【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日㉘帝王切開、ゆきむら、血まみれの赤子、臍の緒を切る由希子、おまえ切れるじゃん
カチャーン(刃物が落ちる音)。
おれは女の腹の肉を真一文字に、30センチほど切って。それでもう限界だった。血があふれる。
あふれる血。地殻の活動みたいだった。ぶるぶる肉が動いているし。きもちが悪いというかもう限界だった。これ以上は何も見たくないし、関わりたくない。
背後から、雪子(おれの妻)。妻がおれを支えてくれた。
「ゆきこ……もういやだ」
由希子が傷の中に手を入れる。傷を押し広げて手を入れる。どういう神経をしているのだろう。肉屋か。
「柚木(ゆき)。……えっと、センセイですか。柚木は、大丈夫なんですか」急に入って来た男。
「はい(たぶん)」とおれ。
急に入って来た男。おそらくこの男はゆきむら何だろう。
雪子に支えられて、椅子に座る。
見ていると、血まみれの肉の塊が傷の中から取り出される。きもちがわるい。目みたいな血まみれがある。鼻もあるようで、口ははっきりとある。開いている。穴が。
頸(くび)に。
変なものがからまっている。由希子がこの肉の管(くだ)をほどく。ほどくと、
ギャー
という。
開いた口から「ギャー」という声がする。
「ぜったいに嫌だ。君もいやだろう(アメリカ語)」
「いやに決まっているでしょう(アメリカ語)」
「だったら(アメリカ語)」
「でも、バット(アメリカ語)」
「え、ゆきひこ……」と西村(病理医)。
「四郎(西村の名)……」とゆきむら。
「おまえ、そうか。やっぱり、女と」
「ちがう。ここには、母親が勝手に申し込んで……。というかおまえ。おまえこそ。この子の父親はおまえなのか?」
「……ああ」
「なるほど。うわさは本当だったんだな。きいたよ。グリーン・バー(多分バーの名前)でさ。キタムラが言ってた」
「あいつ。おしゃべりやろうが。いや、そんなことはどうでもいい」ゆきむらは顔を両手で覆った。
「しっけい」
と言って西村四郎は荷物をまとめて持ち、出口(入口でもある)に足早に向かう。
「まってよ」とゆきむら。
「もう、話すことはない。もう終わったはなしだ」
と言って、しかし西村はその場に立ち止まる。
「クリス、オー・マイ……」
「フェラ……」
白人男女が抱き合う。
うるさい。吐気がする。情報が多すぎる。それも事情がよくわからないそれぞれの。おれにはまるで関係のない情報。きもちがわるい。
オギャー
赤ん坊を取り出した由希子がハサミで肉の管(あれがたぶん臍の緒)を切る。由希子、おまえさ、切れるじゃん。なんだよ。
「大丈夫。元気よ。元気な○○○」
由希子が、たぶん赤ん坊の性別を言ったが、周りががちゃがちゃして聞き取れない。
「見て。うつくしいわ(アメリカ語)」
本稿つづく
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