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対テロ外傷救護基礎講習エレメンタリーコース「止血法」

照井資規 一般社団法人TACMEDA 協議会理事長、元陸上自衛隊富士学校研究員、元陸上自衛隊衛生学校研究員、災害・事態対処・軍事医療ジャーナリスト

現在、雑誌連載を4つ持つ有事医療ジャーナリストである、照井資規氏が理事長を勤める一般社団法人TACMEDA(タックメダ) 協議会。そこで開催されているテロ対策外傷救護基礎講習「エレメンタリーコース」では、あらゆる状況に対応できる総合的な救急処置、応急処置、応急治療に関する知識、技術を学ぶことができる。その講習の一部である、止血帯を使用した止血法を紹介する。

この止血法を習得したならば、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷を原因とした防ぎ得る外傷死のうち60%を回避できるようになる。平和な日本国ではほとんど知られていない、テロによるこれらの特殊な致命的外傷のうち、救命可能なものの60%を達成できるようになるのだから、この止血法について知っておけば大変心強い。

軍隊における戦傷医学の研究で、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷のような代表的な戦闘外傷のうち、適切な処置を施したならば救命できる症例のうち約60%が四肢からの大出血、約30%が緊張性気胸、約6%が気道閉塞という統計がある。

防弾ベスト等の防護具を適切に着用していることが前提であるが、四肢からの大出血に対応する方法に習熟すれば、先ほどの防ぎ得る外傷死のうち過半数を占める60%を回避できるようになる。助けられたはずであるのに死んでしまう確率を半分以下にすることができる。そのための重要な救命器具であり止血器具でもあるのが「止血帯」である。

銃創を手足に受けたならば、2分ともたずして失血死してしまうことがあるが、適切な処置を施せば、その90%を救命することが可能となる。それだけ止血帯は重要なものであり、まさに「救命器具」の名に相応しい。海外ではその使用の考え方や手順は当然のように広く認知されているが、残念なことに日本ではその存在がやっと知られ始めたばかりであり、正しい使用法については、消防の救急隊向けの教科書にすら載っていない。日本で知られている止血帯の使用法は圧迫止血等の方法では止血できない場合の最終手段である「緊縛止血法」としての使用法である。

しかし、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷では、様々な止血法を試みていたり、その効果を評価していたのでは死んでしまう。また、そのような受傷環境は危険でもあり、悠長に手当をしている余裕は無い。そこで、止血帯を「救命器具」として使用し、生命に迫る危機を脱するようにする使用方法が重要となる。

当然ながら「救命器具」としての使用法を知らなければ、受傷後、2分としないうちに死亡してしまうおそれがある。「救命器具」としての使用法に習熟していれば90%、生命に迫る危機は回避できるし、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷のうち救命可能な全体の60%に対応できるようになるので、この差は大変大きい。

手足をライフル銃で撃たれたり、爆発物による爆風で手足が飛ばされたり、または破片が手足に深く突き刺さったり、鋭利な刃物で手足を深く切りつけられたりすることで、動脈の損傷を合併した場合には、心臓の拍動に伴い血液が噴出する致命的な大出血となる。

具体的には、着弾速度 約700m/sec以上の高速ライフル弾が大腿部に被弾した場合、弾丸直径の20~30倍の範囲が破壊されることがある。軍隊でよく使用される5.56mm弾を例にすれば、弾丸の通り道を中心として180mmの範囲が破壊され、射出創付近は広範囲の組織の欠損となることがあり、長管骨である大腿骨は縦に割けるようなは特徴的な骨折となる。

骨折片もまた二次破片となり、血管や神経を破壊しつくすので「まるで体内で爆発が起きたようだ」と表現されるような凄惨な外傷となる。大腿骨内でも約1リットルの血液が循環しているため、着弾し受傷した瞬間に大量の血液を失うことになる。なお、創傷部から拍動性、かつ鮮血の出血の場合は動脈からの出血、暗褐色かつ緩やかな出血は静脈の損傷と判断できる。しかし、動脈からであれ静脈からであれ、流出が止まる兆候の無い、活動性の出血は区別にとらわれることなく全て制御するように努めなければならない。

テロの発生現場のような銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷では、様々な止血法を試みていたり、その効果を評価していたのでは死んでしまう。また、そのような受傷環境は危険でもあり、悠長に手当をしている余裕は無い。そういった状況において、TACMEDA(タックメダ)では安全を確保しながら手順よく30秒以内に素早く救護を提供することを教えている。

