、5/3(金)にゲンロンの「予備校文化(人文系)を「哲学」する」を現地まで見に行きました。

ゲンロンカフェには初めて行ったのですが、想像していたよりもこじんまりとしていて(アジトな感じで)よかったです。

五反田の雑居ビルの6階に入ってました
過去の登壇者のサインだろう。僕でも知っている有名人もいる。
奥が動画編集者のスペース

登壇者は、哲学者の入不二基義先生、駿台国語科霜栄先生、駿台英語科大島保彦先生の三名でした。

限界まで観客を入れていたようで、人口密度が結構高かったです。

イベントを聞きながら、(イベントの内容とは直接マッチしない)自分の予備校時代や大学時代を思い出したりして、懐かしかったです。


1.駿台予備学校(関西)

僕も高校2年から駿台に通っていたのですが、関西在住だったので霜先生や大島先生は名前は知っていても授業を受ける機会がなかったです。

当時(10年ぐらい前)も「駿台大阪校wiki」のようなものがあり、そこで駿台講師の情報などを調べるのが僕は好きだったのですが、そこでは駿台関東の講師が(特に東西で派閥争いが激しかった英語・現代文・物理などの講師は)批判されていることが多かったのを思い出しました。

おそらくあらゆる分野において、関西から関東への批判をする際の常套句だと思うのですが、特に駿台関東のスノッブさが批判の対象に挙げられ、「教養主義(大学の学問の先取り)なんかにうつつを抜かしている暇があるのなら、システマチックな受験指導をもう少しするべきでは?」というトーンだったと思います(結局「関西の方が『指導方針的には』優れている」ということを主張したかったのでしょう)

イベントの中で、予備校文化のエッセンスとして入不二さんは、
①かぶく、②あそぶ、③つなぎさる
を抽出していました。

僕は浪人をしなかったので、果たして当時の駿台関西に上記のような逸脱的で脱目的的な予備校文化があったのかどうかは分かりませんが、僕や僕の周りの人間にとっての予備校経験は、「ある種の講師の神格化」が学校経験や大学経験との差異として思い出されるので、それがある意味で受験という目的からの逸脱であり遊びだったのでしょう。

表三郎先生や竹岡広信先生に入れ込んでいる友達がいましたし、中野芳樹先生の参考書はちょうど僕が高校3年生の時に出版されたので、現代文が苦手なのもあって購入したのを覚えています。

結局買っただけでやりませんでした。
正直中野先生の客観的読解法は、僕には難しかった。。。

僕は割とおとなしい生徒で、(自分で言うのもおこがましいですが)自学自習ができるタイプの生徒だったので、カリスマ性のある先生よりも優しくて授業がしっかりしている先生が好みでした。

その意味で英語の桜井博之先生や塚田潤先生、日本史の塚原哲也先生が好きだったような気がします。講習会や直前講習でもしっかり受講していました。

なんにせよ、京大が「アンチ東大」を主要な属性にしているように、関西駿台も「アンチ関東駿台」が属性としてあり、それが文化になっていた(少なくとも文化と感じられていた)のは確かでしょう。
そして浪人していない僕は、インターネット上のwebサイトでそれを疑似体験していたわけで。

2.入不二先生について

入不二先生については、大学時代に『相対主義の極北』を読んだのが唯一の読書経験でした。
また山口尚先生の入不二評(「Irifujing:同型の論理によって事態がどんどん高層化(あるいは低層化)していく」とかだったか)の印象しかなかったのですが、やはり少し話を聞くだけで頭の良さ/面白さがよく分かりました。

〔入不二先生の『相対主義の極北』を引用して〕…業界ではときに、英語の動詞で“Irifuji”、動名詞(現在分詞)で“Irifujing”と呼ばれている。すなわち、同型の論理によって事態がどんどんと高階化(あるいは低階化)していく、という理路が「イリフジング」である。…
私は彼の文章を読むと「発想を肉づけるような具体例が欲しい」と感じることもあるのだが、よりフェアに言えば、彼のやりたいことが彼の高度に抽象的な表現を招来するのだろう。…

『哲学思考トレーニング』山口尚  52項

イベントの中のミニ講義として、completeとperfectの違いを説明されていたのですが、予備校でこの説明を聞いたとしたら、確かに知的好奇心が刺激され「信者」になっちゃう気がします。
(こちらは「部分と全体」をテーマにしているが、「相対主義と絶対主義」「私たちと彼ら」という風に変奏されて、入不二哲学の沼にハマっていく)

complete: 部分/全体の中での「全体」。部分は全体からの欠落として表象される
perfect: それだけですでに全体であり、その中で「卓越性」という観点が召喚される(かつ卓越性は文脈依存的)

まとめ(まとめられていないかもしれないが。。)


3.ゲンロンについて

今は仕事がIT系(インフラ)なので、普段はITの思考様式や文化に合わせないといけないことが多いです。
別に極端に向いていないということではないですが(むしろ営業や人事のそれよりはまだ向いているのですが)、やはり人文系の「雰囲気」が落ち着くなと、ゲンロンカフェに行って感じました。

具体的に「どこが」とかを説明するのは難しいですが、youthに慣れ親しんだ用語法/振舞いだからでしょう。


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