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対等する夜 | motoi

数日ぶりに淡路島の家に帰宅。
昨日が新月だったこともあって、島の夜は真っ暗。思わず笑いが漏れる。
充電が切れたただの重たい電動自転車を、こぐ。
向かい風が強く、尚更ペダルが重い。

真っ暗な夜空を飾る星。川に流れる水の音。鈴虫とコオロギの大合唱。木や竹が風に揺らされ、わさわさ、ザワザワしている。息が詰まりそうなくらい湿度が高い。

色んな音が身体に充満し、視界の暗さも相まって、上下左右の感覚を失いそうになる。
前に進んでいるのか、上に進んでいるのか?
一方で、どこか妙に冴えている。
ふらふら自転車をこぎながら、アレこの感覚何かに似ている、と思い巡らす。

数年前、種子島に滞在中、台風が来たあの日の夜と似ている。
吹き付ける雨、風と波の音しか聞こえない。海の向こうでは、灰色の雲から雷が落ちているのに、頭上の雲の割れ目の奥には、嘘みたいな星空が広がっている。
わけが分からない。
わけが分からないけど、目が離せない。

鬱屈とした20代を過ごしていた私は、海岸沿いに座りながら、その景色の中でとても安心したのを覚えている。
私の中のうねるような方向性の定まらない気持ちを、何にも真っ当にブツけることが出来ず、どう扱えば良いのか分からなかった中、あの景色は対等であり、同じだと感じた。
ただ厳しいだけでも、優しいだけでも、怖いだけでも美しいだけでもなかった。
もし此処で大きな声を出したとしても、誰の耳にも届かない。声だけでなく、丸ごと掻き消してしまうくらいの、容赦ない風と波。自然は私なんていないも同然。それなのに。それだから?

相反するようなものを混在させながら、堂々と、ただ存在していた。それに安心したのかもしれない。

あの台風の夜に比べると、今夜は随分穏やか。雨も雷も降っていない。この夜を対等と感じるということは、私も随分丸くなったということか。

大阪の街を歩いていた時、必要なまでイヤフォンの音量を上げて音楽を聴いた。
必要な音量とは、音が聴こえる音量、というだけではないのだと思った。
音楽が聴きたいというより、何かを満たしたいのだと思った。
島にいて音楽を聴く時は、贅沢をしている気持ちになる。街にいる時の音楽は必需品だけど、此処では嗜好品に近い。
街の暮らしから田舎の暮らしにシフトしつつある今、互換しあうものがあり、そしてそれぞれにしかないものがあると気付く。
どちらも良い。何も悪いものは無い。


motoi
ジュエリー作家

ジュエリーブランド「moi.toi.」では、コンセプチュアルでユニークなジュエリーを展開。 作ること、食べること、考えること、考えないこと、豆のさや剥き、庭の草抜きが趣味。 橋を叩かずに渡り、壊れても気付かないタイプ。 もう一歩、社会と深く交わりたく、新しい展開を模索中。

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