電光石火こそ、最善の事態対処医療なのだ。テロによる致命的外傷への対応時間は極度に短く、まさに1秒を争う。極度な緊張、積み重なる疲労、負傷により思考力が低下した状態でも、正しく即座に救命処置を実施する必要がある。その手法を、その重要性を、貴方や周りの仲間はご存知だろうか。

かつて日本国内では、銃創や爆傷、刃物による致命的な外傷「鋭的外傷」を受けることは、幸いにしてほとんど無いに等しかった。救急隊による外傷救護も主に交通事故のような「鈍的外傷」への対応を主にしていた。しかし、今年2016年は、日本人の生命の安全に対する意識をこれまでとは大きく変えなければならない事件が続いている。

ハイブリッド戦争の時代
3月29日から安全保障関連法施行となり日本は「ハイブリッド戦争の時代」に入った。ラマダン(断食月)明けの夜7月1日(金)午後8時40分(日本時間午後11時40分)には、バングラデシュの首都ダッカにて日本人7人が犠牲になった人質テロ事件が発生し、海外において国際的に貢献している日本人の命が特に狙われるようになったことが明らかになった。

また、その事件の2週間後の7月14日午後10時45分(日本時間午前5時45分)にフランス南部のリゾート地では、ニーストラックテロ事件(英語名:2016 Nice truck attack)が発生し、単独犯による25トントラックの暴走と自動式ライフル銃の乱射により、少なくとも84人が死亡し、202人の負傷者が発生し、世界中の人の集まるところはどこでもテロ事件が起こりうることを誰もが認識した。

日本国内では7月26日(火)午前2時に、まさに平時医療体制が破綻する様相が如実に表れる事件が発生した。この「相模原障害者施設殺傷事件」では、19人が死亡、重傷の20人を含む負傷者26人が発生した。単独犯の刃物を使用した犯行により、戦後最大規模の殺傷事件が平和で安全であるはずの日本国内で発生したことは世界中に衝撃を与え、アメリカのホワイトハウス、ロシア大統領のウラジーミル・プーチン、ローマ法王フランシスコが声明を出すほどの世界的な大事件として取り上げられた。

この事件で犯人はわずか1時間ほどで45名の首を切りつけ、1人あたり2分と要さずに深さ4~5センチに達するほどの致命傷を与えて19名を死に至らしめた。

プラチナの10分、ゴールデンアワーの破綻
この犯行に対し警察や救急医療の対応は次のとおりである。「刃物を持った男が暴れている」と神奈川県警察と相模原市消防局に通報があったのが、26日午前2時38分、救急隊の先発隊が現地に到着したのがその約30分後の3時4分、最初に患者を搬送できたのは通報から約1時間半後、事件発生から4時間たっても救急搬送が終わらず、負傷者26人全員の病院への搬送が完了したのは、事件発生から約5時間後だった。重傷者を受け入れた病院の中には事件現場から30km近く離れていたところもあり、この時間記録のみでも平時の目標である「プラチナの10分、ゴールデンアワー(受傷してから1時間以内の手術開始)」は、10名単位での重傷者が発生する事態では、とても達成できるものではないことは明らかである。

この事件の被害者はいずれも首を刺されたり切りつけられており、重傷者には血液の3分の2を失う瀕死の状態の人もいた。一刻を争って病院へと搬送すべきであるはずなのに、これほどの時間を要したのは何故か。まず、発生時刻や地理的な条件が悪かったことが挙げられる。事件発生が未明であり、事件現場が救急医療施設の少ない郊外であり、かつ山間部でもあったことが、必要な救急隊員や医師を確保するために時間を要する一因となった。先発隊の救急隊長からの報告で被害状況が判明するにつれ、対応能力を超えていると判断するや近隣自治体や病院に応援要請をしたが、救急車は神奈川県内だけでは足りず、東京都や山梨県からの応援を必要とした。最終的には東京消防庁などの応援も含めて計42隊、135人が救急活動に従事した。近隣の病院からも「ドクターカー」計4台が駆け付け、事件現場で早期に救命のための治療が行えるように努めた。

救急隊が被害状況の把握に時間を要したことも、応援隊到着の遅れの一因となった。その原因は刃物を持つ犯人が存在する「危険」である。この「危険」への対応こそが初動対応に苦慮をもたらした。元職員である26歳男性の植松聖(さとし)が犯行に及んでいるこのとの通報は、事件現場となった知的障害者施設の夜勤職員の携帯電話により無料通信アプリLINEによって非番の職員への通知より行われた。

