「助かる命を確実に助ける」、電光石火こそ最良の事態対処医療である
照井資規 一般社団法人TACMEDA 協議会理事長、元陸上自衛隊富士学校研究員、元陸上自衛隊衛生学校研究員、災害・事態対処・軍事医療ジャーナリスト
現在、雑誌連載を4つ持つ有事医療ジャーナリストである照井資規氏が理事長を勤める一般社団法人TACMEDA 協議会は、これからの日本人の生命に関わる重要な教育を担っている。国際的に活躍する日本人が襲撃された際の安全の確保や救出・救助・救命・救護・外傷初期治療について、ハイブリッド戦争の時代におけるテロ対策の医療について、東海・東南海地震等に備えての大規模災害医療について、必須の知識と技術の普及に努めている。
2016年は日本人の生命に関わる一大転機が訪れた。3月29日から安全保障関連法施行となり日本は「ハイブリッド戦争の時代」に入った。ラマダン(断食月)明けの夜7月1日(金)午後8時40分(日本時間午後11時40分)には、バングラデシュの首都ダッカにて日本人7人が犠牲になった人質テロ事件が発生し、海外において国際的に貢献している日本人の命が特に狙われるようになったことが明らかになった。また、その事件の2週間後の7月14日午後10時45分(日本時間午前5時45分)にフランス南部のリゾート地では、ニーストラックテロ事件(英語名:2016 Nice truck attack)が発生し、単独犯による25トントラックの暴走と自動式ライフル銃の乱射により、少なくとも84人が死亡し、202人の負傷者が発生し、世界中の人の集まるところはどこでもテロ事件が起こりうることを誰もが認識した。日本国内でも7月26日(火)午前2時に相模原障害者施設殺傷事件が起こり、19人が死亡、重傷の20人を含む負傷者26人が発生した。単独犯の刃物を使用した犯行により、戦後最大規模の殺傷事件が平和で安全であるはずの日本国内で発生したことは世界中に衝撃を与えた。
この事件では、「刃物を持った男が暴れている」と警察や消防に通報があったのが、26日午前2時56分、救急隊が現地に到着したのがその約20分後、最初に患者を搬送できたのは通報から約1時間半後、救急車が神奈川県内だけでは足りず、東京都や山梨県からの応援を必要とした。事件発生から4時間たっても救急搬送が終わらず、最終的には東京消防庁などの応援も含めて計42隊、135人が救急活動に従事した。
このことから、日本国内で大量に負傷者が発生する事態では、救急搬送され治療を受けるまでには長い時間を要することが判る。すなわち、テロのような、刃物や銃器、爆発物のようなもので多人数を同時に殺傷するような事態では、自分自身で生き残り、救命を行わなければならないのであって、一般社団法人TACMEDA 協議会が提供する教育とはまさにこの内容である。自分自身で生き残り、救命を行うこと、多数傷病者へ適切に対応することは、近い将来の発生が危惧されている、東海、東南海地震対策にも有効である。
救急処置、応急処置
テロ対策における医療では、負傷した際の手当の技術上の区分として、負傷者自身または相互で行うのは「救急処置」と言われる。銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷では生命の急は自分で救うより他に方策は無いため「救急処置」という。一方で専門の訓練を受けた医療従事者が行うものは、救急処置に専門技術で応じるため「応急処置」と呼称する。さらに医師が行うものは「応急治療」と区分される。
RICE処置
昨今、一般的な外傷の救急処置として、「RICE処置」が広く知られている。「Rest」安静、「Ice」冷却、「Compression」圧迫、「Elevation」挙上の頭文字をとったものである。これらは医学的な根拠に基づき、受傷時に出来る限り患部の炎症や出血を抑え、予後に備えるための方法である。病院などの医療機関での診断を受けるまでは極力RICEに則った措置を執る事が推奨されている。
受傷部付近、もしくは全身を動かしてしまうと脈拍及び心拍出量の上昇に伴い血行が促進され、出血が酷くなる危険性がある。また、患部へと至る動脈や患部を直接圧迫することで止血を促す。受傷部位を心臓の位置よりも高く挙上することにより、重力によって挙上部への循環血液量が減少し、結果として出血量を減らす効果が期待できる。自力のみで挙上するのではなく、椅子や台などを利用し、挙上した状態で安静を維持しておく事が望ましい。
さらに、患部への血流を最小限に留めるため、冷却をすることで受傷部の毛細血管を縮める。これは同時に、周辺組織の細胞を低温環境に置くことで代謝を抑制し、毛細血管の破綻による循環血液不足による細胞の酸欠、壊死を防ぐ役割も果たす。
これらのRICE処置は救急処置において非常に重要なものとなる。最初の対応を間違えると治療に長い時間を要するようになってしまったり、後遺症に悩まされることになりかねないためである。しかしその一方で、これらでは対応しきれない状況が存在する。
災害や大規模交通事故のような多数傷病者の発生、日本では稀な銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷である。これらはRICE処置のみでは到底対処できず、事態に合わせた迅速な救急・救命処置と応急処置、応急治療との連携に加え、平時と異なる別のアプローチ法が必要となる。
銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷については幸いなことに日本国内においてはさほど見られない。しかし、自然災害、海外への旅行や出張時、まして、いつどこで発生するか予想もつかない個人テロ「ローンウルフ型テロ」等に遭遇する確率は今年に入ってから大いに高まった。時代は変わったのである。