規模、脅威等の不確定要素による対応の遅延
夜勤職員は犯人により結束バンドで拘束されており、刃物による凶行への恐怖も重なり、被害状況を正確に把握することは不可能である。当初、先発の警察と救急隊にもたらされた情報は「刃物による負傷者は3名」であり、先発隊到着時にはまだ犯人は施設内に居ると判断された。そのため、救急隊のうち防刃ベストを着用できた3人以外の隊員は防火服を着用した。防火服の材料であるアラミド繊維は防弾ベストにも用いられる素材であり刃物による切りつけに対しても強いため、適切な判断である。

こうして安全を確保して広い施設内で死傷者の探索が手探りで始められ、被害の全容が判明したのは夜明けであった。この事件により、日本国内で大量に負傷者が発生する事態では、救急搬送され治療を受けるまでには長い時間を要することが改めて露呈した。

「適者生存」、自ら救命・救護をしなければ命を落とす
すなわち、テロのような、刃物や銃器、爆発物のようなもので多人数を同時に殺傷するような事態では、自分自身で生き残り、現場の人間で救命を行わなければならない。そのためには、止血方法を知り、瞬時に実践する必要がある。主要な止血帯の全てについて構造と機能を知り、自分が持つべき止血帯とは何かについて確信を得ると同時に、自他共に救命処置として状況に応じて使いこなす事が何よりも大切である。

各種止血法の実際
古典的な方法では、三角巾を八つ折りにして帯状にしたもの等を、上腕部や大腿部の長管骨が1本で構成されている緊縛止血法が有効な部位に創傷部より体幹部側に巻きつけ、きつく縛った後に堅牢な棒を差し込み、回転させることで緊縛し、止血する手法が一般的であった。

この方法は帯状の布や、靴紐、ロープ等、緊縛できる柔らかさがあれば工夫次第で何でも応用できる点から広く導入されていたが、準備に時間がかかり過ぎることや、暗闇等で実施することが困難なこと、両手を使用する事を余儀なくされるため、負傷者自身で迅速に実施することは難しく、現実的ではない。また、負傷者の片腕が負傷した際には、片手で実施することがほぼ不可能であるため、2003年3月にイラク戦争が始まり、優れた止血帯の必要性が求められるようになった2004年ごろから、手足からの致命的は大出血に即座に対処できる止血帯「combat application tourniquet」通称「CAT」が開発された。

CATは初期型から現在のGEN7(第7世代)に至るまで7回の改良が重ねられているが、2重構造の帯状のベルト部にそれを締めあげるための棒が取り付けられている基本的な構造「ウィンドラス」は同じである。マジックテープのようなオスメスの区別はなく、どこの位置でも離着可能な「面ファスナー」を使用することで、成人の男性と女性のほとんどの太さの手足に適切に緊縛止血を行えるようになった。

戦術止血帯SOFTT-W(Special Operations Forces Tactical Tourniquet Wide)

ウィンドラスは「てこの原理」で緊縛を行うため、片手で緊縛に必要な力を発揮することができる。緊縛止血の後にウィンドラスを固定する際は備えられたクリップに巻き上げ棒を引っ掛けるだけなので、迅速に救急処置ができるようになった。しかし、便利になった反面、適切に使用するためには相応の訓練が必要となる。米軍の研究によれば間違うことなく正確な使用が可能になるまでには60~70回程度の反復練習が必要との結果もある。

現在、止血帯「CAT」は改良が重ねられ、2015年時点では第7世代が最新型である。しかし、最新型で最も改良が施されたはずのCAT GEN7には容易に緊縛が解除されてしまうおそれがあることが露呈してきた。

その注意点をよく表現した動画がYouTubeで公開されているので紹介する。
チャンネル Tactical First Aid より
https://www.youtube.com/watch?v=eICZ5A5mVOQ&feature=youtu.be

CATシリーズの現状と問題点
付属の棒でベルトを締め上げるというシンプルな構造で、なぜこれほどまでに改良が重ねられる必要があるのか。また、それは同時に、適切な処置を施せば救えた尊い命を取りこぼしている事を暗に意味する。もちろん、CATにより一命を取り留めた者も多く存在するが、今現在も改良は進められている。

既存のCATシリーズは、一見すると全く際立った変化がないように見える。
その中で、なぜ変更される必要があったのか、一体何が生死を分かつ原因となったのか。それぞれのCATにおける特性を踏まえ、「救える命を確実に救う」ために必須となる対処法を紹介する。

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