現代戦闘外傷
近年では、兵器として用いられる爆弾・砲弾のような爆発物に、あり合せの起爆装置を組み合わせて作られた、非常に高い殺傷能力を持った簡易手製即席爆弾であるIED(即製爆発装置Improvised Explosive Device)などが使用されるようになり、専門的かつ迅速な救急・救命処置と応急処置、応急治療の重要性が叫ばれてはいるが、現状、それらが適切に整備されているとは言い難い。
「助かる命を確実に助ける」
一般において、自分から戦地に赴く者は多くない。しかし、銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷を受ける事態に遭遇する確率は高まっているのであって、巻き込まれてしまった場合には否が応でも対処せざるを得ないことは言うまでもない。
自他共に「助かる命を確実に助ける」為には何よりも訓練を受け、必要な物品を備えておく必要がある。人は訓練したこと以上のことは出来ないし、必要最小の物品無くしては、救命は実行できない。そのためには事前に、負傷者自らが行う救急処置に関する知識を学び、実践しておく必要があるのだ。
救急医療体制の破綻はあまりに容易である
現代の日本の救急医療体制の時間尺度において、ゴールデンアワーやプラチナの10分が重要視されている。しかし、これはあくまで社会的な救急医療システムが健在で、1人の負傷者に1隊の救急隊、1室の手術室(スタッフ5~6名)が対応できて初めて成立する。このシステムが容易に破綻してしまうことは、7月26日(火)午前2時に発生した相模原障害者施設殺傷事件でも露呈した。
災害や大規模事故、無差別テロ等で10人単位で同時に負傷者が発生した場合、10隊30人の救急隊、10室60人の手術室が必要となり、事実上このシステムは破綻してしまう。現代の救急医療システムの要となるゴールデンアワー、プラチナの10分は通常時には非常に優秀であるが、こういった場合には通用しないのだ。
「適者生存」
そして平時の救急救命システムが破綻した場合は、各々が自分で自らの安全を確保し、自ら救命・救護をしなければ命を落とす、厳しい自然界の「適者生存」ルールが適用される事となる。
銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷は2分以内に対処しなければ死亡してしまうこともあるほどにリアクションタイムは短く、30秒以内に対応することが必須となる。
受傷から30秒以内に対応できるのは負傷した自身のみである。偶然その場に居合わせた人(バイスタンダー)も決して無傷とは限らず、救急車等の救急医療サービスは対応能力を超えているが故に、まず自分自身で安全を確保し、救急処置を実行できること、それが生死の境となる。
以下に、事態対処医療における考え方についてまとめる。
有事医療の最重要段階「SABACA」、
重要影響対処事態における「Call-A-CAB-N-Go-Hotアプローチ」、
有事医療の最も重要な考え方「PPS」、救急処置・応急処置・応急治療・後送・根治的治療に一貫する方針「LLE」、
平時の救急医療における「ABCDEFアプローチ」、
戦場におけるSAFE-MARCHe(セイフマルシェ)アプローチ
緊急時、上記の考え方に基づき、迅速かつ的確な判断のもと遂行できるだろうか。
適者生存の厳しい状況の中で一般人や医療従事者はどうすべきか。「Excellent Medicine, Lightning Speed」、電光石火こそ最良の事態対処医療である。
ハイブリッド戦争の時代
これから国際テロのピークを迎え、中東情勢の不安定も危惧される中、日本国は今年3月29日から安全保障関連法施行となり「ハイブリッド戦争の時代」に入った。
「ハイブリッド戦争」とは、国外での軍事行動により現地国民を殺傷した場合、その報復として国内におけるテロが頻発する、国外での戦闘と国内での重要影響事態(テロ等)の連携対応を迫られる状態のことである。
この状況は、今年7月に行われた第24回参議院議員通常選挙にて「改憲派」が勝利したことから、憲法改正の議論が本格的に進み、現実味を帯びるまでの時期が早まったと考えられる。今年から時代は変わり、銃創や爆傷、刃物による殺傷行為による外傷を受けるような事態に遭遇する確率は高まった。こうした事態が起こってからの対処や教育を施すのではあまりに無防備で遅過ぎるのだ。これらの考え方は、自然災害にも応用できる。自然災害であれば、時間が経つにつれ、事態が収束していく傾向にあり、現場の懸命な努力で徐々に秩序を取り戻すことができるだろう。
しかし、テロもといハイブリッド戦争は自由意思を持つ悪意に満ちた者達が起こすものである事から、時間の経過に伴い状況が悪化の一途を辿ることも充分に考えられる。
故に、発生直後の適切な対応が必要であり、そのためには事前の訓練が必須なのであって、訓練以上のことは現場では成し得ない。
特に専門性の高い救護や医療の教育には繰り返し年月をかける必要がある。
平時の医療システムが破綻してしまうような想定外の状況下であっても、危機意識を持ち事前の準備を怠らなければ救うことができる命がある。それを決して、取り零すような事があってはならないのだ。当協議会はその手法と理論を教育と実践を通して社会へと広く普及する活動を行っている。この機会に、少しでも多くの人々へと認知され、趣旨への理解と賛同を頂ければ光栄である。随時開催している各種講習会等を通し、お会いできる日を心待ちにしている。
著作:一般社団法人TACMEDA 協議会
文章構成:一般社団法人TACMEDA 協議会、関口貴久(TeLAS)
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